「これ」 望美
望美の部下である三宅は、矢崎宅の近くで待機中だ。灰色のプロボックスで待つ彼は、運転席でタバコを吹かしている。望美に車中待機を命じられてから既に一時間経ち、時を持て余している。待機とはいえスマホをいじるわけにはいかない。望美たちが占拠する矢崎宅を外から見張ることが、彼の役目だ。ご近所さんが矢崎宅の異変に気づき、パトカーが探りに来るかもしれない。
「アレをぶっ放せなそうにないな」
溜め息をつく三宅。「アレ」とはガンケースに収められたショットガンだ。もしもの場合(警官による職質など)、彼は喜んで乱射するだろう。
彼はハンドルにあごを乗せ、一戸建てが両側に並ぶ生活道路の前方を見つめる。二人組の中年女性が、三軒先のインターホンへ何か喋りこんでいた。丸腰で危険性は無いものの、怪しい雰囲気を醸す。……それも当然、彼女たちはカルト宗教の勧誘だ。不気味な笑みを浮かべ、綺麗事で現実感の無い言葉を一方的に喋っている。そのお宅の老婦人は不幸なことに、世迷言を聞いてやるしかない。
「さっさと切ればええのに」
三宅はそう言いながら、もしあの二人組が自分へ勧誘に来たら、どう吐き捨ててやろうかと考え始める。それも関西弁で。
彼なら結局、腰のホルスターからピストル(S&WのM38)を抜き、罵倒と同時に二人とも殉教させる展開になるだろうが、それはいただけない。銃声により警察が急行する。運が良ければ、彼らは防弾チョッキを着つつも、銃は携帯していない(我が地元愛知県で、そんなミスが実際に起きてしまった)。
三宅一人でひとまず撃退できたとしても、そんな現場へ矢崎賢一がノコノコと帰宅するわけない。彼は警官に保護され、安全な所でNHKのニュースを観続ける。そして、矢崎宅に立てこもる望美たちは全国放送に晒されつつ、警官を「かんばん方式」で死体に変えていく。例の「救助隊」が到着すれば、なおさら増える一方へ。
ただその間に、矢崎本人を逃がす展開もありうる。そうなれば、期限までにマイクロマシンを返送できないかもだ。
「ハイ、お疲れ様でーす」
余計な事を思いつくより先に、三宅は車外から声をかけられた。爺さんへの偽セールスを終えた対馬だ。たいしたセクハラは受けずに済んだらしい。
対馬は声かけと同時に、窓をコンコンと叩いたため、思案に耽る三宅を驚かせてしまった。ただ彼はプライドが高く、すぐさま平静を装う。パワーウィンドウを開け、対馬へ顔を向ける。
「ジジイにやらしい事されたか?」
年下の女性である対馬に、馴れ馴れしく言う三宅。彼女を心配しているつもりだが、口元に笑みが微かに浮かんでいる。彼女はそれを見逃さなかった。
「いえ、されてないですよー」
そう受け流した彼女は、矢崎宅の門扉へ向かう。すると、三宅が彼女に「おい」と声をかけた。彼女は立ち止まり、彼のほうへ振り返る。
「ココで時間潰しなや。暇過ぎて困ってたんや」
コテコテの関西弁で彼はそう言った。
対馬は内心ウンザリしながら、「すいませんが、中で手伝ってほしいと言われてるので」と返した。これは嘘だったが、望美なら話を合わせてくれるだろう。なにしろ、望美は女性として三宅が嫌いだから……。女性差別まではいかないが三宅は女性に対して、基本高圧的な態度を取る。もし望美が自らと同等または下位の存在なら、バカにした調子で接するに違いない(まあ彼女なら、暴力でそれを解決するはず)。
「ああクソッ、貧乏クジ引いたわ」
三宅はそう言うと、道路へ唾を吐いた。対馬は彼の悪態をこれ以上耳にしたくないとばかり、矢崎宅の門扉をさっさと通る。
矢崎宅の居間には望美たちが君臨し、矢崎賢一の帰宅を待ち構えている。占領者として堂々とした態度だが、対馬が家のドアをノックした時には、脊髄反射的に反応した。
「帰ってくる気配は無い?」
「残念ながら無かったですよ。大人は見かけましたが、子供は一人もいませんでした」
対馬は望美にそう答えると、人質二人を眺めた。
拘束された母親と次男賢二は、台所から対馬を見つめ返すなり、溜め息を漏らした……。ノック音で抱いた希望は砕け散ったのだ。
彼らには不運だが、父親は翌日月曜日の出張先へ向け、昼過ぎに発っていた。母親のスマホには、彼がビジネスホテルにチェックインした旨のラインが届いていたものの、メッセージに既読が付かない点を彼は微塵も気にしていない。身軽になったご様子で、グルメや酒を堪能しているんだろう……。
望美はリビングの壁にかかる時計を見た後、テレビを点ける。国営放送(我々の世界でいうNHK)がニュースを流している。日本各地(植民地を除く)の猛暑のトップニュースが終わるところだ。和服姿の女性アナウンサーが、明日も暑さに注意するよう呼びかけている。
「このウチは門限ないの? 七時過ぎだよ?」
望美は呆れた口調で、矢崎の母親に声をかける。
「あります。九時半です」
母親である矢崎秀子は望美にそれだけ言うと、再び目をつむる。母親と賢二は、台所の食器棚に背中を付けた形で拘束されている。賢二は喚くため口をダクトテープで覆われているが、母親は大人しいため口だけ剥がされた。それでも両腕を固定するダクトテープは痛々しい。
「はあ……。長い夜になりそう」
時計を一瞥した後、望美は言った。それから、バタフライナイフを手元で弄び始める。彼女たちの任務は矢崎賢一の殺害ではなく、彼の頭部からマイクロマシンを除去するだけ。しかし、任務の詳細を彼の家族に伝えるわけにいかない上、平行世界云々の説明を信じさせるのは困難だ。矢崎賢一の帰宅まで暇とはいえ、説明する気が起きなかったらしい。
「子供には手を出さないで」
使い古された言葉を発する母親。ありきたりなセリフだが、恥じて言わないよりはマシ。
「……ああ大丈夫。悪いようにしないから安心して」
望美はそう返した。これも使い古された言葉で、彼女はあえてそう言い返したに違いない。勝手口から侵入し、二人を無理やり拘束した側の人間が言えるセリフでは既にないが……。
そんな時、インターホン(よく見るとアイホンじゃない)のチャイムが鳴る。一同は反射的に、インターホンの液晶画面を見つめた。そこには二人の中年女性が映っている。夜七時過ぎにも関わらず、件の宗教勧誘が来たのだ……。そこの神は夜行性なんだろうか?
「追い返しますよ」
鍋島はそう言い、インターホンへ向かう。母親と賢二は顔を見合わせていた。あの二人組が役に立つか立たないかを無言でやり取りしてる。
「あっうん、頼んだ」
望美はテレビの音量を下げる。テレビの国営放送ではスポーツコーナーが流れていた。我々の世界でいう中日ドラゴンズがサヨナラ負けする(しかもホームラン)、不快かつ飽きたシーンだ。
鍋島は無難なセリフを考えながら、インターホンの応答ボタンを押す。門扉に立つ二人組が、何らかの個人情報(家族構成やら)を持っている危険性があり、あまりにも適当な応対だと余計な時間を喰う。
「ハイ、何でしょうか?」
年齢的(鍋島は二十九歳)にバレる恐れもある中、彼はインターホンへ話す。
「どうもこんばんは、私は倉本と申します。突然申し訳ありませんが、お宅のお子様は幸せに過ごされていますか?」
片方の中年女性が言った。屈託のない口調ながら、ためらいもなくそんな質問だ……。
「すいませんが、どちらの方です?」
つまらない質問に答えず、鍋島は問い返した(オレならその時点で「興味ないです」と言い黙らせる)。
「私たちは『仏の餓鬼ども』と申しまして、子供の幸せを一番に追求する団代です。夜分に失礼ですが、大事なお話があって参りました。こちらをぜひお渡しさせてください」
女はそう名乗りながら、安っぽい合皮製カバンからリーフレットを取り出す。リーフレットはマットポスト紙(文庫本の表紙にも使われる用紙)に印刷され、「仏の餓鬼ども」という宗教団体名が箔押しで記されている。印刷屋には神様だろうが、やはりカルト宗教だ。内容は読むまでもない。
「じゃあ、ポストに入れといてください。……後で読みますから」
鍋島はそう言うと、ババアは諦めた様子を見せる。塩対応には慣れたご様子。
「ぜひお読みくださいね? それではこれで失礼します」
「あっ、ハイ」
鍋島は内心ほっとした。ババアが食い下がらなくて良かったと、自分の神様(神道か仏教)に感謝する。
「助けてください! 助けてください!」
しかし、感謝は早かった。矢崎の母親が叫び始めたのだ……。
一番近くにいた井上が動き、母親の口を両腕で塞いだが、助けを求める声は届いてしまう。インターホンの向こうで、ババア二人組は困惑しながらも、ここは一一〇番通報だと話している。
「チッ、チッ」
望美は二連舌打ちした後、スマホをいじり始める。相手は彼女が好まない例の男だが、最悪の展開は避けねば……。




