水の神殿 3
シルクの手には三叉の槍が握られ、アルルもそれと似たフォークを手にしている。
神秘的でまるで女神のようなシルクと無邪気で妖精のようなアルル、二人の神々しさを前にしてユキとユウキは見惚れ、対照的にエリザベートは恐怖していた。
先手を打たれてはまずい、エリザベートは直感的にそう思った。
水を思い切り蹴り、水中の不自由さをものともしない速度で攻撃を仕掛ける。
両手を振りかざして力を溜め、一気に振り下ろすと赤黒い斬撃が飛んだ。
対するシルクは三叉槍をゆっくりと向け、先端をくるりと回す。
突如、二人の間には竜巻のような渦が巻き起こり、斬撃とぶつかった大量の水が、激しい音を奏でた。
ギリギリと動きを鈍くしていた渦と斬撃は、お互いに譲ることはなく、数秒の衝突の後、ドブンと重い泡となって消えた。
「てりゃぁぁぁ!」
次の動作に移ろうとしたエリザベートよりも早く、アルルはフォークを片手に勇ましく突撃していた。
背後から、威嚇とは程遠い声を上げて迫りくるアルルに、エリザベートは振り向きざまに斬撃を飛ばした。
「ぴぃやあああ!?」
アルルは情けない悲鳴を上げつつ、斬撃の間を潜り抜けるという離れ業をやってのけ、速度を落とすことなくエリザベートへと接近した。
その芸当に驚いたのも束の間、エリザベートは背中に突き刺さった痛みに動きを止めた。
見れば複数の槍が刺さり、じんわりと血で汚れている。
予想だにしない攻撃を受け、エリザベートは大きく動揺した。
そして、その一瞬の隙をつき、アルルの攻撃が炸裂した。
「食らいなさいぃぃ!!」
<アルルフルバーストEX>※命名アルル
フォークを魔法の杖のように天に掲げると、アルルの背後に魔力弾が生成された。
数十を超える魔力弾は生成と同時に飛び回り、フルバーストの名に恥じない猛攻を続けた。
魔力弾の向かう先は気まぐれで、真っすぐ飛ぶものもあれば、突然直角に曲がったりと自由奔放だ。
予想できない動きに加えて、一つ一つの威力が高く、当たれば視界が揺れるほどの衝撃が全身に走る。
「ちっ......」
揺さぶられた視界に、魔力弾の発光、着弾時に発生する泡がうざったいほど埋め尽くされ、エリザベートは眉をひそめた。
反撃の機会を窺うがアルルの攻撃は止まらない。
そのうえ、発生した泡が集まり、それぞれ槍や剣の形を模して、エリザベートに突き刺さった。
(泡が武器に......! さっきの攻撃はこれのせい? いや、それよりも......!)
周りを弾幕で覆いつくされ、最早避けることは叶わない。
エリザベートは、体を縮ませ被弾を最小限に抑えるように試みた。
手や足が穴だらけになってもエリザベートは再生しない。
これだけ強力なダメージを逐一再生していては、すぐに戦闘不能になる。
冷静に考え、ただ耐え続けた。
「てやぁぁぁ!!」
アルルの魔力弾は振り絞るように飛び、エリザベートを更に追い詰め、形勢は一気に有利に動いた。
「......」
その光景を眺めていたシルクは、静かに槍を構え、狙いを定めていた。
機会を探り、そして、アルルの全弾発射が止まった瞬間、シルクは勢いよく槍を投げた。
周囲の水を纏い、槍の先端は更に鋭く、歪な形になりながら飛び、一秒にも満たない一瞬の内にエリザベートへと到達していた。
「......?!」
しかし、その槍が当たる瞬間、一同は恐ろしい光景を目にした。
「ぎ......ぎゃ!!ぐぎ!!!」
ぼろぼろになったエリザベートの体から、千切れかかった首がだらんと後ろに垂れ、シルクと目が合う。
エリザベートの目はぽっかりと穴が開いたかのように全て黒く塗りつぶされ、口が大きく裂けたまま開かれていた。
人間とは思えないうめき声を上げ、槍に真正面から食らいつき、ギギギと歯と槍が擦れるような思わず身震いする不快な音が鳴り響く。
次の瞬間、ギャリンとひと際大きな音を出して槍は消え、エリザベートは弾き飛ばされた。
くるくると水中を舞うエリザベートは脱力し、無駄に動くことはなく、ただ身を任せて流されている。
<血雨:単葉の鉤爪>
かと思いきや、漂っていた状態からなんの予備動作もなくアルルに向かって爪を振るった。
「いやぁぁぁぁ!!」
アルルは悲鳴を上げつつ、間一髪で身を屈め、斬撃が頭上を通過した。
逃げ帰るようにシルクの元まで泳ぎ、羽衣にくるまって震えた。
「なによあれ! 怖すぎるわよっ!!」
「ギ......ぎギぎゃ......」
首を痙攣させながら再生させ、鳴き声を漏らすエリザベートを指さし、アルルは叫んだ。
「ぎ......あ......あぁ」
エリザベートは落ち着いたかと思えば首をぐりんと回し、シルクの方に向き直った。
じっと見つめてくる目を見て、シルクもアルルも心臓を直接掴まれたような気がして、一瞬呼吸が止まった。
人間の目がここまでおぞましく、恐怖を与えるものになるとは想像もしていなかった。
黒く潰れた目は深淵を覗いているような気がして、見れば見るほど飲み込まれそうだ。
<血雨:狂葉の鉤爪>
またしてもいきなり動き出し、暴れだした野獣のように爪を振るった。
ギギギと苦しいのか楽しいのか分からない声を上げ、あまりの狂いように骨が軋む音も聞こえ始めた。
それでも止まらず、尚も加速して斬撃を飛ばしている。
一方シルクは、逃げるどころかエリザベート目掛けて突進していた。
「ぎぴやぁぁぁぁ!!」
シルクは、斬撃の合間を縫うように泳ぎ、アルルは羽衣にしがみつきながら叫んでいる。
一歩間違えれば即死するようなすれすれを、臆することなく進んでいき、あっという間にエリザベートを射程圏内に捉えていた。
シルクが左手をかざすと魔法陣が次々と浮かび上がり、何層にも重なってくるくると回り始めた。
照準を合わせるように層が絞り込まれ、カチリとハマると、波のような模様が光り輝いた。
「あぁぁぁ早く早くシルクぅぅ!!」
目前まで迫る斬撃を前にアルルは目を細め、手をパタパタと動かした。
アルルとは対照的にシルクは冷静に詠唱し続け、攻撃が目前に迫った時に青い粒子が溢れだし魔法が発動した。
<水魔法:水歌の破光>
ゴッっと大きく水が揺れた後、神殿の約半分にも及ぶ大爆発が発生した。
障壁越しでも感じる絶大な威力に、ユキもユウキも思わず目を瞑った。
「ギ......あぁぁぁぁぁ!!!」
爆発をまともに食らったエリザベートは体のほとんどを失い、苦痛に満ちた声をあげた。
細々とした手足を必死に再生しようとしているが、絶大なダメージをすぐに癒すことは出来ず、痙攣したまま動けずにいる。
「い、今よぉ!!」
言うが早いか、シルクとアルルは二手に分かれ、突進していた。
「ふぬぅううああ!!」
アルルはぐるぐると回転し、その勢いを乗せてフォークを投げた。
フォークの周りからは魔力弾が生成され、辺りを爆破しながら突き進み、エリザベートの左肩に命中した。
小さなフォーク自体は刺さるだけで大した威力はないが、間近で魔力弾が生成されれば避けることは不可能だ。
ボロボロのエリザベートはそのまま拘束され、再生することもなく衝撃に身悶えている。
その隙を逃すはずもなく、シルクは再度、槍の狙いを定めた。
左手を照準のように前に出し、ぴたりと重なった瞬間、槍を放つ、魔法を発動した時と同じように水が大きく揺れ、神殿を青い粒子が横切った。
「ギ......ギャ!!!!!!!!」
<血雨:死音>
だらりとした口が少し動いたかと思うと、突如襲ってきた衝撃にシルクとアルルの目の前は、真っ暗に点滅した。
音として認識出来ない、強烈な音波が海を揺らした。
刺さっていたフォークは粉々に砕け散り、槍は弾かれ、二人は大きく吹き飛ばされた。
「きゅ......」
衝撃に耐えかねたアルルは、力が抜けたような声を出し、そのまま動かなくなった。
短く痙攣し、それすらも止まると、ただエリザベートの声と波に押し出され、ゆらゆらと底に沈んでいった。
一方で、シルクの耳はギリギリと締め付けられたように痛みだし、脳や目にも広がり、充血により視界の端が赤く染まった。
アルルを助けたいと手を伸ばすが、エリザベートの叫びは魔力すらも揺らしているようで、上手く魔法が使えない。
不快な振動は臓器にも響き、吐き気を通り越して失神しそうなほどであった。
それでも意識をなんとか保ち、ふらふらのままアルルへ向かって泳いだ。
「ギギギ!!」
しかし、そんな弱った状態を見過ごされるわけもなく、エリザベートは二人の間に割り込んできた。
無残に傷ついた手足の内、右手だけは再生し終わっているが、見た目は人間とはかけ離れ、爪と一体化した異形の腕に変わっていた。
「......?」
シルクの耳はまだ揺れ、意識も辛うじて保っている程度であった。
そのため判断が遅れ、おぞましい爪が迫るのもどこかぼんやりと眺めていた。
「......!!」
危険を認識して回避したころには、シルクの腹部は深々と斬られていた。
一瞬で意識を取り戻したシルクは、出血部分を抑え、大きく後ろへと下がった。
ジリジリと熱い感触が痛みとなって襲いかかり、とにかく距離をとりたい、そんな思いを見越したようにエリザベートは追撃を加えてきた。
<血雨:死音>
シルクの視界は再び大きく揺さぶられ、腹部からは、内臓を直接殴られたかのような痛みが走った。
尾を動かす度に激痛が走り、なんとか離れようとしても、上手く動けない。
視界の端では、アルルが無抵抗のまま吹き飛ばされ、海の底で転がっている。
このままではアルルのダメージが蓄積すると判断し、シルクはアルルとは正反対の方向に全力で泳いだ。
「ギギ......イィィ!!」
意思があるのか定かではないがエリザベートもそれに追従してくる。
だらりと開けた口が、近づく度に大きくなっているような気がして、シルクは必死に逃げた。
ふらふらと方向が定まらない中、尾を動かし、時々後ろを振り返る。
爪を振りかざしているのが見え、急いで方向転換しようとするも、ガクリと倒れこむようにしか動けず、爪が背中をかすった。
「......!!!」
ダメージは受けていないが、無理な体の動かし方をしたせいで、腹部の出血は加速した。
そのまま体制を立て直す暇もなく、再び振り下ろされた爪に肩を掴まれ、シルクは強引に身を引き寄せられた。
「ギギッッ!!」
エリザベートは、食事を口に運ぶかのようにシルクを扱い、大きな口を更に開けて首元に食らいついた。
「......!!!!」
シルクは痛みで目を見開き、振りほどこうともがくが力の差があり過ぎて全く離れない。
魔法で引き剥がそうと試みるも、首元から血を吸われ、魔力が消えてしまう。
エリザベートは噛み千切ることを目的とせず、ただひたすらに血を啜っているようだった。
魔力と共に生気も吸われ、動き回ることも出来ず視界が暗くなり、まずいとは思いつつ、魔法が使えなければ打つ手がない。
手を前に出し槍を形作ろうとしても、魔力が安定しなければ創造することは出来ず、持ち手が静かに消えるだけで終わった。
もがくうちに力が抜け、二人はゆっくりと底に沈んでいった。
ここで死ぬ、そう諦めかけた時、伸ばしたままの腕に天井から差す光が触れた。
「......!」
偶然にも触れた光と、ある物体の感触にシルクの意識が一気に目覚めた。
目をこらし、光の先にあるものを確認する。崩壊した天井の破片だ。
運よく手にした破片は鋭利に尖っており、シルクは手の中で回し、一気に背後に突き刺した。
「ギギイァァァ!!」
目を潰されたエリザベートは大きく仰け反り、その隙を逃さずシルクは脱出した。
振り返り、苦しむエリザベートを睨む、ほとんど見えていない目を凝らし、感覚を失いつつある腕を必死に上げ、自分の中にある小さな魔力を必死に集めて槍を作り上げる。
「ギ......ギギ......?」
エリザベートはその魔力に気付き、固まった。
大きく、自分を殺すための魔力、それでいて美しい光が神殿内を照らしている。
その光景に見惚れたのか、あるいは、シルクの動きが速すぎたのか、エリザベートは全く反応出来なかった。
〈水魔法:月堕としの槍〉
シルクが泳いだ軌跡には残像が残り、鋭利な槍は一瞬でエリザベートを貫いた。
左上半身が飛び、海に鮮血が溢れる。通過して反対側まで泳ぎきったシルクは、ぐるりと旋回し、再びエリザベートへ向かった。
「ギギぃイィイ!!!」
悲鳴を上げ、シルクの方へ振り向くが、青い残像が一瞬見えた後、今度は右脚が飛んだ。
〈血雨:死音〉
危険を感じたエリザベートは力の限り叫んだ。
今までで一番の振動が神殿を揺らし、シルクに直撃した。
「......!!!」
だが、シルクは止まらなかった。
槍を握りしめる手に力が入り、最早その感触しか分からないまま、突進していた。
消え行く意識をなんとか保ち、閉じかけた目をうっすらと開けてエリザベートを見た。
ぼやけた視界のせいでシルクの狙いはやや外れ、エリザベートの肩を貫通した。
「ぎ……ギギギィィィィ!」
怯んだものの再度咆哮するエリザベートに、シルクももう一度突進した。
狙うは頭、ぐらぐらと揺れる槍の先端を無理やり制御し、自然と口が開き、出ない声を振り絞ってシルクは泳いだ。
「ギ......ッ!!!」
青い閃光はエリザベートを横切り、頭を貫いた。
それだけでは止まらず、今度は右腕、左脚を通過し、体のあらゆる方向に突進を繰り返した。
エリザベートの体はボロボロと、かろうじて心臓部分だけしか残っていない上半身を残し、神殿の中心でぷかぷかと漂っていた。
天井付近からそれを眺めていたシルクは、ふらりと意識がなくなるのをグッとこらえ、槍を構えた。
狙いを定めようとするも、かすれた目、震える手、全身の痛みが邪魔して上手くいかない。
焦る気持ちがだんだんと高まる。再生させる余裕を与えてはいけない。あと少しでこの命も尽きてしまう。
「......きが」
エリザベートの頭が再生され始める。
「人間如きがっっ!!」
叫びと共に顔と右腕が再生された。
それ以外の部位を捨てた代わりに、右腕は異様に大きくなっており、爪が血を吸ったように赤黒く脈打っていた。
<血雨:狂葉の鉤爪>
槍を構えるシルクに向かって斬撃が飛び狂った。
頭を一度失ったことで、獣のような荒々しさから冷静さを取り戻し、エリザベートの攻撃は力任せの暴力から、確実に相手を殺す技へと変化していた。
「死ね!!!死ね!!!!」
「私を忘れるんじゃないわよぉぉぉ!!!!」
シルクの目の前を覆う赤黒い殺意に、いつの間にか意識を取り戻したアルルが食らいついた。
躍り出てきたアルルは、両手を広げて魔力を解放し、再び魔力弾を展開した。
<アルルフルバーストEX>
数多くの魔力弾が生成され、斬撃を迎え撃つ、激しい水音をあげながらお互いに一歩も引かずに相殺し合っている。
しかし、振動が辺りを揺らし、シルクの狙いはより定まらなくなっていた。
目を細め、眉間にしわが寄るほど集中しているものの、力が入り過ぎているが故に、槍が震える。
当のシルクはそのことには気づかず、泡と振動で隠されたエリザベートを必死に探していた。
「ぬぬぬぅ......私がいる限り、シルクには指一本触れさせないわよぉぉ!!」
感覚を共有しているアルルにはシルクの心理状態は手に取るように分かっていた。
しかし、それでも信じて前を向き続ける他なかった。
叫びと共に更に数を増やす魔力弾が思い思いに飛び、二つの境界線はじわじわとエリザベートの方へと近づいていた。
(ちっ......このままじゃ......!)
ぐぐぐと押し込まれる境界線を止めるため、エリザベートは更に腕を振るった。
「ぬにに......うぅぅぅ!!」
それを抑えるため、アルルは顔を歪ませて魔力を放った。
両者の攻撃はまたしても互角になり、境界線は元へと戻る、限界を超えかけているエリザベートはぎりりと唇を噛みしめ、思考を巡らせた。
(こうなったら......)
ほんの少しの間を置き、エリザベートは斬撃を重ねるように、広範囲ではなく一点集中に放つように切り替えた。
その結果、制御の効かない魔力弾は斬撃を何度か消し去ったものの、最後の一振りを取り逃し、包囲網から脱した斬撃がアルルを襲った。。
「......ぎゃっっっ!!」
間一髪目の前で魔力弾が命中し、爆風に巻き込まれたアルルは大きくのけ反った。
致命傷を回避したものの、アルルはまたもや意識を失い、漂いながら沈んでいった。
「はぁ......はぁ......! これで......終わりっ......!!」
魔力弾が途切れたタイミングを狙い、エリザベートは痛みを無視して爪を振るった。
がら空きとなったシルクの眼前に、再び斬撃が埋め尽くされる。
もう終わりかと思った束の間、斬撃はシルクの体をスレスレで通り過ぎていった。
「......!」
「ちっ......!」
一呼吸置き、エリザベートは自身の腕を睨んだ。
思っているよりもダメージが蓄積していたようで、肝心な時に止めを刺せなかった。
自分の体なのに上手く動かせない。
絶対的に人間を超越している自分がなぜ、雑魚と同じ苦しみを味わっているのか、理解できなかった。
人間は脆く、すぐに壊れる。
少し動けば息を切らし、無様に這いつくばり、死にたくないと嘆く。
そんな雑魚達を今まで見下し、蔑み、殺してきた。
それが今はどうだ、見下されたているのは自分であり、追い詰められているのも自分だ。
(認めない......絶対に!!)
ギリリと歯を食いしばった後、エリザベートは叫んだ。
力が出ないのを誤魔化すように、ただがむしゃらに叫びながら腕を振るった。
「っあああぁぁぁ!!!」
声は海を揺らし、ズレていた斬撃の行く先を偶然にもシルクの方へと逸らした。
切っ先が左手をかすり、シルクの狙いはまたも狂う。
「だから、私がいるって言ってるでしよぉぉぉ」
包み込むように広がる死に再び割って入ったアルルは、その全てを撃ち落とさんとばかりに魔力を解放した。
「来ると思ったよ!!」
エリザベートはそれを見越したかのように、連続した斬撃を既に飛ばしていた。
やはり魔力弾は最初の数撃こそ打ち消すものの、徐々に突破され、アルルの目の前に広がった。
「舐めんじゃないわよぉぉ!!」
アルルは右手に魔力を集中し、真っ向から拳で迎え撃った。
稲妻のような音と光に怯むこともなく、アルルは更に拳を前に突き出した。
ビリッ
耳に響くように音が鳴り、アルルの右手から綿が溢れた。
その直後、アルルの脳裏には、自分が生まれた時のことが鮮明と思い出された。
"これで良いはずだが......?"
"何よここぉ! たくさん本があるわ! あなたは誰よ! ん?待って当てる、当てるわ!"
"失敗か......"
"失敗って何よ! レディに向かって失礼ねぇ!"
目覚めたのはテラの研究室だった。
初めて話すことが出来て、はしゃいだのを覚えている。
とにかく目に見えるものが新鮮で、何もかもが新しい体験だった。
"......"
そしてふと、ある少女と目が合い、アルルは、ピンと確信を持つことになる。
自分はこの子のために生み出され、この子のために生きるのだと。
"あなた名前は! なんて言うのよ!"
アルルの問いに少女は沈黙したままだった。
音もなく立ち上がりこちらへ近づいてくる少女を眺め、小さな手がこちらへ触れた瞬間、アルルは不思議な感覚に包まれた。
楽しい、苦しい、悲しい、嬉しい、激流のような感情が渦巻き、ありとあらゆる記憶が流れ込んで弾けた。
"シルク"
ハッとしたように名前を呼び、少女の目を見た。
"あなたのこと、全部分かったわ"
"......"
言葉がなくなった理由も、胸の奥深くにある暗闇も、シルクのすべてはあまりにも悲惨で耐え難かった。
"でも私がいればもう安心よぉ!"
普通の人間ならば暗闇に飲まれていたかも知れないが、アルルは負けなかった。
ぺかーっと謎の光が見えるようなポジティブさと、何も考えてないただ自信に満ち溢れた顔でシルクを見つめ、ぽふっと自分の胸を叩いた。
"......"
シルクの手が再びこちらに伸び、アルルは優しく抱き寄せられた。
その時の暖かいという感情を今でも覚えている。
だからこそ、アルルの覚悟は決まっていた。
「守る......絶対にぃぃ!!」
溢れ出る綿など気にせず、魔力を身に集める。
例えこの命が終わろうと、自分は人形、また新たな個体が作られる。
だが、シルクは違う。
命が終わればそこで終わりだ。
ビリリと大きな音を立て、アルルの腕が引き裂かれた。
かつての自分の腕は、波の中に漂う藻屑と化したが、そんなものに目もくれなかった。
アルルの腕を斬り落として通過した斬撃を、間一髪魔力弾で弾き落とし、両者の攻撃は熾烈さを増した。
「はぁぁぁぁっ!!」
拮抗した攻撃は波を更に荒立て、雷鳴にも似た耳をつんざく音が響き渡った。
(あ......)
魔力を使いすぎた結果、アルルの視界はぼやけ始めた。
ふらりと態勢が崩れ、海の底へと沈み始める。
(勝った!)
エリザベートは確信した。
魔力弾が途切れ、視界は晴れた。
力が抜けそうな右手を無理やり奮い立たせ、大きく振りかぶる。
「......っ?!」
そこでエリザベートの動きは止まった。
今までアルルの姿に隠れていたシルクが冷たくこちらを見ていたからだ。
身が凍るような寒気に襲われ、時が止まった。
エリザベートはこの感覚は知っていた。
長らく忘れていたがようやく今、思い出し、そして逃れることは出来ないと悟った。
「お父様......」
最期を迎える寸前、エリザベートは何故かその言葉を口にしていた。
己が人生において、最も憎むべき相手であり、また同時に最も愛されたかった者の名を海に残し、エリザベートの頭部は槍に貫かれた。
(どうして......)
ぼんやりとした意識の中、その身体は消え入りながら海の底へと沈んでいった。




