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「これ」 望美

 紳士淑女規定に抵触しかねない行動を選んだ望美。

 定められた「特別保護施設への侵入および攻撃の原則禁止」に違反すれば、望美の立場でも罰せられる。

 ただ事前に例外扱いの申請を出し、オリジンに承認されれば罰せられずに済む。それでも「例外」として認める必要性から、手続きには面倒臭さというストッパーが設けられている。

 にもかかわらず彼女は、思い切った行動を選んだ。この任務に限らず、過激な行動を選びがちな望美は、その手の事情には詳しかった……。

 手続きを簡潔に述べると、「まず、当該世界の管理者から承認を得て、その管理者はオリジン文民部長に承認を得る。それから、文民部長はオリジン登場部の役職者から承認を得る」という三段階の過程だ。紳士淑女規定は形式的な決まり事ではなく、オリジンの法律として機能している。罪状は異なるが、望美の部下である三宅の逮捕が証だ。

 この規定には、比較的大きな不祥事が原因で定められた経緯がある。オリジンの極一部の者による暴走を抑制することが目的だ。望美が出したようなその申請のケースは珍しくないといえ、紳士淑女規定が緩和されるには至らないだろう。

 それでも「原則」という言葉が付いている点から、例外扱いを求めれば許容されるという抜け道がある。お役所的な手続きを踏めば、特別保護施設にあたる小学校でも活動できるというわけだ。今回の場合は次の手続きとなる。

 まず申請者の望美は、管理者に話して承認を得る。それから管理者はオリジン文民部の部長から承認をもらう。そして、その部長はオリジン登場部の役職者(申請者を除く)に承認してもらうという流れだ。面倒ではあるが、それは暴走を防ぐためのトリプルチェックだ。

 そんな面倒な手続きでも、望美はためらうことなく動いた。申請は今回が初めてじゃなく、流れやかかる期間は把握していた。

 彼女は申請が承認されることを前提に、部下に用意を進ませていた。申請が却下された場合に取りうる方法としては、矢崎宅をまた急襲するか、矢崎本人を誘拐するかだろう。だが今にしてみれば、それらの方法はまだ、一連の騒動を静かに収められたと思える。


 あの決行日の前週、関東地方某所のおかげ庵の店を訪れた望美。NGY1150の管理者の初老男性は、そこで店長も務めていた。オリジンの資金が投じられた土地で、管理者はフランチャイズ経営をしている次第だ。表向きは雇われの身じゃないが、実際はオリジンの雇われとして、ダブルワークをこなしている。忙しさの点をみれば、もう片方のNGY1180の管理者も変わらない。カモフラージュのためだが、多忙からの不満は小さくない。役職手当はつくが、割に合わない金額だ。

 また、一つの世界の管理者だからといって、そこまで強い権限があるわけでもない。登場部の上澄み連中からすれば、中間管理職の扱いだ。

 そんな管理者相手でも、望美は最低限の礼儀は忘れていない。通信アプリのシグナルを使い、事前に管理者とアポを取った。ただそのメッセージには、この日時に申請で訪れるという旨だけでなく、「抹茶レモネード」という注文も記載されていた……。管理者はそれらをひとまず了承するしかなかった。運が良ければ、抹茶レモネード代はオリジンの必要経費として認められる。

 彼女が入店したのは、モーニングサービスの混雑が落ち着いてくる朝十時を少しだけ過ぎた頃。遅めの朝食を済ませた客が、店内に散在している。

 店に入るなり、彼女はレジの店員に、バイトの面接に来たと伝える。もちろん、転職目的でそう言ったわけじゃない。管理者兼店長はオリジンの人間だが、他の者たちは皆現地人だ。そのため、できるだけ言葉や態度には気をつけねばならない。


 たまたまレジにいた女性店員は、望美に待合スペースで待つよう述べると、店長を呼びに行く。彼はバックヤードで食材の整理をこなしていた。

「安城さん、バイト希望の人が来てますよ? 今日予定ありましたっけ?」

女性店員から伝えられるなり、管理者兼店長の安城は「うん、わかったよ。大丈夫だから」と返した。そして、西側の一番奥の席へ望美を案内するよう伝えた。

 安城は女性店員がバックヤードから離れるのを見届けるなり、そこに鎮座するパソコンを手早く操作し、店内の監視カメラ全部を「メンテナンスモード」に設定した。それから厨房へ赴き、望美の注文品である抹茶レモネードを、自ら作ってやる。ただ、豆菓子はわざと付けなかった。


 奥側に案内された望美は、ご注文の品を持った安城が近づいてくるなり、あらかじめ書き留めた用紙一枚をカバンから取り出す。書いてあるのは手続きで質問されるであろう事柄一式だ。さすが手続き慣れしているだけある……。

 望美がいる座席は店の奥側を占める一角で、近辺に他の客はいない。トイレの近くでもなく目立たない位置のため、第三者の盗み聞きを避けるには十分だろう。

「お待たせしたね」

管理者の男はそう言うと、望美の眼前に抹茶レモネードのグラスを置き、望美から用紙を受け取る。そして彼女の対面の席に座った。彼は苦々しさを浮かべつつ、望美の書いた用紙を読み進めていく。彼女の要求は想定内だったが、面倒事に巻きこまれる事に変わりはない。

「今日も一日かなり暑くなりそうですねぇ」

外の猛暑が厄介だという口調で、望美が言った。

「ああ、昼から夜まで大忙しに違いないね。この辺の席も埋まるだろうし」

男はそれだけ言うと、用紙を最後まで読んだ。

 管理者安城は立場上、望美たちがその世界にいる理由や現状を知らされており、望美たちの事情も把握している。オリジン登場部でクセのあるチームという事実も含めて。そのため、望美との会合を手早く済ませられるというのは、彼からしてもありがたい話だ。後で現地警察から、監視カメラの一時停止の長さを詰められるリスクを減らせる。オリジンがバックにいるといえ、必ず命拾いできるとは限らない。

「必要事項は揃っているようだけど、申請理由が少し乏しく思える。理由を具体的に書き加えてほしい」

 管理者は望美に用紙を一旦返す。彼は余計な時間をかけたくなかったが、管理者としての立場がある。

 申請理由欄には、「任務を確実に成功させるため」と簡潔に書かれているだけ。乏しさの指摘はもっともだ。

「それじゃ、『穏やかに任務をやる方法が他に無いから』も書けばいいね?」

望美は言った。声の大きさは抑えられているが、下手に話がこじれれば、一悶着起こしそうだ。そんな展開は誰も望んでいない。

「……まあとりあえずだけど、ワシは承認しておこう。ただ念のために言っとくが、部長や登場部の方で却下されても知らんからね」

安城はそう告げたが、望美の方は全然構わない調子だった。

 今回もどのみち承認されるという強い自信からだ。いや、慢心というべきか。安城の軽い調子の応対(一応地位は安城が上だ)にも動じず、望美は自らの要求を押し通す気だった。自分の部下が死んだり捕まったりした今でも、彼女の謎の自信は崩れていない。閑職に追いこまれようと勤め続けるタイプだ。

「なるはやで」

望美はそう言うと、抹茶レモネードの残りを一気に飲み干す。グラスに残る、スライスレモンと氷、それにストロー。

「どっちにしたって、結果は週明けになる」

 安城は厨房へ目をやり、昼食の仕込みが上手く進んでいることを祈った。今日は金曜日であり、午後は閉店までずっと忙しいだろう。

 最近彼は、自分の本業が「店長」であるように感じていた。着任してまだ一年程度だが、一通りの業務は物にできていた。実際、業務時間や業務量としては、管理者よりも店長の方が多いのは確かだ。

 管理者の方は、望美たちエージェントなどオリジンの連中が、任務や用事で世界を訪れていない間は、現状維持の仕事だけこなしていればいい。とはいえ、誰にでも務まる仕事というわけじゃない。

 現に前の店長、つまり前任の管理者は有能でなかった。前年に起きたあの件で左遷された事がその証だ。

「日曜に結果が欲しい」

望美がそう言うと、店長はため息をついた。店の一番忙しい曜日だから当然だ。できないわけじゃないが、クタクタに疲れ果てるのは避けられまい。

「月曜は朝から動くんで、待つ余裕なくってね」

 グラスからスライスレモンを指でつまみ上げる望美。彼女は指先でそれを半分に折ると、瑞々しい果肉をかじった。……見ているだけで不思議な酸味を覚える。

「コッチの仕事が危ないのはわかってるでしょ?」

 レモンの皮をグラスへ落とした後、望美が言った。安城は文民部の人間であり、登場部の仕事に詳しいわけじゃない。それでも彼は、望美が提出した用紙を読み、望美たちの任務が大変である点は理解できた。少なくとも自身よりも危険のある仕事だと。

「わかった。何とか日曜に間に合わせる」

安城がそう言うと、望美は黙ってうなずく。今度はストローをつまみ、グラスの氷をガチャガチャと鳴らした。

「通信で送るから、店には来ないでくれ。いいね?」

 ただ、望美たちが育む「危険」からは離れておきたかった。わかりやすい保身だが、その行動は功を奏す。

「まあいいよ」

望美はそう言うと席から立ち上がる。そして、そのまま店を後にした。あの女性店員がクセで「ありがとうございました」と言うも、望美は平然と何も返さない。

「ドライな感じの人でしたね」

 女性店員が近づいてくる前に、安城は用紙を折りたたみ、ポケットへしまった。

「態度だけじゃないよ、まったく」

「条件が合わない人でした?」

 飲み干されたグラスを取る店員。望美に喫茶店の仕事が務まるかはさておき、店員の本音としては猫の手も借りたいところだろう。

「ああそう、合わない人だったよ」

 店長安城は立ち上がり、騒がしくなり始めた厨房の方へ向かう。彼は厨房を足早に通り過ぎ、バックヤードでパソコンを操作した。当たり前だが、監視カメラが再び仕事に入った時、望美はどこにも映っていない。消失したのだ。

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