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ロスタイム

 カップルで来た田島に対し、ソロの矢崎が憤怒したのは当然である。ただ彼は寸でのところで、湧きたつ様々な感情をほどほどに抑えられた。

「ああっ?」

多少の声は漏らしたが、四人掛けテーブル席ごとに隔てるパーテーションのおかげで、隣接の女性客二人には物音程度に聞こえたらしい。彼女らは雑談を止め、矢崎の方へ顔を向けただけで、三秒後には雑談を再開する。


 怒り、悔しさ、妬み、蔑み、引け目といった複雑かつ重複した感情に対し、彼が取り乱さずに済んだのは一種の才能だ。

 田島の方も、矢崎がどんな感情を抱くかは予想できていた。そのため、矢崎が顔で怒りを露わにする事を許容した。そして、矢崎が平静をできるだけ早く取り戻すよう願った。

 連れてきた彼女ことパートナーとは言うまでもなく、あの柏崎萌恵だ……。彼女は彼女で、矢崎と同じような出来事(亜実たちによる一件)に遭った。

 つい先日交差点で別れた後、田島は柏崎の身に起きた顛末を知る。柏崎が彼に、心当たりを尋ねたのは言うまでもない。彼女は日頃から彼に庇護されたいと願っていたが(専業主婦志望という意味ではなく)、その時は彼の身を案じた。そこで彼女は、キャリア官僚の父親に適切な対応(言葉だけじゃなく)を頼もうとした……。ただ田島は、彼女にそこまでしないでと引き留める。返って勉強や受験に差し障るからと。幸い、その願いは叶った。


 もっとも、田島はこれで他人事と思えなくなり、恐怖を身にまとう。そして、次回の矢崎との交信に強い期待を抱く。平行世界における勝者たる日本人なら、相応の助言をくれるはずと見込んだわけだ。……確かにまあ、「相応」という意味では間違いなく。

 ところが自宅を出て、マンション一階のエントランスへ降りた時、田島は柏崎に遭遇してしまった。今は亡き管理人の婆さんに声をかけられ、そこへタイミング悪く彼女が通りがかる。彼は彼女に外出を伏せていたので、彼女に怪しまれたのは言うまでもない。彼は彼で家族に「カフェで勉強したい」と外出を許された身のため、それなりのカバン(塾の代物だが)を持っていた。コンビニやクリーニング屋へ行くだけには見えない。

「ワタシも行くから待ってて!」

そう言い放ち、いったん自宅へ戻る柏崎。田島は管理人にからかわれる中、ため息をこぼしていた。

 いわばまさに教科書通りの流れへ……。


 さて、矢崎が田島へ伝えた話を語る。オリジンの方にすれば蛇足かもしれないが、補足で語らずに済みはしない。

 柏崎がトイレから戻るまでの僅かな時間で、矢崎は田島に知識を披露した。ただそれは口頭ではなく、タブレット端末やスマホを駆使するやり取りになった。彼女がいつトイレから戻るかわからない中、矢崎は臨機応変に動いてみせた。さすが、小学一年生から軍事教練を学ぶだけある。

 というのは、矢崎の大日本帝国の学校教育では副教科として、小学一年生から中学まで軍事教練を学ぶ。第二次世界大戦以前のオリジンが彼らに接触を図った時点で、それは既にあった。ただ、竹槍で戦車に挑むといった非現実的な戦法は、その昔も今も内容に含まれずに済んでいる。座学と体育を組み合わせた副科目で、特に受験科目でもない。「現地日本国の学習指導要領では、軍隊の新兵訓練課程を子供向けに抑えた程度の内容」という報告は正しい。

 ……だが、学習指導要領様に振り回され、実際にはマイナスが生じている。我が子のテストの点数は気にしながらも、政府の学習指導要領と実際の違いを気にする親はほぼいなかった。下手すれば、安心安全でマイナスでもだ。

 矢崎の両親も気にしてなかった。某大物政治家がBBQされた夏、翌年のその夏が過ぎた今も気にしてないし、知りようがない。矢崎が田島に火炎瓶のレシピを教えた事実は……。


 矢崎は火炎瓶のレシピを知っていたが、それは学校の軍事教練で学んだ「公的」の知識である。ただ火炎瓶の項目は、例の政治家BBQ事故が起きた後、学習指導要領から削除された。しかし、彼が他のクラスメイトと共に火炎瓶の知識を学んだ時期は、当時より三年遡った小学三年生だ。矢崎はその「教科書」を学習机の書棚に残していた。

 軍事教練を彼らに教える者は退役軍人がほとんどだ。とはいえ、退役軍人といっても皆が皆が「脳筋」じゃない。教員免許の取得は決して簡単じゃない上、矢崎の現地日本でもモンスターペアレントはいる。心が折れて退職したり、自分を殺したりする教育現場は、どこの世界でもあるらしい……。当時小学三年生の矢崎たちへ火炎瓶の知識を教えた、軍事教練担当の教師は、現地日本陸軍の情報機関職員だった男だ。冷戦時代(NGY1150では米ソ間じゃない)は敵陣営向けの日系ラジオ放送局に勤めていた。主にプロパガンダをリスナー(聴取者)へ届けるラジオ局で、アナウンサーではなく内勤職員だった。男は「記者」でないにしても、敵陣営の「内乱分子」向けの放送内容へ目を通せた。我々の世界でいう「モロトフカクテル」に類似した火炎瓶のレシピも含まれる。NGY1150の現地日本人は「有砂カクテル」と呼ぶそうだ。男は教師になれる程賢かったので、その火炎瓶(放送当時は「対戦車兵器」が謳い文句)を矢崎たちの前で自作してみせた。砂を芯材および重りに、エンジンオイルを増粘剤に用いるといった、手作りの日本製火炎瓶を……。

 ただ副教科という時間的制約から、矢崎たちも授業中に自作することはできなかった。それに校外で自作する場合は、役所か警察へ申請せねばならない。その際は「国防」や「民間防衛」といった正当な理由が求められる。もっとも、例の政治家BBQ事故により、申請は厳格化された。

 それでも矢崎は当時、火炎瓶程度なら大事に至らないと考えたようだ。もっとも、IED(公的には中学校で学ぶらしい)と比較した場合の話だが……。彼は火炎瓶のレシピを伝える事により、田島が自分の身を守る結果を期待していたようだ。マウントや承認欲求は別として。

 ただ、口頭でやり取りできる状況じゃなかった。柏崎がトイレで離席したのは二回だ。交信始めの一回と、勘定前の一回である。二回とも数分足らずで、自分の身を守る必要性から火炎瓶のレシピまでを伝えなければならなかった。また、その場に彼女がいなくても、話が話だけに声を潜めねばならない。

 そこで矢崎はタブレット端末を使った次第だ。臨機応変に動く彼に遅れを取るまいと、田島はスマホを使った。矢崎の端末画面を撮り、自分の言葉はメモ書きアプリで伝えたのだ。


 ……こうして、退役軍人伝来のハンドメイド日本製火炎瓶のレシピは、その場その時、矢崎から田島へ伝えられた。

 とはいうものの、田島が「自助」で作った火炎瓶は、結局大事にならずに済んでいる。もはや安心安全と言っても構わないだろう。私や我々が田島にBBQされる恐れは無いからだ。安心安全、安心安全、安心安全。

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