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「それ」 田島

 田島は、矢崎が話せた両親との波乱たる一夜について、彼へどう反応すべきか思いを巡らせる。やる必要ないのにだ。

 矢崎のほうは、ガードレールに力なく腰かけ、歩道の擦れたタイルへ視線を落としたまま。時々漏れる息遣い。

 今夜はあの夜から一週間経つ六月二十三日だが、矢崎は昨夜のやり取りのように生々しく思い返している。家庭内の話でも、親友中野に話した事は何度もあったようだが、それほど深く複雑な気持ちに陥った事はその夜が初めてなんだろう。話す相手を間違えたとまでは思わないにしても、恥ずかしさやバカらしさを感じずにいられないはず。傍目からすれば、自問自答の一種でしかない。「平行世界の自分自身と語り合う行動」を社会的に当てはめるとすれば、「自問自答」がしっくりくる。ただ、彼に取っての幸運は、田島や我々からすればそうじゃない事実だ。

 これまた蒸し暑い六月のその夜、田島はNGY1180に存在し、矢崎はNGY1150に存在していた。受験疲れで狂ったわけじゃない。彼ら二人がもし狂うとすれば、現代社会へ旅立てた後だろう。不運にも中学や高校で発狂し、周りの人生も狂わせるかもしれないが、我々は気にしなくていい。自分の現代社会で十二分に味わらされているのだから。


 田島は思いを巡らせる。すっかり気落ちした矢崎へ投げつける、無難な言葉を捻り出そうと。

「あの、あのさ矢崎」

中学受験面接の模範回答本に、「平行世界の自分自身が家族関係で悩んでいる場合、どのように声をかけますか?」という問答は無い。少なくとも、彼が勉強と勉強の合間に読まされている本には。

 それでも田島は焦りながらも、矢崎を自分に置き換えて考えた。社会へ出れば、遺伝子がほぼ異なる人間に対しても「自分自身に置き換えて、きちんと正しく考えろ」と要求される。遺伝子が半分同じの田島は、その点で恵まれているのだ。簡単なはず。

「そっちの、そっちの日本ではさ。ボク、いや子供の考えは親に通せないものなの? その、絶対許されないぐらい……」

彼は矢崎にそう言いつつも、言葉に自信を持てない。説得力無しの葉であるのはその通りだ。田島も親のアンダーコントロールの子供だ。あと一年か二年生き延びれば思春期を迎え、中学生や高校生なりに親へ反抗する。必要なら暴力も伴なってだ。私は猫型ロボットじゃないが、「力には力だ」という言葉は彼らにも響くはず。

「あの二人に? どうやって説得しろというんだ? 母をよく知ってる癖に!」

矢崎は声を震わせながら、田島に問う。聞いてもムダだとわかっていながらも、言葉に出さずにいられなかった。

 今も昔も、説得の手段は言葉だけじゃない。彼ら二人がそれを理解すれば、そんな問いかけは愚かだったと思うはず。

「例えばその、その、脅すんだよ。殺すとかじゃなくて勉強をサボるぞ、的なさ」

無様なほどしどろもどろに、田島へ助言する矢崎。グーグルのAI(当時はBardだったな)でも、まだ具体的に教えてくれるだろうな。

「ハァ? サボるって何だよ? 俺がサボタージュすれば済む話か? アカになれって意味か!」

「ちょ、ちょっと」

怒り出す矢崎と、彼を抑えにかかる田島。しかしながら、両方ともそれは叶わず、互いの身体が宙を切っただけ。目で見て言葉で話せながら、身体的接触はできない。そこは世間一般的な幽霊と変わらず、殴ったり蹴ったりはできない。当然、頭をポンポン叩く所作もそうだ。

「バカ野郎! 謝れ! 謝れよ!」

殴れなかった事も含め、言葉で田島にぶつける矢崎。すでに精神的に張り詰めていた彼は、自分が嫌味な言葉(さっきの頼りない助言)を投げかけられたと思った。陰湿な仕打ちはこれ以上ゴメンという限界な状態だ……。しかしまあ、彼らのあの母親のことだ。さらなる限界を追い求めるだろう。ああいう親が、自らの仕打ちが原因で子に仕返しされるわけないと考えていたのなら、それこそ平和ボケだな。気づけたときには養老院だ。


 母親秀子や父親が「鬱病は甘え」という、苔が生い茂る精神論を、他の現地日本人同様に抱いている事は揺るがない……。

 そして、我々の日本とは異なる、独特な社会環境が育んだ精神論を、矢崎の両親に取り除くのは不可能じゃないが簡単じゃない。もし彼が田島の提案に乗り、あの両親を説き伏せにかかったとしても、考えを改める展開はまずありえない。築かれた価値観や人生を否定するのは、とても困難だ。

 カルトの上層部もその辺はわかっているから、長い月日をかけ人間を洗脳する。根気強さで比べると、マルチ商法やネットワーク何とかの奴らはその点で劣っている。まず、胡散臭いビジネスにハマる原因こそそうだ。

 まあとりあえず、矢崎たちNGY1150の現地日本人が古臭い精神論にこだわる特徴は、歴史的経緯にもある。

 非常にしつこいが、矢崎側の日本は第二次世界大戦で勝った歴史がある。そのためか、彼ら現地日本人の心中には、いわゆる「大和魂」が実存している。敗北を喫していないおかげで、自信を良くも悪くも失っていないというわけだ。


「これ以上深く考える必要はないんじゃないかな? お互いにさその、いろいろ忙しくって、テストも近づいてるし」

田島は考えた末、矢崎にそう言った。自己でも他者でもない、曖昧な存在に対して……。通りがかりの人間や車はいるにはいたが、誰も彼らを気にしていないご様子。

 彼の言葉は無色な社交辞令に思えるかもだが、私としては安心感を覚える。


 ああ、それがいい。それでいいんだ。混沌たる現代社会においては、「無関心」や「無責任」が賢い判断だ。異論があるなら、新聞やネットの記事に目を通してみよう。……頭一杯になるだろう?

 子供の彼らが気にしてもしなくても、世界は勝手気ままに回り続ける。大人になれば嫌でも、どこの政党を支持するかやら、AIの発達はどうかといった面倒事を、リアルでもネットでも考えらさせられる。私立中学受験を控えた事情を踏まえれば、なおさら彼らは気にする必要はない。ツイッター(現X)で愚痴を呟き、いいね数で承認欲求を満たすほうが、まだ文化的と言える。

 不毛かつ勝手な交信をせず、それぞれの人生を歩めばいい。「自分は自分で、他人は他人」という、自己中心的だが現実的な選択で良い。もう手遅れだが、彼らにはそれが賢明な選択のはず。

 異世界同士の人間関係だし、選挙の時期に「ナントカ党のナントカに投票してほしい」という電話をかける必要もうまれまい。遺伝子情報が半分同一という点は確かに大きいが、「相手は自分自身じゃない!」と割り切れば、気楽に決まってる。

 ……とはいえ、子供も大人も物事を割り切れる人間ばかりなら、どこの世界も平穏だろうな。そして、そうならないから、我々の世界もこんな有り様である。つまりまあ、結局は「そういうところ」だ。

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