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「それ」 田島

 使われずに済んだが、矢崎から技術提供を受けた田島は火炎瓶を一本こしらえていた。ただ、自宅の玄関ドアを吹き飛ばし、やってきた亜実たちをケガさせたのは、二本目の火炎瓶で使われるはずの分だ。

 彼はガソリンの入手方法も矢崎から教わっていた。先の喫茶店の席で矢崎がタブレット画面で披露した、火炎瓶のハウツーの一部分でそこに触れられていた。複数ある方法の内の一つを田島は選び、用意に移った。

 とはいえ、ガソリンの危険性ぐらいは田島もわかっていたし、何らかの法律(現地日本のそれ)に反しそうとも察せていた。なにせ、私立中学受験に合格できそうな脳の持ち主だったから。また、後ろめたさも覚えていた。

 それでも田島は、自分や周囲の人間を守るために動いたわけである。建前に思えるが現実だ。法や道徳で世の中が問題なく動けるなら、犯罪や戦争やらは起きていない。あえて言うなら、永久とわの平和は理想論でしかない。人間同士の争いは紀元前から続いている。

 だから時には、当時の彼の如く「自助」も必要というわけだ。迫りくる恐怖に抗うためにも。……まあ、ケガなど踏んだり蹴ったりの亜実たちには気の毒だな。


 さて、田島は火炎瓶のガソリンを同じマンション内で確保してきた。小学生がガソリンスタンドまでトコトコ歩き、ノズルを手持ちのタンクの穴へ突っこみ、何リットルかテイクアウトしたわけじゃない。よほど無能か安月給の店員がいない限り、ガソリンのテイクアウトは今どきできない。そう願ってる。

 ガソリンの入手先はマンション一階の駐輪場だ。彼は自宅から灯油用のポリタンクをこっそり持ち出し、停められた原付バイクの燃料タンクからガソリンをいくらか抜き取った。念のため言っておくが、灯油タンクにガソリンを入れるのは危険な行為だ。BBQになりたいなら別だが、せめて専用の携行缶を使うべきだった。

 一台のバイクから多く抜き取るとバレるため、できるだけ多数のバイクから平等に頂戴した。税金や社会保険料の追加分みたいなものだな。そうやって、一本目も二本目の分も確保できた。ガソリンの抜き取りが露見したのは、あの日より後……。

 言うまでもなく火炎瓶は危険物の類であって、日曜大工や自由工作向けの代物じゃない。矢崎がお披露目してくれた画面上の情報が頼りだ。小学校の図書室に「火炎瓶の作り方」なんて本は置いてないだろう。とはいえ、ネットならダークウェブまで潜らずとも、簡単に入手できてしまう情報に過ぎない。結局のところ、独裁国家やファシストに抵抗する人向けとして、今も昔も必要とされる類の情報ではある。

 それはさておき、田島がスマホで撮った画像はピントが合っていた。たいした反射も映りこまず、ほとんどの文字が鮮明だ。組み立て順の図は、元は軍事教練担当教師のデザインだが、矢崎はそれをデジタルの見事な図解に仕上げてきた。さすが、私立中学を受験する予定だっただけある。大半のバカや文系学生でも理解できそうだ。


 こうして彼は、芯材や増粘剤なども合わせ、モロトフカクテル風の火炎瓶を一本作った次第だ。もしその一本で止めておけば、亜実たちが負傷する展開は起きなかったかもしれない。なにせ、二本目を作ろうとガソリンを確保し自宅へ戻る際に、廊下や玄関にガソリンをいくらかこぼしてしまったのだ……。

 もっとも、田島が火炎瓶一本で一段落つけた後、亜実たちが自宅訪問してきた場合、彼はそれを亜実か誰かに命中させていたかもしれない。ヒヤリハット案件として、オリジンの暇な誰かが扱うかもだ。

 一本目作成の際はこぼさずに済み、二本目である程度こぼしてしまった事情には、あの柏崎がまた絡んでくる。

「えっ? まさかまだストーブ使ってるの?」

駐輪場でガソリンを抜き集め、自宅へ戻る途中に、ちょうどエレベーターから柏崎が降りてきてしまった……。幸い、彼女は火炎瓶の知識など塵も知らない御身分だから、田島が季節外れに灯油タンクを持っている理由をまだわからずにいた。

 彼女が現在置かれた状況を踏まえると悪口はあまり言えないが、ホントに田島へ横やりを入れる女である。過干渉の度合で言うと、彼の母親と違わない。「田島の恋人」として出しゃばるだけある。

「い、いやコレは水だよ水。車にその、積んであったやつなんだ」

「けど匂うよ? ちゃんと洗った?」

秒でわかる嘘を看破される田島。油系の臭いはしぶとく厄介だ。

「う、うーん、そうかな? じゃ、じゃあ家でしっかり洗っておくよ。それじゃ」

田島は脂汗を額に浮かべつつ、エレベーターへささっと乗りこむ。ところが、運命とやらも厄介だ……。

「手伝うよ。ワタシ、急ぎじゃないし」

さも当然の如く、柏崎が後に続いた。彼女の行動に悪意はないが、慎みもない。田島の方はそこまで考えていなかったが、一連の経緯を知った亜実いわく、彼女は「災厄なガキ」だ。否定はしない。

「…………ありがと」

彼の方は制止する気が湧かないご様子。つい先日の喫茶店までの件も踏まえると、もはや諦めの境地にいたんだろう。もう片手に持つ手動灯油ポンプを指摘されれば、面倒事は確実だった点もある。

 もっとも、この二人に振り回された立場の亜実たちからすれば、たまった話じゃないな。その日起きた一連の出来事は、マイクロマシン回収以外は災難そのもの……。

 ガソリンは奔放な柏崎に振り回される中で、廊下や玄関にこぼしてしまった。ポリタンクごと爆発炎上しなかった点は、いったい何の幸運だろうか? 現地日本でもガソリンによる火事や事件は偶発している。

 亜実は「ガソリンの危険性ぐらい、二人とも一般常識で知っていたはず!」と、たぶん今でも唱えている。自分たちの紳士淑女規定違反への反論の一つだ。もっとも裁判の判決として、田島宅での件とその後起きた件は分けて考えられた。

 ……しかしまあ、ガソリンのこぼれが故意じゃなかったにせよ、それを引火させた責任は田島にある。さらにいえば、直後の逃走や顛末に関して、彼や柏崎に一定の非があるのも確かだ。

 特に、灯油タンクからガソリンが少量ながらこぼしたミスだ。それは田島が自室にクローゼットへしまうまでの間に、柏崎がしつこく世話を焼こうとしたせい。タンクを一緒に持とうとしたり、フタを締め直したりしてきていた。田島が下手に抗った点もあるが、彼女の余計な所作が主因だ。

 そこの問題点もあり、オリジンの一部(どこかは伏せる)からは柏崎萌恵の処罰を求める声があがった。……だが彼女の悲惨な現状が判明すると、そんな声は消えた。


 あの爆発より前に二人は自室を出て、廊下奥のリビングに退避していた。ワイヤーカメラの物音が今度は聞きつけられたのだ。安藤の慣れていない所作のせいだが、彼女を責めるのは酷かもな。

 田島が発射したロケット花火の火花により、ガソリンが瞬く間に爆発した。その花火は元々柏崎が買ってきた花火の一つだったが、皮肉にも危険だと親に咎められ、ひとまず田島の手へ渡った経緯がある。一夏の思い出作りのために捨てなかった点が不運を招いた。

 ガソリンの漏洩を田島は知っていたため、玄関へロケット花火を放つのが危険な行為だとは理解できていた。しかしながら、想定外の規模の爆発だったらしく、彼と柏崎も爆風をもろに喰らう。二人揃ってリビングで転倒した。歩けなくなる程じゃないが、床のフローリング材に頭や体を打ちつけた。もし机や柱の角で頭を打っていたら、運命はまだマシな方へ進んでいたかもな。

 リビングの窓ガラスはすべて割れ、破片がベランダに散乱している。さらに、植木鉢やプランターの大半が横倒しになっていた事から、田島は親にどれほど猛烈に怒られるかを悟った。

 悲しいかな、ガソリンの揮発性など危うさを十分認識できていた者は、亜実の部下久保だけのようだった……。


「に、逃げよう! 確か、確かベランダに降りれる所あったはず!」

無惨に荒れたリビングで、先に口を開いたのは柏崎だ。彼女の声かけで、田島は怒られへの思考停止から抜け出せた。確かに玄関の強行突破は無理だろう。

「お、降りられる場所……」

「ほら、避難用のその、ハシゴ!」

気を取り戻せた田島はベランダへ向かう。田島宅の場合、ベランダの片隅に避難ハシゴが設けられていた。隣戸との仕切り壁を突破する必要はなかった。

 リビングの壁紙は剥がれ、エアコンは大きく傾いていたが、それらにまで払う余裕は無かった。何しろ、室内もベランダもガラスなどの破片が散らばっている。そして、今の二人は靴下履きだ。うっかりレゴブロックを踏んだ程度じゃ済まない。

 ただ幸か不幸か、ベランダの網戸付近に予備のスニーカーやサンダルが何足かあった。散らばっていたが、アドレナリン一杯の田島と柏崎は難なくペアを揃えられた。そして、数度叩いて破片を落としたかと思えば、すぐさま履いてみせる。

「ああっ、負傷! ふ、負傷しました!」

玄関から久保の叫び声が聞こえた(オレが耳にしたのは二回目だが、なんとも悲痛な声色だ)。

 亜実たちへの気遣いは皆無な田島と柏崎は迷わずに動く。無論、身を守るために。

「と、とよか、ベータさん、ベータが負傷してます」

今度は安藤の震え声だ。それでも二人は迷わず動けた次第……。

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