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それとこれとは別世界  作者: やまさん
第十一章
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「それ」 亜実

 よく訓練された亜実たちにとって、その程度なら消火は難しくなかった。消火器を二本を使い、田島宅玄関の火災を鎮めた。ただ小規模ながらガソリン火災だったため、刺激のある油臭さが室内に漂っている。革や化学繊維が燃えた異臭も混じり合い、彼女たちの鼻をついた。

 亜実と安藤は田島宅を再び捜索する。豊川は通路の壁に背中を預け、救急隊員の到着を待つ。それから久保はマンション一階へ急ぐ。自身か岡崎が田島の追跡にかかる。任務はまだ済んでいない。


 田島の行き先の手がかりをつかむために捜索しつつ、亜実は現地消防へ救急車を頼む。豊川の応急処置は済んでいたが、酷い骨折である事は見て取れたため一一九番通報した。無理に肩を貸して動くことはできても、田島を追いかけられるのは困難だ。それに先ほどの爆発やらを考えれば、救急搬送の形でその場を去る方が無難だ。野次馬の注目は浴びるにしても、「不幸な被害者たち」を演じられる。その判断自体は間違いじゃない。

 しかしながら、平然と病院まで搬送してもらうわけにはいかない。いくら亜実たちが「偽造された本物のマイナンバーカード」を所持していようとも、マンションでの騒動を考えれば、現地警察は病院へ警官たちを送るだろう。花束を持っての見舞いでなく、銃やフダ(逮捕令状)を持っての拘束だ。その場合、駅前じゃなく病院が戦場と化していた……。

 亜実は通話を終えるなり安藤へ、豊川と共に救急車に乗るよう指示を出した。さらにタイミングを伺い、救急隊員から救急車を奪取するようにと。

「けど私、大きな車を運転したこと無いのですが」

 安藤は戸惑っていた。救急車でも豊川が運転できるまで即座に回復できはしない。奪取の手伝いはできても、そのまま運転席につけるわけじゃなく、かわりに安藤が運転するのだ。確かに救急隊員に運転を任せるのはリスクだった。

「少しぶつけるくらい構いません。今日中に任務を終えねばならないでしょうし」

 亜実の目はリビングの片隅へ向けられていた。そこには、充電ケーブルに繋がれたままのスマホがある。田島が置き忘れていった物だ。彼女は直感的に田島のスマホで、手がかりを得るための情報源だと捉えた。安藤に運転を任せたのは失敗の一方で、その直感は正解だった。

 亜実は手際よく、田島のスマホのセキュリティを解き、内部の検索履歴を開く。ネットサーフィンや地図サービスでの調べ物の痕跡から、田島が取りうる移動先やすでに得た情報レベルを推測するのは容易だった。

「先日の件がやはり痛いですね」

 至極当たり前の経緯だ。田島と柏崎の関係も踏まえれば、勘違いで柏崎宅へ入りこんだ件で、亜実たちがどういう人間であるかは露見している。現地警察に融通を効くとしても、本人側に顔や銃の存在を知られており、手間や抵抗は予想できたはず。事実、当日は先回りされがちであった。

 それでも亜実は淡々と任務を進められるタイプだ。しかし当日のように、間違った思考でも気づかぬまま動きがちだ。そんな短所が、亜実がNGY1150での任務につけなくなった事情につながる。NGY1150は望美が赴いた方の異世界で、亜実にはそこで問題を起こした過去がある。詳細は省こう。


 直後に彼女は、充電中のスマホをリビングの隅で見つける。コンセントの充電器からのびるライトニングケーブルにスマホはつながれていた。田島の名前が記されていたわけじゃないが、スマホ裏面に貼られた田島と柏崎のプリクラ写真が持ち主を告げる。

「これを持ったままでいて」

亜実は安藤に、スマホをケーブルがつながれたまま持たせる。そして充電器からケーブルを抜くなり、自らのスマホ(今さらだがアイフォーンじゃない)とつなげた。田島のスマホのセキュリティを突破する。バックドアをこじ開けるオリジン製のアプリだ。

 壊れた窓の向こうから、救急車のサイレンが聞こえ始めた頃、田島のスマホは正門を開いた。

「急いで調べないとね。……彼の方は大丈夫?」

「えっ、ああ豊川さ、ベータさんはひとまずその、救急に任せるのが良いかと思います」

 安藤はそう言いつつ、スマホ画面と豊川の両方へ目を配る。豊川は通路の壁に背中を預けたまま、左右へ目を配っていた。必要であればホルスターからピストルを抜き、邪魔者を排除せねばならない。

「だけど、また出直すわけにはいきません」

前回の失敗はカバーできたものの、今回はすでに人が死ぬなどしている。手腕に優れた管理者でない限り、現地警察に見逃してもらうのはもう無理だ。つまり、NGY1180の管理者では力不足というわけだ。

「八王子駅の方へ向かった可能性が高いです。ほらこれを」

 亜実はスマホに地図アプリの検索履歴を表示している。八王子駅付近の交番を調べた跡だ。

「……けっこうな銃撃戦になりませんか?」

 安藤は自身が携行する銃弾の数や、過去の経験を思い返した。彼女もオリジンのエージェントであり、それなりの訓練を受け、それなりの実戦経験を踏んでいる。その中で覚悟や責任についても、彼女なりに理解できていた。

「ここまできたら、むしろけっこうな話だと思いますよ」

 亜実ほどの覚悟や責任じゃないにしても。


 安藤はピストルの安全装置を外すため、亜実に田島のスマホを手渡す。手元に返されたスマホを見て亜実は、メモアプリが起動したままという点に気づく。彼はファイルの上書き保存を済ませながらも、アプリ終了は忘れたらしい。ラインの通知数よりも亜実の注意をひいた。メモのファイル名が「恋人よ」という意味深かつ寒い点は別問題だ。

 救急車のサイレンが鳴り止んだことで、マンション下に救急車が到着したと把握できた。ただ、亜実の視線はメモ内容へ向けられたまま。何も調べずにスルーするのは賢明じゃない。

「萌恵、これを読ませるのは正直良くないと考えてる。けどキミに教えないわけにいかない。もしボクが死んだら、やさしいキミは落ちこむだろうし。落ちこんでないならここから先は読まなくていい。ボクをナルシストだと笑ってくれたってかまわないよ。ふつうの小学生はこんな文を残さないからさ」

 田島が萌恵に宛てたメッセージだ。書き出しだけで遺言的なものだと把握できる。今は違うが、当時の亜実は笑いそうになっていた。

 萌恵宛ての遺言状には「事実」が淡々と記されていた。

 自身がいろいろな場所で、平行世界の人間と交信できる事。その人間は異父の同学年度の少年で、姓は「矢崎」という事。先日のコメダでも矢崎と交信していた事。矢崎側の日本は戦勝国で、敗戦国でも被爆国でもない事。矢崎から教えてもらい、自助に動いている事。当然、亜実たちの存在にも触れられている。

 内容はなかなか丁寧で、萌恵が話を信じてくれるよう祈っているように読めた。たとえ萌恵だけでも信じてほしいと……。

「くやしいけど、これ以上のことはわからない。ごめんね。

最後だから書くけど、萌恵がきらいになったわけじゃないし何も悪くないよ。元気でいてね」

彼のメッセージはそう書き終えられていた。

「フフッ」

 今ならありえないが、亜実はついに一笑してしまった。

「えっと、どうかしましたか?」

 安藤はそう言うなり、スマホ画面を覗きこむ。亜実を笑わせるだけの価値を見逃すまいと。負傷していなければ、豊川も覗きこみにかかっただろう。

「あの子、ターゲットが女の子に残した遺言です。一緒にいた子向けで間違いないでしょう」

 亜実はそう言うと、メッセージを上から下まで全選択し、躊躇なく削除した。萌恵以外の第三者も事実を信じた場合、厄介なことになる。オリジンとしては、拝金主義の「協力者」を増やしたくない。田島には気の毒だが、都市伝説や陰謀論に留めておきたい事実だ。

「なかなか踏みこまれてましたね」

「中学受験するだけあって賢いようです」

 亜実はメッセージ本文を削除し保存した後、テキストファイルをアプリ上で削除する。……だが不十分だった。救急隊員がやってきたからといえ、田島のスマホは持ち帰るべきだった。

「負傷者は通路にいる人だけですか?」

 救急隊員の声や足音が聞こえた途端、亜実はそのスマホをリビングに転がるソファへ放り捨てた。たまたま裏返しになり、救急隊員はスマホに気づかなかった。

「はい、そこにいる弟だけです。ご迷惑をおかけしますが、病院までよろしくお願いします」

 亜実と安藤は住民を装い、「マヌケな弟」こと豊川がまた厄介事を起こしたと、二人の救急隊員に伝える。半信半疑の様子だったが、豊川の救急搬送を優先しようと決めた。さすがプロだけある。「プロ」という点では亜実も同じだ。

 しかしながら、あの任務で起きたいくつものミスの一つは、その時点ではまだ挽回できた。救急隊員が豊川の搬送にかかった辺りで、田島のスマホを回収できたはず。しなかった理由かつ原因には、またしても「間違った思考でも気づかぬまま動きがち」がある。彼女の弁明では、スマホ搭載のGPSを警戒したと聞く。

 結果論になるが、それでもあのスマホは一旦持ち帰るべきだった。救急隊員に運転代行させるリスクと比べれば、スマホのGPSは小さなそれだ。救急隊員の証言やGPSの位置情報ぐらいなら、現地警察だけでも揉み消せる。

 亜実はあのメッセージを一読し、確かにテキストファイルごと削除した。しかし、ゴミ箱を空っぽにしたわけじゃない……。もし「萌恵がゴミ箱を漁らない保証」がなされたとすれば、亜実によるものだ。覚悟や責任は彼女もよく理解できている。

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