魔族の目
「イヒヒヒ!楽しいねぇ!」
「全然......」
<絶夢:栗花落>
ロイは、身を翻して飛翔し、触手の激しい反撃をいなしながら、両刃剣を振るった。
ガキン!
触手に攻撃が命中した瞬間、堅い装甲が一層堅くなり、金属音が鳴る。
「イヒヒヒ!」
楽しそうな目で魔族は触手を振り回し続ける。
ロイにはかする程度でお互いに決定打がない。
空振る音と金属音が何度も木霊した後、魔族の背後からユキが現れた。
「やあぁぁぁぁ!!」
「ぐぎゅっ......!!」
ロイに集中し過ぎていた魔族の背中はがら空きになっていた。
そこへ渾身の拳を叩き込まれ魔族の体は大きく揺らいだ。
<絶夢:五月雨>
その瞬間ロイは懐に潜り込み魔族の四肢を斬り裂いた。
「イギ......!」
衝撃で胴体はがら空きになり、そのチャンスを見逃さず、ユキは正面に回り込んでいた。
腰を落として右手に力を集め、隙だらけの魔族の頭を狙う。
しかし、本体は動けずとも触手は暴れ、ユキの元へと集まった。
<幽玄:二連氷命の矢、三連雷雨の矢>
迫り来る触手をユウキの矢が弾き飛ばし、刺さった部分が凍り付き、やや遅れて着弾した矢が雷を放って氷を割った。
堅い装甲を斬り落とすことは困難だったが、一度凍ることでいとも容易く無力化した。
無惨に散った触手が降りそそぐ中、ユキの拳が加速し始める。
「はああぁぁ!!」
<闘魂:鬼火蓮花>
魔族の顔面に一撃が入り、そこから次々と連撃が加わった。
八撃、やはりそこまでしかユウキには数えることが出来なかった。
身を守ろうとした触手ごと弾かれ、魔族は為す術もなく殴られ続けている。
顔面はひしゃげ、バキバキと装甲が剥がれ、骨が軋む音さえ聞こえてきた。
「グうぃぃ!!!!!」
「たぁぁぁっ!!」
溜めた最後の攻撃が魔族の胴体を捉える。
拳の威力をもろに受けた箇所が、ぐにゃりと歪んだ。
振り抜いたスピードのまま魔族は地面を転がり、見るも無惨なほど、腕や足が折れ曲がっていた。
ガチャ
矢を装填していたユウキは、一連の行動を見て、緊張が解けている自分に気が付いた。
他の二人も同様に、最初に感じていたプレッシャーが、嘘のようになくなっていた。
初めて見た異形にただビビっていただけなのか、三人の間には希望が湧き出ていた。
ロイの攻撃も、ユキの攻撃も効いている。
それに自分の矢だって通用している。
「イヒ!」
そう安堵したのもつかの間、魔族は折れた腕を地につけて立ち上がり、ねじ曲がった足で歩き始めた。
首も反転し後ろを向いている。
ギギ......メキ......グチ......。
歩く度に関節は曲がり、少しずつ元の状態へと戻っている。
首も徐々にこちら側へと回っていく。
「イイね......楽しいねぇ。イヒヒヒ!」
あっという間に体を再生させ、魔族は余裕そうに笑ってみせた。
触手も元通りになりウネウネと遊んでいる。
「化け物が......」
「嘘でしょ......」
ロイとユキが絶望しかけている中、ユウキだけが、あることに気が付いていた。
”二秒”
センサーに表示された秒数は、人間では気づかないような繊細な違いを探知していた。
最初の再生では六秒。しかし、今は八秒かかって体を再生させていた。
機械では分かるが肉眼では分からない変化に気が付いていたのはユウキだけであった。
「ロイ、ユキ。そのまま攻撃して。さっきよりも回復が遅くなってる!」
<幽玄:三連焔の矢>
再生した直後で動きが鈍い、一本の矢は弾かれたが、その後ろに隠れていた二本の矢はしっかり命中し、魔族の足、胸が瞬時に炎に包まれた。
「ギュイアア!!」
(やっぱり......動きが遅いから攻撃が当たってる!)
「ギィィィィィ!」
嫌な金切り声と共に触手をバタバタと動かし、体の内側から焼き焦がす火を消した瞬間。
「はあぁぁ!」
<闘魂:鬼薊>
魔族から距離を取っているユウキでさえ耳を塞ぐほどうるさいのに、ユキはそんなことはものともせず、懐まで接近し、強烈な肘打ちを当てた。
「ギュ......」
「ロイ!!」
「あぁ!」
<絶夢:菜種梅雨>
動きを止めた魔族にユキとロイが畳みかける。
ユキの拳が装甲をたたき割り魔族の体勢を崩す、すかさずロイは跳躍し、空中からの遠心力を駆使して、豪快な回転を刃に乗せた。
血しぶきが付く間もないほど高速で回り、また空中へ飛ぶ。
魔族は両手と触手を切り落とされ再び膝から崩れ落ちた。
「ギ......ィ......」
ユウキは後方からチャンスを窺っていた。
センサーに矢の着弾点が映り、正確に魔族の頭を捉えていた。
そして装填されている矢は、今持っているもので最高火力のものだ。
「二人とも避けて!」
<幽玄:心血の矢>
リン!
甲高い音が鳴り、世界は止まった。
赤黒く光る矢は、風をかき分け目標へ進む。
本来、矢は重力や風を考慮して放つのだがこの矢は違う。
テラの血と魔力が込められた特製品は、風などに関係なく、狙った位置に一直線で飛んでいく。
「......!」
あまりにも一瞬の速度で魔族の頭を通過した矢は、遥か後方までも貫き、やがて消えた。
「ギ......」
顔の左半分を失い、右目が忙しなく動いている。
魔族は初めて余裕のない表情を見せた。
わなわなと口を震わせ傷跡をなぞっている。
「凄い......」
「......」
ユキとロイは呆然と立ち尽くし、ユウキも固まっていた。
「なに......したの......ねぇネぇ......ネェ!」
腕と触手は再生されているが、頭は全く再生されていない。
魔族は血だらけのままよろよろと立ち上がった。
赤い目がユウキを睨んで離さない。
「モウいい......殺す......コロす......!」
再生出来ていない傷跡から棘だらけの触手が何本も生え、更に手や足も変形していく。
「が......グ......イヒヒヒャハハハ!」
メキメキと骨を崩し、だんだんと体は触手で覆われ、残ったのは赤い目と裂けた口だけであった。
「アア......イヒヒヒ......ウゥゥ!」
ズチャ......ズチャ......
名称しがたい体が何倍にも膨れ上がり、小さな触手と装甲が本体を覆っている。
重苦しい体が動く度に不快な音を奏で、三人には忘れかけていた恐怖心が芽生えた。
(どうすれば......)
”魔力探知”
突破口を探そうと視点を動かしている内に、後方から接近してくる魔力を探知した。
「お前ら、よく耐えた」
白色の光に包まれたテラが後方から現れ、三人と魔族の間に着地した。
いつもは怖くて怯えてしまうのに今は底なしの安心感を与えてくれる。
テラはたなびく白衣のポケットに両手を突っ込み魔族を見上げた。
「なんだこいつ......実験する気も起きないな」
普通の人間なら恐怖で動けなくなる存在に全く臆していない。
不快な表情を浮かべ、細い目がより一層鋭くなっていく。
「ユキ、ロイ下がってろ。ユウキはルーミが来るまでそのまま待機」
魔族から目を離さずテラはテキパキと指示を出した。
こちらを見てもいないのに怪我のことがバレている。
「こいつは私がやる」
冷酷な声でそう言い放った。