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完璧で超人で最強の元カノ  作者: Leica/ライカ
第一章 エルの森編
8/71

脅威

2025年8月11日改稿

「けっこう近いのに気配がないのが怖いね」

「私もそう思う」


 ユウキの言葉にユキは頷いた。

 三人は立ち上がり、目標の方角を見る。

 ユウキのセンサーは魔力も探知できるが引っ掛かっていない。


「行ってみれば分かるだろ」

「そうだね」

「え~テラさん、目標地点まで向かいますね」


 ユキは機器を操作しテラへ通信を送る。


「テラさん......?」


 しかし、返答がない。

 何度も呼ぶが一向に応答がない。

 それどころか画面もビリビリとノイズが走っている。


「壊れたのか......?」


 ユウキとロイも機器を操作するが同じような状態で通信出来ない。


「うーん......」

「とりあえず進むか......?時間が経てば反応するかもしれないし、森の出口は分かる。いざとなれば逃げれば良い」

「そうしようか?」


 通信を切り、三人は歩み始めた。


「向こうはテラさんもいるし安全かな?」

「うん、間違いないね」

「あぁ、間違いない」


 すっかり仲良くなったユウキとロイは、同時に答えた。

 テラさん相手ならむしろ相手の方が危ない。

 手を出そうものなら実験の材料にされてしまうだろう。

 しかも、あれで総司令の十番目(帝国領の中で十番目の実力者)なのが余計恐ろしい。

 研究一筋なため、目指して総司令になった訳ではないと言っていたが、それでも帝国軍に認められる実力なのは変わらないし、それ以上の実力者がいることにも驚きだ。

 

(威圧感は一軍って言われても差し支えないのになぁ......)


 堂々と歩く姿勢とはきはきと物事を言うテラを思い出し、ユウキはそんなことを思った。


(ルナはどのくらい強いのかな......?)


 新兵が必ず受ける訓練テストでは数十年破られていなかった記録を更新したそうだ。

 それから少しだけ勉強を挟みすぐに前線へと送られている。

 ユウキのように帝国軍領周辺を調査するよりも遠く、常に危険な遠征を任されているのは流石としか言えない。

 三人の足音が森の暗がりを進んでいく。

 ユウキはセンサーに注意を向けるが、小枝を踏む音、鳥の鳴き声、水の音、視覚化された情報の中に怪しいものはない。



「ん......?」


 最前列にいたロイが立ち止まり、ユキ、ユウキの順に異変に気づく。

 目的地に近づくにつれて木が倒れ、動物の死骸が散乱している。

 血が幹に付着し死臭が酷い。

 ロイは自然と武器を抜き、辺りを警戒した。

 後方に続く二人にも緊張が走る。


「人......?」


 遠方、木が根こそぎなくなった広場に人影が見えた。

 それも小さな女の子だ。

 ロイは武器を収め、少女に駆け寄った。

 暗い木を抜け、三人は少女へと近づく。


「大丈夫か?」

「ウゥ......ウゥ......」


 少女は顔を伏せ静かに泣いていた。

 辺りはさっきよりも死臭が酷い。

 ロイとユキはしゃがみ込み少女の目線で慰めた。

 顔は手で覆われていて見えない。

 背中をさすり、落ち着くのを待つ。


”魔力探知”


「......?!」


 一瞬だけ機器が反応し、ユウキは立ち上がった。

 僅かすぎて見逃すほど小さな魔力、それ故発生源がどこなのか分からなかった。


「どうしたユウキ?」

「いや......」


 ぐるぐると周りを見渡し始めるユウキに二人は不思議そうな顔をしていた。


(どこにも反応がない......気のせいだったのかな?)


 二人が少女から目を離してしばらく。

 少女の嗚咽は止まり、そっと顔を上げた。


「ギィ......」


“魔力探知”


「なっ......?!」


 唸り声と共に魔力が溢れ、三人は一気に距離をとった。

 少女には赤く光る目が四つもあり、顔は溶けかけ口が大きく裂けていた。


 チカチカ


 先ほどまでは微かにしか感じなかった魔力が、次々と溢れ出てくる。

 ドロドロとした魔力が空間を支配し、異形な形を作り上げていった。


「イヒ......イヒヒ!!!」


 裂けた口がグイッと上に上がり、笑みを浮かべた。

 それと同時にヌチャヌチャ嫌な音を立てて触手が二本生える。

 先端は鋭く尖り、堅そうな外皮に覆われ、血の色と混ざり赤黒く変色していた。


「......?!」

「なにこいつ!」


 瞬時に抜刀、拳を構え、ボウガンの狙いが定まる。

 意識せずとも本能が戦闘態勢をとった。


「ギイイヒャアアア!!」


 触手が暴れ、大きな音を立てて空気を斬り裂いた。

 至近距離から放たれる攻撃になんとか反応し、ロイとユキは直撃を免れる。


「イヒヒ......あなた達、帝国軍ね......」


 歯をむき出して笑う彼女の不気味さは、人の身を超えていた。 


「まさか......魔族か?」


 他の二人もロイと同じことを思っていた。

 人間の言語を話す魔物は確かに存在する。

 だがそれは強さの代わりに知能を手に入れたに過ぎず、大抵は下級クラスに収まっている。

 ゴブリンなどが良い例で、彼らは魔物だが子供と同程度の知能を有している。

 その代わり個体としては弱く、危険度は動物と変わらない。

 しかし、目の前の異形は明らかに強さが違う。

 魔物のような力を得て、意識が残っている者、それは魔族以外にあり得なかった。

 「魔族」とは魔物のように理性を失って醜く変異せず、人間の姿でありながら高い戦闘力、再生力、魔力が備わった者だと教わった。


 そのクラスは上級を遙かに超えており、何百年も昔から存在が確認されている。

 そして、帝国軍の教えの一つとして、魔族と対時した場合、速やかに逃げなければいけない。


「イヒヒ......そう......あたしは魔族。低脳な魔物とは違う......イヒヒ」


 魔族との戦闘は総司令が同行している状態で五分五分、それでも敗北する恐れがあり、過去の記録では”第一軍”と”第二軍”を同時に打ち破った個体も存在している。


「くっ......」


 三人は言葉を交わさずとも、逃げようとしていた。

 しかし、逃げられない。逃げたくても、不気味に光る赤い目を見ると、足が震えて止まらなかった。


 構えた武器と拳はただそこにあるだけで、構えだけを何とか保っている。


「イヒヒ......!」


「はぁ......はぁ......」


(動け......指だけ......今だけ......動け!)


<幽玄:閃光の矢>


 それを打破したのは、ユウキ。

 放たれた矢が魔族の眼前で破裂し激しい閃光が生まれた。

 それを合図に、呪縛から逃れたロイとユキはユウキの矢の邪魔にならないよう、横に回避した。


<幽玄:四連雷雨の矢>


 ユウキの矢が更に追い打ちをかける。

 バチバチと激しい音を奏でながら空気を切り裂き腕に二本、顔に一本、胴体に一本の矢が直撃する。

 魔族は仰け反ることもなくそのまま立ち、その直後、矢は四散し激しい雷鳴が轟いた。


 バリバリ!!


 内側から破裂するように雷撃が生まれ、魔族の頭を半分だけ吹き飛ばした。

 普通の魔物なら致命傷となるダメージを受け、魔族はその場に膝から崩れ落ちた。


「......」


 倒れた魔族はピクリとも動かない、うねうねと蠢いていた触手もぐったりとしている。


(やった......?)


 そう思った矢先、魔族はボコボコと音を鳴らし体の一部を再生し始めた。

 ぐじゅぐじゅと肉が出来上がる音が生々しい。


 次第に赤い目が現れこちらを覗いた。

 ものの数秒で完治し触手がウネウネと動き出す。


「そんな......?!」


「伏せろ!」


 ほとんどノーモーションで触手は辺りを薙ぎ払った。

 危険を感知しユキとロイは身を屈める。

 だが、気がつけばユウキは宙を舞っていた。

 左から強烈な衝撃を受け、骨の折れる音が脳に響いた。


「ぐっ......あぁぁ......!!」


 視線が地面と空を交互に映し、自身が回転しながら吹き飛ばされていることを理解した。

 そのまま木に叩き付けられ、ユウキは力なく地面に横たわった。


「ユウキ! 大丈夫?!」


「イヒ!!」


 駆け寄ろうとしたユキに、魔族はチャンスとばかりに触手を伸ばした。


<絶夢:栗花落(ついり)


「ギュッ......!」


 隙を突かれたユキは反応出来なかったが、咄嗟にロイが突進し魔族ごと触手の攻撃を外した。


「なああに。ジャマしないでぇぇ!!」

「ユキ、俺が時間を稼ぐからユウキと一緒に撤退しろ」

「で......でも......」

「早くしろ!」


 静かながら覇気のある声だった。

 その言葉に突き動かされるように、すぐにユウキに近づき状態を確認した。


「う......うぅ......」


 意識は辛うじてある。

 しかし左半身から血がにじみ出ている。


(内臓をやられてる......?! このままじゃ......)


「ユウキ?!」


 ぐったりと倒れ、か細い声を出すのがやっとのようだ。

 みるみると顔が白くなり目も虚ろだ。


「.....ひだ......矢......」


 矢。その単語が聞こえた瞬間ユウキの声に集中した。


「ひだり......矢......」


 左、矢。そこでユウキの足にポーチが付いていることに気がついた。

 太ももの辺りに左右対称で装備されている。


(多分これって......)


 ユキは左側に付けられたポーチの中を漁り、あるものを引っ張り出した。

 魔法の収納ポーチからは無数の矢が出てくる。


「みど.....りの」


 山積みになったものの中から緑と青が混ざった綺麗な矢を見つける。


「ユウキ、これをどうすれば良いの」


 目の前に矢をちらつかせても見えてるのか見えていないのか、ユウキの焦点は定まっていない。

 肺がやられたのかもう声も出ていない。口をパクパクと動かし、何かを伝えようとはしている。


”刺して”


 そう言っているような気がした。

 口の動き、目線の動き、自分でもよく分からない直感に、考えるよりも先に行動していた。

 ユウキを寝かせ左手に狙いを定める。


「ぐ......うぅ......!」


<幽玄:治癒の矢>


 勢い良く刺したその瞬間ユウキの体が光り、淡い緑色のオーラに包まれた。

 優しく暖かい光。

 左手から全身に渡ってユウキを癒やしていく。


「凄い......!傷が治ってる......」


 ユウキの出血が治まり、だんだんと生気が戻ってきた。

 十秒を少し超えた辺りで矢の効果は消え、ユウキは自力で起き上がれるまで回復していた。


「う......よかった治ったみたい。ありがとうユキ」

「ううん、無事で良かった」


 ユキは心から安堵した笑顔を見せた。

 しかし、それも長くは続かない。


「はぁっ!」


<絶夢:菜種梅雨(なたねづゆ)


 空中を飛翔し、ロイの刃が触手が吹き飛ばす。


「イヒヒ!君、強いね」

「......」


 会話の最中に触手は再生され、魔族の余裕は消えていない。

 それに比べてロイには疲れが見えている。

 重そうな武器を何度も振っているから当然だ。


「ユウキ、援護だけお願いして良い?」


 ユキは立ち上がり拳甲を鳴らす。

 気合いに満ちた目で魔族を凝視している。

 一方でユウキは傷が回復したとはいえ今すぐに逃げられる状態じゃない。


(置いていく訳にはいかない、だから、戦うしかない)


 逃げの姿勢を捨て、ユキの手に闘気が宿っていく。


「分かった、でも無理はしないで」


 その言葉を聞いてユキは力強く走りだした。

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