「これ」 望美
前提に語りたい小話がある。不運に見舞われた矢崎に対し、さらに追い打ちをかける類だ。
第八章で述べた通り、望美たちが隠して捨てた車のナンバープレートが発見され、特定されたのは後日のこと。任務終了からなんと十五日も経ってから……。任務を何とか済ませた望美たちが、哀れな矢崎家の事を忘れた頃ではないものの、矢崎は悔しがり、怒りを覚えている。怒りや責任感をぶつける相手は、既にその世界から去っているわけで、彼の怒りは未だに強まっていることだろう。……とはいえ、オリジンや我々が彼本人から怒りをぶつけられる恐れは無い。少なくとも今は、高みの見物ができる御身分だ。
矢崎家に二度目の不運が訪れた日はいろいろと派手な一日となり、さすがにオリジンも隠蔽できなかった。それは後々語るが、現地の政府や警察諸々に手を回す事自体できないほど、あの日は「賑やか」極まりなかった……。
オリジン独自の調査の中で、件の「十五日後」も判明した次第だが、現地のお偉いさん方はその遅れをミスだとは認めていない。「適切であり、現在も目下捜査中」という態度を示すばかり。そして、現地マスコミは悲しいながら、それに忖度する始末。あの賑やかな日の直後は、まるで自身の家族が殺されたかの如く、熱気溢れる報道だったにも関わらず。
そして、「十五日後にやっと特定されたという事実」すら、今は削除されようとしている。NGY1150の現地日本人は、我々のよりも厄介な政府の元にあるわけだ。
雑談に近い前提を語るのは一旦ここまで。
しかしながら、望美たちもやらかした。それぞれ追跡を逃れ、東京都内にバラバラで潜んだ。リスク分散として、異なる場所に潜まねばらない。幸い、重複することも現地警察に捕まることも無く、任務達成当日まではやり過ごせた。
望美と対馬は「女性に親切な男性」の家で過ごした。紳士淑女規定は売買春や不要な性犯罪を禁じていない。二十八歳の対馬はまだ通用するが、三十二歳の望美は「担い手不足」になる年頃だ。年齢のサバ読みも難しそう。
そんな一方で男性陣三人は、ユースホステルや雀荘や個室ビデオ店、裏民泊、図書館の書庫などを転々とした。中でも鍋島が数日間潜伏した、都内某所の図書館にはオリジンの協力者がおり、彼が一番文化的だったといえる。昼夜通してそこにいられたおかげで、鍋島は所蔵の地図や新聞(検閲されているが)を活かし、望美や仲間へ情報を提供できた。
望美たちは七月十日未明から同月十七日朝まで間、現地で潜伏生活を送ったわけだが、ただ隠れて過ごしていたわけじゃない。亜実たち同様、次に向けた準備も必要だ。いくら潜伏が必要といえ、期限付きの任務中であり、情報収集にあたる鍋島以外はひきこもって過ごしていいはずはない。
鍋島が必要な情報を掻き集める中、チームリーダーの望美は「解決策」を考えつき、部下たちに下準備を先行させた。ただその策は、その世界ことNGY1150の管理者やオリジンの承認が必要である。ところが彼女は承認を得るよりも先に、部下に用意や前行動を取らせていた。
望美が癖のあるその頭を練って考えた策は、時間ギリギリで承認されたが、独断専行という批判は当然だ。そして、彼女の部下が任務中にやらかした事故に関して、そこの批判は燃料と化した。独断専行は望美たち以外もやりがちだが、その部下の逮捕には事足りた。……その哀れかつ愚かな部下とは三宅のこと。望美にとっての幸運は、解決策の内に三宅の「不祥事」は含まれていなかった点だ。
矢崎からマイクロマシンを回収する解決策とは、彼が学習塾や路上にいるところを狙うものじゃなかった。亜実の方も断念した策だが、理由を今一度述べておく。
一般的に学習塾は講師より部屋の方が多く、少人数向けの狭い部屋がほとんどだ。それゆえ、部屋の壁はたいてい安価で薄い。貫通した銃弾が、向こう側の子供に当たらないとは保証できないのである。過失としても、子供を死なせるのはそれなりにマズい。たかが異世界の子供でも死なせれば、オリジンはそいつを紳士淑女規定に違反したとして罰せられる。
また、登下校時に狙う案も却下された。集団での登下校は当面続きそうだった。現地警察やボランティアによる見守り活動が熱心に行なわれていた。その警戒モードの中、誘拐的行為によるマイクロマシン除去は無理がある。さすがにそんな警戒を解いてくれるよう、現地の警察や政府に働きかけるリソースは無い。また、目立つ干渉はつけこまれ、どこかに介入されるリスクをうむ。
……それでも結局、一時的に第三勢力の介入を許してしまった。亜実の方もたいがいだが、非常にコスパの悪いザマだった。
そういうわけで、矢崎を狙える時と場所は、自宅か小学校という結論に達する。とはいえ、どちらも事情が異なる形で簡単に進められはしなかった。
ただ、彼の自宅がある地域一帯は、現地警察のパトロールが強化されたまま。オリジンがかけた圧力により、自宅近くに刑事が張りこむという厳重な態勢は解かれていた。しかし、地域一帯にまでそれを求めることは、前述のリスクを意味した。
結果的に、最初から自宅を再び訪れる選択が楽だったが、警察への対処を大きく危惧した望美は、自宅の方は脇へやった。
こうして、あの小学校の方が選ばれた。当日の流れは、小学校が第一で自宅は第二という話だ。……しかしながら、紳士淑女規定がある事を忘れてはならない。原則として、特別保護施設への侵入および攻撃は禁じられている。
矢崎が通っていたあの小学校も、規定の「特別保護施設」に当然含まれる。この特別保護施設は現在、「幼稚園、保育園、認定こども園、小学校、特別支援学校、入院設備のある医療機関」が定義づけられている。いろいろと起きたせいで、オリジンはこんな原則を紳士淑女規定として定めた。いわばまさに「非核三原則」のようなもの。
……とはいうものの、あくまでも「原則」である。つまり、「例外」が認められれば構わないという意味だ。望美はその点を突く形で、事態を打開し任務を遂げる事を決めた。彼女はこれこそが解決策で、この例外は認められるはずと勝手に踏んだ。これが件の独断専行である。
確かに当時は承認されていたが、それは駆けこみセーフという有り様だ。そして、もし承認されなかったとして、彼女があの日の予定をキャンセルしたとは考えづらい……。彼女自身もだが、あの部下たちはどこか愚かなのだ。まあ哀しいながら、それは彼女たちに限った話じゃない。
それでも当時の望美は謎の自信を抱き、まずNGY1150の管理者へ承認を取りに向かう。部下が爆薬や変装やらの用意で急ぐ中、淡々とした振舞いだった。おめでたい。




