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「それ」 田島

 田島と矢崎の交信を除き、二泊三日の修学旅行は大きな問題も起こらずに終わる。万引きや性犯罪が起きなかった事に、引率の先生方は胸を撫で下ろした。柏崎が田島と添い寝すべく、男子の大部屋へ忍びこもうとした件はあったが、たいした問題じゃない(性別が逆なら、さぞ大問題だろうな)。

「アオハルです! アオハル!」

「はいはい、女子の部屋へ戻りましょうね」

「ワタシはレズでもバイでもないですっ!」

柏崎と先生(対応したのは三組の女性担任)による喧騒は、男子の大部屋にも届いた。そのせいで田島は、恥ずかしさを覚えつつ寝たフリでやり過ごすしかなかった……。クラスメイトとヒソヒソ話に花を咲かせる楽しみを奪われたのだ。


 ホテルのラウンジ以降、修学旅行中に田島と矢崎が交信できたのは、帰りの新幹線車内だけだ。東京方面の新幹線のぞみのデッキにて、二人は偶然交信できた。田島がトイレへ向かい、矢崎がトイレから出たタイミングだ。

「その帽子、気に入ったんだね」

「まあな。そっちでもアマゾンなら買えるんじゃないか?」

矢崎はそう言いながら、自分が被るキャップのつば先を摘まむ。原子力マークのデザインはやはり目立つ。彼らの世界二つでも、福島県でその帽子は受けないだろう。

「もし買うなら、別の帽子にするよ。……野球のヤツとかね」

「なるほど、野球チームか」

矢崎は田島の反応に納得すると同時に一息つけた。野球の話題なら無難だろうと、子供らしく安直に考えている……。

 そこで矢崎は田島に、どこのファンかと尋ねかけたが、二人の交信は終わっていた。既に田島は客室の通路を歩いている。他のクラスメイト同様に、彼も座席で一眠りしたかった。平行世界の自分を気遣う余裕など、当時の彼にはない。

 「これ」世界の矢崎は、そんな事情をなんとなく察せたらしい。彼は嫌な顔を浮かべることなく、自分も客室へ戻った。二人とも同じ六号車で座席番号は違うものの、周りのクラスメイトのほぼ全員が眠りこんでいる点は変わらない。


 それから彼らは、それぞれの家路につく。人並みに楽しく学べる修学旅行は帰宅と同時に終わったが、田島と矢崎が交信できる関係は終わらない。また、原爆の件で二人が自主的に絶交することも起きなかった……。



 ――旅を終えた数日後の六月十五日に、田島と矢崎は十二歳の誕生日を迎えた。誕生日が同年同月日という点も、「それ」世界と「これ」世界の関係性を踏まえれば、自然な共通点である。ただ、誕生日プレゼントに差異があった。田島はスイッチの新作ゲームソフトを買ってもらい、矢崎はPS5の別のゲームだ。

 翌日の金曜日に例の交差点で、二人は互いに誕生日を軽く祝う。誕生日プレゼントの件で多少盛り上がれた。大人ゲーマーみたく、ゲームハードでの対立は起きなかった。

 プレゼントの話は空気を和ませ、初めて会話した頃のような具合になる。平行世界やこの異変に対する好奇心が、再び強まってしまったわけだ。

 そんな好奇心には、我々だけでなく彼ら自身にもリスクがある。原爆投下に関し、田島と矢崎には明らかな相違点があるのだ。田島側の日本国は被爆国で、矢崎側の大日本帝国は加爆国という点だ。当然社会(多数派)の見識も異なり、田島側の日本人は投下の正当性を否定し、矢崎側の日本人は肯定する。単純な善悪だけじゃなく、アイデンティティーやメンツ(これは中国人に限らない)もある。

 そこで彼らは自省し、小さな一歩でも着実に歩み寄ろうと考えたらしい。歴史や価値観などの違いを、割り切って理解しようというわけだ。認めるまではいかないものの、それも多様性の尊重である。

 自分自身を取り巻く環境や歴史は自己責任じゃない。知らずに用意され、動いてしまう事は多い。互いにそう割り切り、平行世界には必然の差異を深く考えないようにしたのだ。二人でムキになり言い合ったぐらいで、社会が良い方向へ進むわけじゃない。ツイッター(現X)での引用RTバトルと実質変わらないのだ。

 さらに、時間のムダだとも考えた。田島や矢崎たちZ世代(私はゆとり世代)はタイパを重視し、物事の価値や質を考慮しない。余裕のある子供時代(完全週休二日制)を過ごせたゆとり世代からすれば、理解しづらい傾向だ……。


「徴兵制があるって聞いたけど、軍隊に行くのは怖くない?」

田島は矢崎に、慎重かつ丁寧に尋ねた。田島側の某隣国にも徴兵制はあるが、田島自身は抵抗感があった。

「いや、別に怖くないぞ。……父から当時の事を聴いたときは正直怖かったけどな。しかし今は受けて立つっていう気持ちだ」

「カッコいいね。良い意味でそう思うよ」

田島はそう返しながらも、矢崎の事をつい不安に思う。性格は違うものの、体型などの外見は自身と変わらない。軍隊の訓練に耐えられるかを不安視したのだ。半分他人事じゃない。

「志願すればいいじゃないか。確か、自衛軍だっけ?」

「ううん、自衛軍じゃなくて自衛隊だよ。……どこにも就職できなかったら行こうかな」

田島はそう言っておくことにした。忌避感はあるが、ここで「怖い」などと言えば、矢崎の機嫌を損ねそうだから。

「そうか。まあ、お前も私学を受けるぐらいだから、軍隊以外でも御国の役に立てるだろうな」

矢崎はそう言うなり、あさっての方向を見つめる。田島の目には何も映らないが、矢崎側で何か起きたんだと推測した。

「そろそろ帰るね。今度も金曜日にまた」

「……あっ、ああ。金曜の同じ時間で」

矢崎は視線を田島へ戻すと、横断歩道を渡る彼の背中を見つめていた。そして彼が姿を消した後、矢崎はその場にて、ある事で悔やみ始める。

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