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「それ」 田島

 交差点のこの辺りなら会えるのだと理解した後、田島は矢崎にライン交換しようと持ちかける。自分とほぼ変わらない相手とのライン交換は奇妙に思ったものの、あくまでも習慣としてだ。

 しかし当然のことながら、ライン交換はできずに終わる。お互いにQRコードを読みこめない。ラインIDでも登録できず、試しに電話をかけても、繋がらないか他人が電話に出た。

「うーん、おかしいね」

「異世界だから無理なんだろうな」

矢崎の言う通りだ。異世界同士で誰でも気軽に連絡が取り合えるなら、高い金で非常交信システムを導入した意味がないじゃないか。ラインやツイッターだけじゃなく、テレグラムやシグナルでもその域までは不可能だ。

「ココでまた話そう」

「ああ、この場所や先日の喫茶店でなら、おそらくまた話せるだろう。時間を合わせればいい」

「そうだね。だけどボクは連休はずっと塾でさ。日中はダメなんだよ」

田島はそう話しながら、塾通いの場合の門限が夜九時半である点を思い出す。塾を出るのは夜八時半過ぎのため、親に怪しまれずにこの場所で話せる時間は三十分程度だろう。

「なんだ、お前も塾か。俺も連休中は塾だよ」

矢崎がそう言うと、田島は自分自身と似ているだけあると一人納得した。そして、遺伝子的に両親も同一に違いないと。

「じゃあ、夜九時ちょうどはいける? 塾が終わるのは八時半で、門限は九時半なんだ。あんまり喋れないけど」

田島がそう言うなり、矢崎は「門限まで同じだな」と頷く。

「夜九時で構わない。では、明日また」

彼は田島にそう言うと、横断歩道を歩いていく。今度は矢崎が姿をスッと消した。

 田島は交差点の車両用信号機を見上げ、その横の交差点名を黙読する。青文字の看板には「転石苔町西」と記されている。

「ココで話せるのには理由があるかも」

彼はそう呟いた後、横断歩道へ足を踏み出す。

 ……ところが、その左足をすぐさま引っこめる羽目となる。

「うわっとと」

横断歩道の信号は赤に変わっており、右側から走ってきた軽自動車に轢かれかけた。軽く貧乏くさいクラクションが鳴る。ドライバーの初老男性は田島を睨みつけ、舌打ちした。

「す、すいません!」

田島が深々と一礼すると、車は通り過ぎていく。



 自宅に帰ると、田島は濡れたエコバッグを自室の床へ置く。それからベッドに寝転がり、スマホでネット検索を始めた。残り僅かな自由時間をゲームには回さなかった。ああ、なんと愚かな。

 彼が熱心に調べる事は、地元で今までに起きた出来事だ。まず始めに、八王子市のウィキペディアを隈なく調べる。大昔から遡って調べるわけにもいかず、彼は八王子市が誕生した大正時代から遡る。……残念ながら、近所の細かな出来事までは載っていない。

 検索ページに戻り、今度は「八王子市 事件」と検索をかけた。彼は市内で起きた殺人事件を二件見つけるが、いずれの場所も地理的に離れている。

 そこで次に、「八王子市 交通事故」で検索する。役所やニュース記事がズラッと表示された。彼は面倒臭く思いながらも、一つ一つ確認していく。パソコンでやったほうが早いと思ってしまうが、田島や矢崎の世代(いわゆるZ世代)はスマホやタブレット端末のほうが馴染めている。

「おっ、コレかな」

彼がそう呟いたのは、新聞社のニュース記事ではなく、有志によるウィキサイトだ。事故現場の画像は無いが、交通事故の起きた交差点名が一致している。

「事故が起きたのは、えっと、二〇〇一年の六月六日か」

田島は暗算し、両親は当時大学生だったと悟る。ただ二人とも、当時は八王子市内でなく、都内の別の場所にあるそれぞれの実家に住んでいた。

「名前は事故った人だけか」

信号待ちの車に追突し逮捕された、トラック運転手の氏名だけが載っており、六人いる被害者のそれは無い。

 その悲惨な交通事故は、「それ」と「これ」の両方で起きていた。同日同時刻という点だけでなく、死者二人という点も同じだ。翌日の新聞の社会面に載ったほど、酷い追突事故だった。居眠り運転の中型トラックが、信号待ちしていた二台に勢いよく追突したのだ。先に追突された車は、どちらの世界でも即座に廃車と化す。車体のフレームは、工作の針金のように折れ曲がった。中にいた人間ごと……。

 異なる点は、「それ」では大学生四人組の軽自動車という事に対し、「これ」では老夫婦のセダンという事だ。車種も原因となり、「それ」では若者が二人死に、「これ」では老人が二人死んだ。

 車社会で交通事故の多い愛知県でさえ、なかなかお目にかかれない事故だった。ただ、さらにその翌日に起きた凄惨な事件により、人々の記憶から早くも薄れた。それでも田島と矢崎に取っては、その出来事が生命の分岐点となる。

 共通の母親である武蔵むさし(旧姓)秀子しゅうこと同乗していた男子大学生が、「それ」では死に、「これ」では生き残れたのだ。その男子大学生は、交通事故さえ起きなければ、二人の共通の父親となっていた。しかし現実は厳しく、「それ」でその男は潰れた車内でグリルに……。

 ちなみに田島の父親は、鵜貴うきという名の理系の男子大学生だ。水道局勤めのエンジニアで、矢崎の父親と同じく仕事人間とのこと。


 田島が事故の詳細を読み終え、頭を捻っていると、スマホがメロディを奏で始めた。ライン通話の呼び出し音だ。

「ああっ」

画面には「柏崎萌恵」と表示されている。

 彼の彼女である柏崎かしわざき萌恵もえは、同じマンションに住んでいるクラスメイトで、登下校も共にしている。二人は公然に交際できていたが、中学受験次第では別々の中学校になってしまう。そんな事情もあり、彼と彼女は同じ私立中学に通えるよう、努力する必要があった。ちなみに学力的には、田島のほうが少し上だ。

「早めに終わったのかな?」

彼女は田島とは別の塾に通っている。

 彼と彼女はライン通話を毎日欠かさない。教室や下校中では話し足らない量のネタを、彼女は豊富に抱えている。なのでこうして、放課後に通話するのだが、勉強に支障をきたしている。正直なところ、田島は彼女に少しでも勉強してほしい。

 それでも無視できず、田島は緑色の応答ボタンに触れる。

「もーしもし!」

画面がビデオ通話に切り替えるなり、柏崎が高い声を発した。

 彼女は帰宅後、わざわざ髪型を整え直していた。ハイポニーテールを束ねるリボンは深紅の派手な柄だ。ジェニィラブのポップなデザインの半袖Tシャツを着ている。ちなみに肝心の顔は、キラピチ(女子小学生向けの雑誌)の読者モデルに一度選ばれたレベルだ。彼女本人はその件を何度も自慢している。客観的に見れば、「中の上」といったところ。

「萌恵、勉強は終わったの?」

田島がそう返すなり、柏崎は顔をしかめる。いくら恋人とはいえ、親気取りは不味い。親は二人以下で十分だ。

「終わった。それより、健一も一日ついたち二日ふつかは休むでしょ。どっちか使って、青海レッドオーシャンに行かない?」

呑気にも彼女は、遊園地で一日過ごすおつもりだ。

「……ダメだよ。萌恵も朝から勉強しなきゃいけないでしょ?」

「もう! 今年に入ってからいつもそう! ワタシより勉強が大事なんだね!」

さっそく怒り始める柏崎。DVを起こすとすれば、彼女のほうが先だろう。男女平等に近づくわけだ。

「落ち着いて、まあ落ち着いて」

溜め息を抑えながら、田島は柏崎を宥める。もはや慣れ切った様子だ。

「受験さえ終われば、どこへでも行ける。それまでは我慢しよう。ねっ?」

「うう、それじゃ外国でもいい? その頃には、どこでもマスク着けずに済むだろうし」

「ああいいよ」

彼はそう言うしかなかった。彼女の行きたい国が、G7諸国とは限らないにも関わらず。

 彼はそれから一時間半、彼女の話に付き合った。そのため、件の交通事故について考える時間が失われた……。直後に母親が帰宅し、夕食や風呂、塾の宿題を片付けると、もう寝る時間だ。

 夜更かし防止として、スマホは過保護な母親に取り上げられる。異世界と交通事故の関係を悶々と考えながら、彼は眠りについた。しかし、その眠りは浅く、翌日の塾で睡魔に襲われることに。

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