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完璧で超人で最強の元カノ  作者: Leica/ライカ
第四章 帝国祭編
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黒の務め

「カスミちゃんに涙は似合わないよ~」


呆けて動けないカスミの頬をゆっくりとなぞっていく。右の涙を拭き終えると今度は左。両手で優しく抑えられカスミは子供のようにされるがままになっていた。


「.....」


一通り拭き終わるとぶら下がっていたエリーは身軽な動作で着地しカスミをジッと見上げた。


虚ろな目がこちらを見ているようで焦点が合っていない。どこか遠くを見ている感じでエリーが首を傾げても追ってこない。


「カスミちゃん~」

「エ...リー...?」


名前を呼ぶとほんの少しだけ反応が返ってくるが様子がおかしいのは火を見るより明らかだった。


いつも側にいるからこそ分かるがカスミがここまで自分を保てていられないのはおかしい。


「む~ちょっとこっち見て~」

「......?」


エリーは必死に腕を伸ばしてカスミの顔を掴み、無理矢理屈ませる。抵抗もしないカスミの顔が拳一つ分まで接近するとエリーの目が赤く煌めいた。


「目を覚まして~」

「くっ......はぁ......!?」


しばらく見つめ合っているとカスミは突如苦しみだし体を痙攣させた。それと同時に体からは黒いモヤのようなものが溢れてくる。


エリーは暴れるカスミを必死に抑え、無理矢理にでも顔を近づける。溢れ出した黒いモヤは空中を漂うとやがてエリーの体に吸収され始めた。


「ううぅうぅ...!!カスミちゃんの中から出ていって~!!」


モヤはより一層黒くなり二人を覆うような量になっていった。エリー自身も息を荒げ死に物狂いでモヤを吸収していく。


「が......はっ......!」


時間にしては一分にも満たない攻防の末、カスミはガクリとエリーに体を預けた。


「はぁ....はぁ...」

「大丈夫~?」


肩で息をするカスミを小さな体で支える。だらりと垂れた腕が背中に回り、力なくこちらを抱きしめてきた。


吐いた息が耳元に当たり心臓の音が忙しないのが分かる。


「はぁ...はぁ......すまない...」

「ん~んこれくらい平気だよ~」


まだ息も絶え絶えな様子で声を出すのも苦しそうだ。そんなカスミをエリーは優しく抱き締め返し頭を撫でた。そして耳元で何度も謝罪した。


「ごめんね~...気付けなくて~...」


思えば出会った時からカスミは変わっていなかった。高貴で誰もが憧れを抱く存在であり続けていた。


周りから期待され、それに応えるために努力をしていた。そんなカスミの側にいられるのが嬉しかった。


おちゃらけた自分の行動に笑ってくれるのが他の人には見せない表情で楽しかった。


「.......」


それだけ側にいながら肝心なことは何一つ分かっていなかった。なんでも知っていると自惚れていた自分が嫌になり、今は謝罪の言葉しか出てこない。


心臓の音が少しだけゆっくりになっていく。呼吸も落ち着いたリズムを取り戻し、時計の針の音が聞こえるほど辺りは静かになった。


「もう平気~?」

「あぁ。ありがとうエリー」

「んふふふ~良いってことよ~」


抱き締め合っていた腕が解け互いに顔を見合わせる。泣いていた目が少し赤くなっているがいつもの凜々しくてかっこいいカスミだ。


少し違うのは髪を結ばずに下ろしていることだろう。ふわふわとウェーブのかかった感じが珍しくてついつい触ってしまう。


「可愛い~」

「こら、あんまり触るな」


遠慮なく撫でてくるエリーを叱責しつつもカスミは特に抵抗しない。少しだけ頬を赤らめ目が泳いでいる。


「そんなに恥ずかしがらなくても~似合ってるよ~」

「そうか...?こういうのはよく分からないからな...」


自分でも髪を触ってみるが特に変化は分からない。強いて言うなら少し暑苦しいくらいだろう。動きにくいし戦いには向いていない。


だがエリーが楽しそうにしているのを見ると怒る気も起きなかった。


しばらく好きなようにさせているとエリーは思い出したかのように機器を操作し始めた。


「あ~!ちょっと待ってね~」

「......?」


通信を繋いでいる間カスミはエリーの胸元に寄りかかるように頭を近づけた。


「もぉ~カスミちゃん邪魔だよ~」

「ふふ、すまないな」


エリーは首元にかけていたペンダント型の機器を持ちながらカスミの体も支える。普段は見せないようなカスミのいたずらな笑みをもっと見ていたいがここからの離脱の方が先だ。


なんとか理性を保ち通信を続ける。


「あ~ユキちゃん~?」

”エリーちゃん?カスミさんは見つかったの?”

「うん~今一緒にいるよ~」


カスミの頭をぽんぽんと叩き、上機嫌にそう答えた。


”じゃあもし誰かに見つかったら合図してね?”

「うん~了解~」


そこまで言うと通信を切りきょとんとしているカスミを抱き寄せる。


「ふふふ~」

「いや、ふふふ~じゃない。何を企んでる...!」

「誘拐~」

「な...!」


驚きのあまり目が点になっているカスミを無理矢理立たせる。だが、その手はすぐに振り払われた。


「どうしたの~...?」

「ダメだ...」


カスミは少しずつ後退し二人の間は遠ざかっていく。ぶつぶつと何かを口にしているようだがはっきりと聞き取れない。


冷たい風が部屋の中に入りカタカタと窓が鳴った。それと同時にまたカスミの体から黒いモヤが溢れてくる。


瞳が震えて焦点が定まっていない。


「フルエノン家を...私は」


片手で頭を抑え苦しむように言葉を吐き出した。


「私を連れて行ったら......お前にも迷惑がかかる...だから...ダメだ...!」


黒いモヤは二人の間に立ちはだかり近づくことすら許されない。カスミの周りに漂うモヤは手のような形をして纏わり付いている。


よく耳を傾けると呪詛のような言葉が聞こえる。恐らくカスミが呟いている言葉はあのモヤが原因だ。


「カスミちゃん...」

「ダメだ...私は...」


”私の言うことを聞きなさい”

「くっ......ぐぅ......」

”フルエノン家のために”

「母様...分かっています...」


黒い手がカスミの顔、首に巻き付き呼吸も思考も奪い去っていく。母の声が目がカスミの脳内に浮かぶ。


「....!!」

「ふふふ~」


ぼやけていた視界が急激に晴れ、黒いモヤは一斉にエリーの元へと集まっていく。


「安心して~カスミちゃんが何回そうなっても、私がぜ~んぶ吸い取ってあげるから~」


目を細めてエリーは笑う。部屋中に充満していたモヤを吸収し終えるとカスミの体は自由になった。


「こんな所にいたらカスミちゃんがおかしくなっちゃうよ~...」

「......」

「だから私と一緒に行こう~?」

「.......」


ドス黒い呪縛から解かれても尚カスミは迷っていた。もし誘拐が成功すれば狙われるのはエリー達なのだ。


フルエノン家は貴族階級でも一、二を争うほど力を持っている。一度狙われれば逃げ切ることは困難だろう。


コンコン


「カスミ様。そろそろお時間です」


悩んでいる時間はもうとっくに過ぎていた。女性メイドの声がかかりカスミの思考は一瞬止まった。


だが、次の瞬間には床に落ちている剣を取って走り出していた。


「行くぞエリー」

「おぉ~~!」


「カスミ様...!!」


「すまないな。母様によろしく言っておいてくれ」


異変を感じて部屋に入ったメイドの目には、窓から飛び降りるカスミと赤目の黒いフードが映っていた。


「そ...そんな...!」


時計の針と風の音だけが残る室内。エリーの説得でカスミはその身を自由のために動かした。

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