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「それ」 亜実

 張りこみ刑事四人への対処は、手早く済まされた。登場部のベテラン揃いだけはある。

 亜実がドライブバイ射撃で、スイフトの刑事二人組を射殺したのを合図に、彼女の部下四人は素早く動いてみせた。開始直前に合図が変わった中、見事な所作だった。

 もう片方の二人組(アリオンに乗ってるほう)は、豊川と安藤が演じた即興芝居に気を取られ、サプレッサー装着のピストルを潜ませ近づく岡崎に、撃たれる寸前まで気づけなかった……。一部始終は複数の監視カメラに撮られたが、現地警察が動画鑑賞したのは、亜実たちがNGY1180から脱した後である。

 近くの郵便ポストへリュックごと背中を預け、しばし待った久保いわく、「NGY1180の警察は、NGY1150のそれと比べちゃうと平和ボケ」とのこと。殉職した刑事四人は、警視庁本庁から八王子市へ派遣された有能な「キャリア候補」だったが、きっと気が緩んでいたんだろう。現地警察も人手不足や競争率低下に陥っているし、有能だった四人の代わりを用意するのは一苦労に違いない。

 しかしながら、彼らの気が緩んでいなかったとしても、亜実たちを撃退できた可能性はかなり低い。この時の所作を見届ければ、そう考えるほうが自然だ。


 話を進めよう。

 刑事四人を片付けた亜実たちは、マンションのエントランス前に一度集まる。彼女たちはアイコンタクトや手振りで、任務が円滑に進められている事実を確かめ合った。

 マンション内のエントランスにも監視カメラはあり、管理室には人気ひとけもある。また、オートロック式のガラス製自動ドアが守りを固めている。あの前回では、管理人は退勤しており不在だったが、それでもたいした問題じゃない。

 除去機のアタッシュケースを持つ久保を除き、他の四人はサプレッサー装着のピストルを悠然と構えている。そして、亜実たちはエントランスへ堂々と入り込むなり、自動ドアへ発砲していく。一枚ガラスのそれは弾痕やヒビだらけになった途端、発破された高層ビルの如く、エントランスの床に崩れ、ガラス片が散乱する。

 御影石の床で煌めく、無数のガラス片。自動ドアの人感センサーは、夜空に浮かぶ火星のように小さく健気な赤色を灯し、亜実たちを見下ろす。今回はクリアファイルに反応し、ドアを開ける役目は不要だ。

「な、何なんだい! ちゃりをぶつけたのかい?」

管理人の婆さんが、エントランス付属の管理室から飛び出してきた。彼女は片手でドアノブを、もう片手で新聞を掴んだまま、亜実たちを唖然と見つめている。……数秒も経たない内に、彼女は銃弾を何発も受ける。亜実たちは微塵もためらっていない。まあ平常通りだ。

 彼女たち全員のピストルにサプレッサーが装着されていたが、やや凄惨たる始まり様だ。マンション外へ「異常事態」成分が漏れ、大事件(初日以上のだ)への発展は確かなもの。遅れての現着だが、現地の警察やマスコミやらが蚊柱の如く集った点は言うまでもない。

 それより重要な点は、異常事態に巻きこまれず、たとえ巻きこまれても抜け出せるか。亜実たちは十二分にその点をわかっているし、管理人へそれ以上の時間や手間を惜しむ必要はない。任務や紳士淑女規定からは「蚊帳の外」だ。

 検知による非常ベルはまだ鳴ってない。田島のマンションに警備会社のサービスは付いていたが、成金向けの高値なシステムまでは備わっていない。管理人や管理室を軽く何とかすれば済む。


「デルタ、管理室。ベータにガンマ、エレベーター」

ハンドシグナルと共に指示を出す亜実。彼女の部下三人は、ほぼアルミ枠だけの自動ドアをくぐり、任されていた指示に動く。呼称エプシロンの彼女も、呼称アルファの久保が外部を警戒する中、自動ドアをくぐった。彼女がくぐり抜けた直後に、内側の人感センサーがドアを両開きにさせる。ドア溝に落ちたガラス片はドア枠に踏まれ、ピキピキと音を立てた。

「シュー、プシュー、シュシュー」

管理人の婆さんは瀕死ながらも、それなりの音を立てていた。誰かの銃弾が、彼女の老けた気管を貫いた。それでも彼女が「危機的状況」が起きたと、悲鳴や物音を発するかもしれない。

 しかし、亜実たちは経験則から、その恐れをスルーしてみせる。……彼女たちの経験則は当たり、婆さんは五分足らずで息絶えた。

「カメラ停止で、警備のほうはメンテナンスモードに設定済みです」

デルタこと岡崎は管理室で一手間済ませるなり、亜実へそう言った。彼女がうなずき、ベータの豊川とガンマの安藤がエレベーターの近くで挙手するところを目視した岡崎は、次の指示へ動く。

 岡崎は田島宅へ今回行かず、このエントランスで待機し見張る役だ。酷い有り様の自動ドアやこの場は、帰宅する住民の目を引く。彼はその場で見張るだけでなく、「一一○当番中」のフリを演じねばならない。彼がスマホを耳に当て、警察と話す演技さえしておけば、多くの人間は野次馬にもならず通り過ぎる。スマホで一枚撮っていくぐらいだ……。

 ただその前に、管理人の婆さんを片付ける必要があった。既に瀕死だが、管理室へ隠すほうが無難だ。

 一手間済ませた岡崎は、何食わぬ顔でスマホを耳に当てつつ、口をパクパクと開閉し始める。「ええ」とか「そうです」などと言っていた。

「エレベーターへ」

「了解」

 死にかけ婆さんの体を岡崎は床から持ち上げる。ボトトッボトトッという重く早いテンポで滴る鮮血。エントランスの石床は汚れていくが、掃除までする必要はない。岡崎は自分の服も汚れるのを嫌ったらしく、管理室の床へ婆さんの体を放り出す。ボケた叔父か叔母を養老院へ放りこむような勢いだった……。異臭が漂う前にやらねばならないため、まあ仕方ない所作だ。


 亜実たち四人は、エレベーターで田島宅のある十一階へ上がっていく。今回は十階の柏崎宅でなく、十一階にある田島宅へ間違いなく向かっている。あの前回でミスしなければ、このマンションへまた来る展開になっていない。望美たちより先にかつ無事に、任務を済ませられた。

「アルファ、三分あれば回収できますか?」

「……ええっと、その子がおとなしくしてくれさえすれば、三分でいけます」

亜実からの問いかけに、久保はそう答える。彼はアタッシュケースを持っているため、安藤に自分のリュックから「進出セット」を取り出すよう頼んだ。

「今度は私が開けるよ。やり方はわかってるし」

ワイヤーカメラなどが詰まる合皮製のポーチを手に、安藤が申し出た。

「ああウン、それなら頼んだ」

「なら私とベータで彼を抑えます。ガンマの手伝いで手際よく済ませてください」

安藤がワイヤーカメラでドアロックを開錠し、すぐさま亜実と豊川が宅内の制圧にかかる流れだ。

 とはいえ、彼女たちと田島は初対面同然で、小学生の田島に淡々かつ賢明な対応は望めない。それぐらい、望美チームの三宅だってわかる話、そのはずだろうに……。

「わかりました」

エレベーターは途中で停まらず十一階に着いた。二枚のガラス越しに、途中階の住民に目撃されもしなかった。


 一番に降りた亜実はピストルを前方へ向けながら、廊下や外部へ注意を向ける。柏崎宅での件は既に落ち着いたといえ、警戒は怠れない。安心安全な所作だ。

 しかしながら、時間の余裕がない現実もある。下で見張る岡崎の演技力はプロ級じゃない(亜実いわく、「大根役者に毛が生えた演技力」)。当時は正午頃で、マンションや周辺の住民の大半は在宅かつ起きていた。マンションの周辺やエントランスでの一騒ぎに、その時点では気づかれていなかったが、のんびりできない。

 亜実は自分なりに安心安全を認めると、部下たちへ次の行動に移させる。

 ……その場で嫌な空気を嗅ぎ取れたはずだが、彼女は気に留めなかった。どこかの住民が昼メシを焦がし、それが廊下へ漏れたと考えたのだと、彼女は後に語る。また、それは部下たちも嗅ぎ取れていたものの、面倒な任務を一秒でも早く済ませるほうを優先したらしい。

 見事な所作は確かに続いていた。それから田島宅のドアが開く寸前までは。

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