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完璧で超人で最強の元カノ  作者: Leica/ライカ
第五章 神殿編
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風の神殿2

「魔法が効かないって......嘘でしょ.......」

「そんな......」

「..........」


各々反応は異なるが前代未聞の事態に皆言葉を詰まらせていた。魔法が効かないということは三人にとって致命的な問題だ。フリッツの言う通り身体的な力よりも魔法を使える方が有用な者の方が多い。


現に総司令の多くは魔法が使えるしキーク自身も体力だけを見れば一般人よりも劣っているだろう。それを補う魔法が封じたとなれば魔族どころか魔物でさえも相手に出来ない。この時点で三人の敗北は確定であり、取れる行動は限られていた。


「ククル君、ルーミ君。ここは一旦撤退だ」


キークは振り返ることなくフリッツには聞こえないようにそう呟いた。ククルもルーミも心中は同じであった。この状況なら撤退も致し方ない。問題はこの真夜中の豪雨を魔族から逃げられるのかということだ。


それでもここで戦うよりはましなのは間違いない。三人はフリッツの後ろにある廊下に目をやり、どうやって突破するかだけを考えた。


三人がまとめて動けばいつまで経っても魔族を撒くことは出来ないだろう。ならばここは誰かが囮になる必要がある。


「私が時間を稼ごう」


そう言ったキークの袖を瞬時にククルが掴んだ。引き戻すように強く握り、ふるふると首を横に振っている。


「キークさん......そんなのダメです」


ククルは今にも泣きそうなか細い声で訴えた。震える肩をルーミが支え、その様子にキークは何かを察した。


ギルバの死は聞いていたが今のククルの瞳にはそれと同じ気配を感じる。深い悲しみを二度と繰り返したくない。そんな思いを感じ取りキークは黙り込んだ。


あまり考えている時間は無い。今はフリッツがぶつぶつと何か呟いているがいつ意識を戻して襲ってくるのか分からない。囮をするのが一番だがこの手を振り払うことはどうしても出来なかった。


「分かった。逃げるのは三人でだ」


キークが優しく頭を撫でるとククルは強張った顔を少し緩めた。


「まずはここから出る。私と君で奴の注意を引きルーミ君の魔法で入り口まで飛ぶ。出来るか?」


キークに視線を向けられ二人はこくりと頷いた。厳しくそれでいて優しいキークの背を追い、三人はフリッツに向き直る。足音に気がついたのかフリッツはこちらに意識を戻した。


「おや......私としたことが......」


眼鏡を直すと静かで冷酷なフリッツへと変わる。魔法が効かないことも問題だが隙がないことも流石魔族だと言える。一気にプレッシャーが纏わり付き壁にかかった松明も激しく揺らめいている。


だが、キークは臆することなく進むと祈るように膝をついた。手は胸の前で軽く握り、目は閉じている。ゆったりとした祈りからは落ち着いた雰囲気を感じ、敵意を露わにしたフリッツとは真逆であった。


第七感覚(セブンセンス)...!」


<第七感覚:最後の審判(アイアコス)


深く落ち着いた声がそう言い放つと辺りは黄金の輝きで包まれた。天から光が降り注ぐように次々と何かが降り立ってくる。騎士のような重装備をしていたり、盗賊のように軽装をしているのが合わせて二十人。


様々な装備をした黄金の霊体が三人の周りに隊列を組んで整列した。


「凄い...!」

「なに...これ」

「へぇ......」


降り立つ霊体を前にククルもルーミも驚き、いつの間にかフリッツもこちらを向いて笑っている。まるで実験に打ってつけのものが現れたような笑みだ。


「走れ!」


キークの一喝に反射的に走り始める。霊体は三人よりも早くフリッツに突進し道をこじ開けに行く。屈強な体格から振るわれる大剣が空を斬りながら迫り、小柄な霊体がフリッツの四方から襲いかかる。


その光景をチャンスと捉えたルーミは地面に向けて魔力を放つ。風が吹き荒れると三人の体はふわりと浮き、前方に大きく飛び上がった。


「逃がしませんよ!」


自分の上を通過する三人目掛けて瓶が投げられる。赤く重苦しい煙が瓶の中で暴れ、触れたら最後。身を滅ぼすような結果になることは容易に想像出来た。


それを見越したキークは手を動かして霊体に指示を飛ばす。巨大な盾を両手に持つ霊体は瓶に向かって突進し身を挺して攻撃を受ける。鈍い爆音と共に広がる煙から辛うじて逃げた三人は入り口に向かって全力で走っていく。


魔力を身に纏い通常よりも身体能力を上げている。一歩一歩地を蹴る毎に遙か先まで体が動く。ほんの一瞬の内に神殿の外へと到達した三人を待っていたのは先ほどよりも暗い夜だった。


豪雨が降り続き霧が立ちこめている。あまりにも視界が悪く、足下が見えるのがやっとだ。


「このまま砦に向かう」

「はいっ!」


走り出したキークは同時に帝国領へ向けて魔力を撃ち出す。煌々と光る魔弾は雲を裂いて飛び帝国領間際で消え去った。


「これで気づいてくれれば良いのだが...」


高威力の魔力を間近にしてククルもルーミも目を丸め、即座に走り出すキークの後を追った。洗練された魔力を纏うキークの走りは歳を感じさせない。最小限の魔力消費、そして体力を無駄にしない魔力使用。


恐らく一人ならもっと早く走れるのだろうにこちらのことを気にして後方確認してくれている。追いつくのがやっとのククルとルーミは後ろを向く余裕はない。


それでも魔力探知で把握出来る限りではまだフリッツは来ていないようだ。それもそのはずでキークが生み出した霊体達が全力で足止めをしている。今も轟音が遠方から聞こえその戦闘の激しさが窺える。


砦まで着けば...!


魔力を上手く全身に巡らせなるべく消費を激しくしないように心がける。だが、意識すればするほど体が力みククルの息は上がっていく。


目的の砦は思ったよりも近く、いつの間にか目と鼻の先だ。多少の無駄遣いをしても砦までは持つだろう。


「ククル君大丈夫?」

「無理はするな」


心配そうに見つめてくる二人の顔を交互に眺めククルは息を呑む。


「大丈夫です!」


迷惑をかけたくないという思いがククルを奮い立たせ、力強い返事にルーミもキークも笑みを浮かべた。


ほんの少しの会話のお陰でククルの力は少し抜け、分散していた魔力は一気に少なくなっていた。


もっと上手く魔力を使わなきゃ...!


上がっていた息も少しずつ落ち着き、砦に到達する頃にはククルの魔力使いは見違えるように改善されていた。


「ここなら雨風を凌げるな。帝国領に救援要請を送ったがいつ到着するかは分からない。可能な限りここで時間を稼ぐ」

「分かりました」


砦には三人以外は誰もいない。いつもいる警備兵達は全員帝国領に戻っているからだ。今は戦闘で崩れた屋根がそのまま放置され雨に晒されている。


それでも外にいるよりはましだ。濡れたローブを手で払い髪を振るう。


「ククル君こっち向いて」

「ん~」


ルーミは鞄から出したタオルでククルの髪を綺麗に拭いてあげる。ククルも身を任せ、されるがままになっている。


「ありがとうルーミ姉」

「いいんだよ~」


ふにゃりとした笑顔を向けられルーミは卒倒しそうになるのを何とか耐える。普段のククルでさえ可愛すぎるのに雨粒で濡れた髪のせいで危ないというかカッコイイというかとにかくヤバいのだ。


......ふ.....耐えるのよ...あぁでも可愛すぎる!


「大丈夫?ルーミ姉」

「かはっ...!」

「!?」


きょとんとした顔にルーミの防御力は耐えられなかった。崩れるように倒れ、そのままククルの肩に顔を埋める。突然抱き締められたククルは驚いた表情で固まるもののしっかりとルーミを受け止めてあげた。


「.......」

「ルーミ姉?」


いつもよりも抱き締めてくる力が強くて少し驚いた。ぽんぽんと優しくルーミの背を叩き、沈黙の時間がゆっくりと流れる。


そして数秒後、ルーミはぽつりと呟いた。


「ククル君......怖くない?」

「怖いって......何が?」


頬を寄せてくるルーミにククルも自然と体を寄せる。独特な雨の匂いに混じって落ち着く良い匂いが漂う。


顔を見ていないがなんとなくお互いに目を瞑っているのが分かった。


「私は魔族が怖いの......ククル君がもしかしたらいなくなっちゃうかもって......そう考えると凄く怖いの」


寂しさのある小さな声はいつもの明るいルーミとは違う。大事なものを包むようにククルを抱き締め、とにかく想いが溢れて止まらなかった。


「ごめんねククル君。急にこんなこと言って」


抱き締めていた手が解け、二人は顔を見合わせる。泣いてはいないが酷く悲しそうな顔をしている。死んでほしくない気持ちはククルも一緒だ。


だからこそ危険な任務に立候補したのだ。これ以上誰も殺させない。もちろんルーミもだ。ククルはしっかりと目を見つめて言葉を続けた。


「安心して。僕が絶対守るから」

「.....!」

「ルーミ姉?」

「かっこいい.....っ」

「えぇ?!」


歳からかけ離れた頼りがいのある言葉にルーミの心は大きく揺れ動かされた。あまりのかっこよさに固まり、魂が抜けるように言葉を漏らす。ククルはふにゃふにゃと倒れるルーミを支え、二人の笑顔はいつも通りに戻っていた。



キークはそんな二人から少し離れ、外を警戒していた。魔力探知で分かる範囲だとフリッツは神殿から移動していないようだ。霊体で時間稼ぎをしているものの効果があるようには思えない。何故こちらに向かってきていないのか不思議で仕方なかった。


今のうちに無理をしてでも帝国領に走ろうかとも考えたがここからどれだけ急いでも半日から一日かかる。下手をすれば途中で力尽きて魔物に襲われるかもしれない。


ここにいても状況は刻一刻と悪くなるのは分かっている。だが、手がない訳ではなかった。神殿を出る時に放った魔力に気づき、その瞬間にこちらへ向かってくれるなら恐らく間に合うはずなのだ。


キークは願うように自身の胸に手を当て、フリッツの動向を感じ取る。魔法が通じない今、自分に出来ることはそう多くない。


焦りにも似た感情がざわざわと胸の中で蠢いていた。こんな時はいつも嫌なことが起きる。長年の勘がキークに危険を教えているのだ。


「...!」


予感はすぐに的中した。先ほどまで感じていたフリッツの気配が消え、代わりにすぐ側から殺気を感じる。


パキ...パキ


「ここにいたのですね」


三人の視線は一斉に声の主へと集まった。亀裂が入る音と共に深淵の中から赤い目が覗いている。気配からフリッツであることは瞬時に理解出来た。


カツンと床に転がる石を蹴りながらフリッツが姿を現す。


「なるほど。ここが貴方達の死に場所ですか」


荒れ果てた砦の内部に目をやり眼鏡を直す。にやりと笑う目に呼応してレンズが光り、全体は緊張した空気で包まれた。


幸いなことにフリッツが現れたのは入り口の反対側である。このまま外に出て帝国領に向かえれば生き残れる可能性が高い。三人の動きは自然と後退し始めていた。


「逃げるのは無理ですよ。この砦の周りに毒の結界を張っておきましたから」


視線を上に向けると亀裂から見えていた空が緑色の煙で覆われていた。


「っ.......」

「嘘.......!」

「君たちは僕の実験台になる以外に道はないんだよ」


そう言ったフリッツは手を高らかと上げ、瓶のようなものを砕いた。もうもうと広がる煙が地面を縫う様にこちらに迫ってくる。砦を覆っているものと同じ緑色の毒々しい見た目をしてる。


少しでも吸い込めば致命傷になりかねない。一斉に距離をとるククルとルーミを置いてキークは一歩前へと踏み出した。


<神聖魔法:神盾(アテナ)


手を横に振ると三人を包む光の結界が現れ、毒の煙から身を守った。


「流石総司令ですね。障壁(バリア)を使えるなんて......ですがどれだけもちますかね」


魔力消費が著しく激しい障壁を保つのは難しい。並の者なら張ることすら出来ない障壁をキークは三分ほど保つことが出来る。


つまりこの三分が生命線、障壁が切れれば毒を吸い込み死ぬ。周りにも毒が覆っているなら援軍も来れない。残された時間は僅かで戦力もここにいる者のみ。


小声でククルとルーミにそのことを伝えると緊張はより一層高まった。


「出来るか」


絶望的な状況と圧倒的な戦力差。普通の人間なら諦めるような窮地だが、三人の目は諦めていなかった。


「はい.......!」


持てる限りの勇気を振り絞り、ククルとルーミは答えた。

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