カーラ
<エルの森>
歓迎会から一夜明け、ユウキ達はエルの森と呼ばれる森へ移動している最中であった。
エルの森とは、帝国領の南東に位置し、広大で高い木が、四季に応じて色鮮やかに変わる森として有名だ。
危険な野生動物さえいなければ遠出するスポットとしては最適な場所だろう。
その上薬草やシカ、イノシシなどが豊富に存在しており、採取に訪れる人が後を絶たない。
よって帝国領の基盤を作る重要な場所となっている。
しかし、普段は商人や旅人、狩人で賑わっているのだが今日は誰もいない。
魔物化したイノシシが発見されてからは、立ち入ることを禁止され、がらんとした道を木の葉が埋め尽くしていた。
その問題を解決するために派遣された第八軍は、馬車で移動していた。
ガタガタと揺れる荷台の上でユウキは空を眺めていた。
ロイが馬を走らせ、ククルは足を抱えた状態で座り、瞑想をしている。
(あの雲、骨付き肉みたいだなぁ......).
昨日のざわざわとした嫌な感覚も忘れ、ゆったりと落ち着いていた。
いや、あえて考えないようにしていただけかもしれない。
冷静でいられない、ユウキはそう確信していた。
だから今も雲を眺めて出来るだけ考えないようにしている。
目的の森はあと十分ほどで着く距離まで見えていた。
ユウキはふと目線を逸らし山の方を見る。
帝国領の西側に位置する巨大な山脈。
暗雲が立ちこめ、これだけ遠くにいるのに不気味な気配を感じる。
(あそこが......)
かの昔、あの山脈の中に本拠地を構え帝国軍と戦っていた軍があった。
歴史を学ぶ上で外せない重要な記録。ユウキを含めこの話を知らない人はいない。
”カーラ”
最低最悪の科学者としてその名を轟かせた彼女の所業は「魔物」に深く関係している。
彼女の研究さえ無ければ魔物に怯える今も存在していない。
そう言っても過言ではなかった。
魔物は彼女の研究によって生み出された。
人を魔物に変える、そんな悪魔の技術を戦争に使ってしまったのだ。
その結果大陸中に魔物が侵攻し、ほとんどの都市は壊滅。
当時の帝国軍はこれに反撃するも戦力差は圧倒的だった。
限界が近い中、第一軍の活躍により山を大規模な結界で囲むことに成功し、ようやく混乱は収まった。
というのが帝国領で昔から語り継がれている物語である。
何百年も前の話なのに未だに語り継がれ、結界の中はそのままの状態で残っている。
そう、カーラの研究結果もだ。
ここまで非道な行いをしたカーラの知識は誰にも理解出来ず、現在でも解明出来ていない。
テラの予想では強化魔法の応用であると言っているが推定の域を出ることはない。
しかし、近年。この研究結果が必要だという声がテラを中心に出始めている。
主な理由として魔物化する原理が分かれば、それを防ぐ、または治すことが可能になるかもしれないからだ。
と言っても結界を破る方法も中の状況も分からないので実行には移されていない。
(だけど......いつかあそこに行かなきゃいけない......)
ユウキは拳を握り、じっと山を見つめた。
この半年の間に話した、たくさんの市民のことを思い出す。
親を失った者、友を亡くした者、恋人、知人、憧れの人。
フラれた記憶を持っている自分が笑えるほど、悲惨な過去を持っている人は多かった。
軍に所属している関係上死体を見ることもあった。
鎧をいとも簡単に貫かれた警備兵や衛兵。
いつか自分もああなるんじゃないかと思ったこともあった。
それでも自分に出来ることをしたかった。
無くした記憶を思い出すこと。
魔物の脅威に怯える者を助けること。
生半可な気持ちで生きられるほどこの世界は甘くない。
あの山から研究結果を持ち帰れば、助けられる。
元の世界に帰る方法もあるかもしれない。
(そのためには今日の任務を成功させなきゃ......)
馬車の揺れは次第に収まり、森の入り口はすぐそこまで迫っていた。