ロスタイム
さあ、補足しよう。
先日話した「その一件」について、やはり語っておかねばいけない。あの哀れな二人へは語ってやれないが、我々の中では共有しておかないとな。
一件が起きた頃というのは、田島や矢崎がマイクロマシンを除去される前年の夏だ。ああ、二〇二二年七月の出来事だとも。あの二人が時々話す、日本に波乱をもたらした夏だ。
しかしながら、我々の世界の場合と二人の平行世界のそれとでは、大きな相違点がある。特に、オリジンが近くにいたかいなかったかの違いだ……。
平行世界という特殊な関係上、大きな事件や災害のほとんどは、同じ日にほぼ同じくして起きている。オリジンが干渉や介入をしない限り、たいした相違点は現れない。
そのため、某大物政治家が同日中に死ななかった件は、オリジンは大きな例外として受け止めた。自分たちが無関係にもかかわらず、同じような出来事が起きないのは「不自然」だと。
時運も悪く、当時の文民部の管理職たちは狼狽え、時期尚早な指示をヒラ職員へ出した。そして、件の世界二つで失敗を起こす……。正しくは二件だが「その一件」としよう。
前置きの小話だが、NGY1150の大日本帝国は、二十世紀前半に核兵器こと原子爆弾に関する技術提供を受けられた。彼らが日米開戦を避け、第二次世界大戦で勝者側に立てた結果は、そのおかげだ。提供はオリジン。
そう、オリジンはかなり以前に、原子爆弾ファットマンを鹵獲できていた(リトルボーイのほうは撃墜してしまった)。これまた別の平行世界で手に入れたそれを分析し、核武装を果たせていたが、さらなる使い道を思いつく。
分析で得られた技術を日本へ提供した。単なる善意や思想からじゃなく、NGY1150にとってオリジンがいかなる存在かを示すためだ。世界そのものへの影響力として、平行世界の日本を裏で手中に収める。以降三十年分の効果は見込めた。
オリジンは登場部内に部署を新たにつくり、技術提供やプルトニウムの調達などを行なった。登場部や文民部だけでなく他の部署からも、優秀かつ従順な人材が集められる。また、平行世界の時間軸を遡る方法のため、莫大な電力も要する。時間軸を遡って扉を繋げる方法は、今も制約に縛られ、ハイリスクなやり方だ。滅多にできることじゃない。
そうまでして、当時の大日本帝国陸軍へ接触を取った。ところが、理解させる証拠に核実験の映像(トリニティ実験の動画)を見せても、なかなか信じてくれなかったらしい。帝国海軍へ披露すれば楽に進められたと、交渉役の主任を務めた老人は晩年そう語った。
辛抱強く説得した結果、帝国陸軍は技術提供やプルトニウム搬入を受け入れる。オリジン側の見返りが金銭じゃない点も幸いした。必要なものは「影響力」で十分だ。
……当然だが後年、彼らはオリジンの「親切」に感謝した。プルトニウム型の原子爆弾をモスクワへ投下し、日の丸が東アジア中ではためくよりも前に。
そんな歴史も経て、二つの平行世界は「その一件」の日を迎えた。なお、オリジンがNGY1180で何をしたかは、時がきたら話そう。今じゃなくていいから。
「その一件」より前から文民部は、現地の各国政府より自分たちが上位であるという自信を次第に失っていた。そんな中、同日に起きるはずの出来事が起きなかったため、影響力や整合性が乱れることを恐れた。せっかく得た「影響力」が消失するんじゃないかと。
文民部は浅はかな思考や行動を取ってしまう。ヨソへ露見する前に、自分たちでできる事をやっておこうとして……。
彼らはトントン拍子で、稟議書や報連相を大雑把にやり進めた。署名や承認印の「代行」まで行なわれ、曖昧かつ不明瞭な言葉が舞っていた。
NGY1150やNGY1180で相応の大物政治家を暗殺する「解決策」は確かに出たが、文民部単独では不可能という事で却下だ。その代替案として出たのが、「その大物政治家の近くで古い政治犯を釈放し、直後に文民部が拘束してみせる」という策だった。「キャッチアンドリリース」や「自作自演」以外の何物でもない……。
陳腐極まりない策だが、政治犯の収容コストを一人分下げられる一石二鳥だと、文民部の管理職は採用してしまう。
――では、結論から述べると、「それ」世界でも「これ」世界でも失敗しやがった。特に「これ」ことNGY1150では、いらぬ負担や悪影響をもたらしてくれた。
詳細は省くが、どちらの世界の現地でも、政治犯のジジイを職員たちが見失ってしまう。極左活動家だったジジイには、かつて「物証」として押収した、火炎瓶入りのリュックを背負わせていた……。それもガソリンを新しいのに詰め替えて。
職員がジジイを発見できたのは、両側とも火炎瓶が盛大に燃え上がったおかげだ。生き残ったNGY1180側の職員は、ガソリン火災の「威力」を、事後に嫌でも受ける運びとなる。しかし、彼らは幸福で、NGY1150側では銃撃戦に発展し、職員が全滅してしまった。
さて、客観的に一部始終を述べよう。
「それ」世界の火炎瓶は、某大物政治家の頭でクリーンヒットを決めた。中身のガソリンは綺麗に燃え盛り、周りの数人もBBQした。現地人BBQによる熱気を眼前に、職員は周囲に溶けこむ始末。
「これ」世界の火炎瓶は、SPのとっさな銃撃によりジジイの投擲がずれ、路面で割れた。派手な火災は起きたものの、燃えたのはガードレールぐらい。その代わりというべきか、死者十五人の銃撃戦は起きた。某大物政治家が流れ弾(後述の調査報告書では「SPから受けた銃弾」と記されているが、現地日本政府のそれでは「暴発事故」だ)で死んだ事実も含めれば、ちょっとした地域紛争だ。
まあどちらも、オリジン全体からすれば「些細なトラブル」や「小競り合い」に過ぎなかった。その一件まで平和的にやってこれたわけでは決してない。結果的に、相当の政治家が二人とも死んだわけで、平行世界としての整合性は取れる。総合的に考えれば、めでたしめでたし。
……しかし、数人の死者を出した上、大恥をかいた文民部は大人しくしていられなかった。整合性の問題は忘れたかの如く。
「これ」側で職員たちが死んだ事実に、オリジンの文民部は激怒した。彼らは直近の対応として、異世界兵隊や登場部の投入を、オリジンの上層部へ要請した。だが、身内の犠牲への報いやメンツの保護だけでなく、自分たち文民部の失敗を脇へやりたい心情が垣間見えた……。
異世界兵隊は文民部の警護も担っているが、これ以上の負担はゴメンだった。文民部が独断で行なった出来事および結果なのだから、自分たちで対応するのが筋だろう。
――それでも結局、オリジン上層部は文民部職員の遺体回収と後片付けだけという条件の元、異世界兵隊一個小隊と登場部二人を派遣する。登場部の二人はベテランの亜実や望美と違い、十代半ばの少女で経験不足だったが、二人とも任務を全うできた。彼女らの努力もあり、オリジンはさらなる犠牲を出さずに済んだ。
ただ、後の調査で「主導権を取り戻す」という目的が伏せられていたと判明する。しかし、調査報告書には強い論調で「文民部の独断専行があった」と記されつつも、「当日の出来事は、オリジンとしては無関係である」という結論に達した。あくまでも、「釈放後に起きた出来事」である。それでいいだろう。
まあ、文民部が許されたわけじゃない。管理職十人以上が減給や左遷やらを喰らう。中には「これ」世界の管理者も含まれ、価値が低いとオリジンが判断する異世界へサヨナラだ。彼は今もその世界の放射性廃棄物処分場でヒラ職員をやってる。……まあいいか、そんな話。
ふぅ、今補足すべき話はこれぐらいだな。
つまるところ、田島と矢崎は、交信やそれができる理由を考えるのではなく、まったく違う事を考えるべきだった。例えば、「ブタに飛ぶ権利はあるか?」だ。




