第八軍へ
「ところでユウキ、君はこの世界の人ではないと言われているが本当なのか?」
「お~それ気になる~」
「はい、本当です」
最前線で戦っているルナの功績と共に、この世界の住人ではないことはすぐに広まっていった。
最初は差別的なことを言われると思っていたが思ったよりも受け入れられ、このように物珍しいというだけになっている。
「ならば帝国軍に入ったのも元の世界に帰るためか?」
「そうです。何か行動を起こさないと帰れないと思って......」
「なにそれ激アツな展開~」
ダボダボの腕を振ってエリーは楽しそうにしている。
「ねぇねぇ~元の世界ってどんな感じだったの~?」
「それは......あんまり覚えてないんです。すみません」
この世界とは全く異なる建物や服を身につけていたような気がする。だけど確信が持ててはいなかった。覚えていることと覚えていないこと、ごちゃごちゃで何が当たり前なのかよく分からない。
「あ~それは悲しいね~」
エリーは顔を覗き込んできながら、悲しそうに目を細めた。
真っ黒なもやがかかった顔に赤い目だけが光っており、不気味だが話し方のせいでさほど恐怖感はない。
「実は私もね~記憶がないんだ~」
「え......そうなんですか?」
なんでもないような明るい物言いに少し困惑してしまう。
「何も覚えてないのって本当に辛いよね~」
と言いつつ、ダボダボの袖を振って、話が暗くなりすぎないようにしてくれている。
「でも今はカスミちゃんがいるから平気なんだ~」
「こら.......! エリー」
ギュッとカスミに抱きつく姿は歳の離れた姉妹のように見えた。
「私が力になれるか分からないけどいつでも頼ってね~」
「エリーだけにやらせると不安だからな、私も手伝おう」
「エリーさん、カスミさん......」
「え~カスミちゃん私のこと信じてないのぉ?」
「いっつも問題起こしてるだろ!」
口元を手で隠し、エリーは笑う。カスミも呆れながら笑っている。
これを見ただけでお互いに信頼し合っているのが分かる。
見ているこっちまで笑みがこぼれてしまうほど、二人のやり取りは明るかった。
「そろそろ本部が近いな」
「えぇ~早いよ~」
遠くに見える本部は、でかくもなく目立つようなものではなかった。
唯一帝国軍の旗が付いているくらいでいたって普通の建物である。
「少し遅くなったがギルバ総司令なら分かってくれるだろう」
「そんなに怖がらなくても優しい人ばっかりだし平気だよ~」
もしも怖い人ばっかりだったらどうしようと考えていたユウキにすれば、二人の言葉はありがたいものだった。
ほっと安心したのと同時にテラの鋭い目つきを思い出しユウキは苦笑する。
(もしもテラさんなら、遅刻するような奴は実験体だ。なんて言われて実験の材料にされてたかも......)
そんなことを考えながらゆっくりと本部へ近づくと中から声が聞こえた。
「ククルくぅぅぅん寂しいよぉぉぉ!!」
「いいからっ行くよ姉さん!」
勢いよく扉が開き小さな子が酔っ払いに抱きつかれ、さらにそれを引っ張る女性が出てきた。
「姉さんみっともないよ、早く離して」
「やだやだぁぁククル君ともっと一緒にいるぅぅ」
抱きつかれている少年は困り果てて抵抗もしていない。
「やれやれまたか......」
「もうあの人を取り締まった方がいい気がする~......」
カスミもエリーも溜め息をつきながら酔っ払いに近づいていく。
「あんまりうるさいと衛兵に引き渡すぞ」
「あ、これはこれはカスミさぁん」
魔女のようなとんがり帽子と目のやり場に困る奇抜な格好をした酔っ払いは、少年を抱えたままカスミに向かって敬礼をした。
と言ってもふらふら揺れて、ふにゃふにゃとした声だった。
「いいから離してやれ、嫌われても知らないぞ」
「......!」
嫌われるという単語が出された瞬間、酔っ払いの顔は青ざめ少年を優しく離した。
「ごめんねぇククル君......」
「ううん......大丈夫です」
少年の頭を撫で、少年も優しく女性に笑いかけた。
「すみませんカスミさん、また姉さんが迷惑かけて」
「まぁうるさいだけだし、被害が出てなければ良いんだ」
「ん~ククル君は優しいな~~」
「むぐぐ......」
酔っ払いに強く抱きつかれた少年は、苦しそうな声を上げるも体格差で振り払うことが出来ない。
すりすりと頬ずりされ、成すがままになっている。
「まぁ、被害はあるか......」
「あるね~......」
やれやれと呆れている二人の動きはシンクロし、妹さんらしき女性も溜め息をついている。
そんな反応も知らず、酔っ払いの言葉はだんだんと寝息に変わっていった。
「すみません、お騒がせして。ほら行くよ姉さん」
「うぅ~......」
妹さんはペコリとお辞儀をし、背丈もあまり変わらない酔っ払いを軽々と抱えて去って行った。
(凄いパワフルな人だったなぁ......)
しばらく姉妹の背を眺めた後、やっと離された少年に目を向けた。
少し疲れたような顔をしていたが少年は立ち上がりお礼を述べた。
「ありがとうございますカスミさん」
「君も大変だな」
少年もカスミも苦笑していた。
どうやらいつもこんな感じなのだろう。
「そちらの方は?」
少年はユウキの方を見て首を傾げた。
「今日から八軍へ所属することになりました。ユウキと言います」
「ということはあなたが噂の!」
少年の顔はパッと明るくなった気がした。
「初めまして、八軍所属のククルと言います。よろしくお願いしますね」
ユウキとククルは握手を交わす。
見た感じ10歳くらい、幼い少年の手は小さかった。
綺麗な紫の目と髪、そして魔法使いのようなマントを身に纏っている。
「それじゃあククル、後は任せたぞ」
「はい! カスミさんもこの後のお仕事頑張ってください」
「カスミさん、エリーさん今日はありがとうございました」
「二人ともじゃあねぇ~」
カスミもエリーも手を振り夜の街へと消えていく。
歩きながらもじゃれ合っている二人を見送り、ククルは本部の扉に手を伸ばした。
「ギルバさん、ロイ兄。ユウキさんが到着しましたよ」
眩しい明かりに迎えられ、本部へと入る。
中は入り口から綺麗に整頓されており、花や絵が飾られている。
そんな廊下を抜けると大きめの共同スペースのような部屋へ出た。
多くの椅子と長いテーブルが設置され、奥の方からズカズカと体格の良い男が寄ってくる。
「おぉ待ってたぞ!」
スキンヘッドで黒い肌、ニカッとした笑顔に反して身長は高くがっしりとした体つきをしている。
「すみません遅くなって......今日から所属することになったユウキです。よろしくお願いします」
「はっはっは!そんなにかしこまるな」
ガハハと笑われ、カスミ達の言葉が本当なのだと安心した。
「テラから話は聞いてる。俺がこの八軍の総司令を務めるギルバだ」
握手をしてみてその肉体の強固さが伝わる。
屈強だが不思議と怖さはない。
「その人が噂の新人?」
声のする方を見るともう一人男が立っていた。
ボサボサとした長めの青い髪、目も青くクールな印象だ。
ゆったりと静かに歩み寄ってくる彼に近づき、二人は握手を交わす。
「ロイだ。よろしく」
「初めまして、ユウキです。よろしくお願いします」
「よし、軽い挨拶も済んだし飯の準備をしようか!」
無駄に元気なギルバの声にロイもユウキもビクッと肩が震えた。
振り返るとククルは既に準備に取りかかっている。
パタパタと小さな体で棚とテーブルを往復し、食器やスプーンなどを並べていた。
「ユウキさん、ロイ兄、これお願いします」
ククルは両手に持っていた袋をそれぞれ渡してきた。
「分かった」
受け取った袋を開けると中には魔法で圧縮保存された食べ物や飲み物が入っていた。
小さな球状のものに肉や野菜、グラス状のものに飲み物が写っている。
これもテラの発明によって作られたもので、長期保存出来てスペースも取らない優れものだ。
「じゃあ、ユウキ。こっちの方を頼めるか?」
「分かった任せて」
「んっ......!」
中身を取り出そうとした瞬間、ロイの口から声が漏れたような気がした。
ちらりと視線を送るもロイは黙々と皿を並べている。
はっきりと機器にも反応があったがユウキは特に何も言わず再び作業を再開した。
と言っても、皿に球体の魔法道具を並べるだけなのですぐに終わった。
「よし、終わったな。それじゃあ食べるか」
ギルバが座り、皆にも座るようにと促してくる。
ククルはギルバの隣に座り、ロイはその対面。
そしてユウキがロイの隣に座るのを見るとギルバはゴホンと咳払いをし言葉を続けた。
「ユウキ、正式に軍に入るということは命を落とす危険があるということだ。お前には、その覚悟があるか?」
先ほどの明るい雰囲気とは打って変わり、物悲しい目をしている。
言葉に覇気があり、ユウキの心へと深く刺さった。
命が失われる瞬間を知っているからこそ、言葉の重みが違う。
過去になにがあったのかは分からないが、真っ直ぐに見つめられたユウキの返答はもちろん決まっていた。
「僕には......どうしても知らなきゃいけないことがあるんです。何か大切なことを忘れている......そんな気がするんです。それに......魔物の脅威に怯えている人を放ってはおけないですから」
嘘偽りのない、自分の本心であった。
自分の記憶を戻すことや元の世界に帰ることも大事だが、日々魔物に怯えている人々を助けるのも、同じくらい重要なのだ。
「ふ......全く。そんな目で言われちゃ信じないわけにはいかねぇよな」
頭をかき、どこか安心したような笑顔を浮かべている。
「分かった。それなら俺達第八軍はお前を正式に迎え入れよう。これからは同じ仲間としてよろしく頼むぜ」
「こちらこそ、よろしくお願いします」
ギルバが頭を下げるとロイとククルも頭を下げる。
慌ててこちらもお辞儀をし、しばらくの沈黙の後に顔を上げ、全員と目が合う。
注目されていることに少しだけ恥ずかしくなり、困ったように目を逸らす。
「さて、お堅いのはあんまり得意じゃねぇ。さっさと食うか」
各々が球状のものを皿に投げると煙と共に料理が出てくる。
熱々のステーキ、新鮮なサラダ、フライドポテト、白ブドウのジュース。
ここ半年で一番豪華な食事にユウキの目は輝く。
「凄い......!」
「美味しそう!」
「おぉ」
「はっはっは、こんな豪華な食事は久々だな」
日が落ちて間もなく、ユウキの歓迎会が始まる。
挨拶も終わって緊張も解けたのか、お腹が空いていたことに気がついた。
ぎゅうっと鳴るお腹に突き動かされ、自然と手が伸びる。
それはユウキ以外も同じであった。
ギルバが肉にかぶりついたのを皮切りに全員が熱々のものを口に放り込んでいく。
「美味しい......!」
「うん、旨いな!」
ユウキもロイも黙ったままだが目を見開き、美味しさに心を打たれていた。
分厚い肉は見た目に反して柔らかく、野菜はシャキシャキと音が鳴る。
フライドポテトは熱々でケチャップがよく合う。白ブドウのジュースも良い味だ。
甘さと酸っぱさのバランスが良い。
つい会話を忘れてしまうほど食事に夢中になってしまう。
「そうだ忘れてた。お前らは明日から森林の調査に行ってもらうからな」
「......!?」
「いきなりですか?」
「いやぁ、言うの忘れてた」
「またか......」
はっはっはと笑うギルバにロイは溜め息をつく。
どうやらこれが八軍の日常らしい。
ククルはポテトを咥えたまま固まり、ハッと我に返るとサクサクと食べ始めた。
「それで......森林で何かあったんですか?」
「おぉ、実は最近イノシシが巨大化しているって報告を受けていてな」
「イノシシ......」
ギルバは酒を飲み干して続きを話す。
豪快な飲みっぷりにグラスはすぐに空になり、カンと小さな音を鳴らした。
「このままじゃ薬草の採取も出来ない。それで八軍と十軍でイノシシの討伐を行うことになった」
なるほどと聞いていたユウキとは別にロイの顔は引きつり、ククルは少し嬉しそうであった。
「十軍......」
明らかにロイは面倒くさそうだ。
氷の入ったグラスを傾け、白ブドウをゆっくりと味わっている。
「あの~......十軍って何かヤバいんですか?」
「あぁ......まぁある意味......」
「はっはっ、確かにヤバいなあそこは」
「十軍は僕と一緒に本部から出てきた人たちですよ」
ククルの言葉でユウキはピンときた。あの酔っ払いとその妹である。
「あの酔っ払ってた......」
ユウキとロイは目を合わせ無言で頷いた。
確かにある意味ヤバそうだ。
直接話してはいないがカスミさんでさえも面倒くさそうな対応をしていたため、不安になってしまう。
「まぁ仕方ないか......」
ロイは諦めてステーキを食べ始める。
クールな印象に合うゆったりとした食べ方。
綺麗に切り、一つ一つの動作が美しい。
「巨大化は魔物化の影響と思われているからくれぐれも慎重にな」
対象的にバクバク肉を食べ、酒を飲むギルバ。
そんな男らしい動作を眺めながら、ユウキの頭には”魔物化”という言葉が引っ掛かった。
「魔物......」
ククルも同じ部分に食いつき、飲もうとしていたジュースを口元で止めた。
「と言っても下級クラスだからビビるこたぁねぇ。お前らなら大丈夫だ」
酒も入って上機嫌なギルバは二カリと笑ってみせた。
下級クラス。
ユウキが目覚めた時に襲われた緑の化け物、通称”ゴブリン”がこれに当たる。
オオカミやイノシシなどの危険な生き物も存在するがそれらは野生動物であり、該当しない。
基本的に下級クラスは訓練兵なら余裕で倒せるレベルだ。だからと言って不安なことに変わりはない。
「ギルバさんは一緒なんですか?」
「ん?いやぁ俺は他の仕事があるからな。すまんが付いていけねぇ」
「一応総司令だからな」
「一応ってなんだ!」
はっはっはとギルバは大きく笑う。
「歳だからもう降りたいんだが許してくれねぇんだよな」
酒を飲むスピードは変わらず少し心配になってくる。
少し悲しそうな目をしているギルバの年齢はそれほど高くは見えない。
三十代ほどだろうか、それでも現役でやっていけそうである。
「ギルバさんほど強い人なんていますか?」
ククルは肉を小さく切りながらギルバに聞いた。
熱いのか何度も息を吹きかけてから口に入れる。
「そうだな......七軍のカスミとか、四軍の阿国とかはもう俺と大差ないだろうな」
少し考えて出された名前にユウキは少し驚いた。
(カスミさん......強いとは思ったけどまさか総司令クラスだったなんて......)
驚いたがならず者を瞬時に倒した時を思い出し、ユウキは納得した。
「それと最近入ったルナ、あいつにも超えられてる気がするな」
ハハハと笑うギルバと対照的にユウキの胸は締め付けられた。
ルナの名前だけが強調して聞こえ、頭の中で何度も反響する。
「ルナさん、聞いたことはあります。凄い強いって。訓練成績が過去最高って聞いたけど本当なんですか?」
「あぁそうだ。流石に俺も驚いたな」
黙りこくるユウキをよそにギルバとククルは盛り上がっている。
それとは逆にユウキの心の中は冷たくなって嫌な気分になってくる。
(なんでだろう......自分でも良く分からないけど......何度も経験したような気がする。気がするだけ......だけど......)
ズキッ
”流石ルナさん”
”ルナさんはやっぱり違うなぁ”
小さな痛みの後、また声が聞こえた。
老若男女、様々な声。
その全てがルナを褒め称えるものだった。
(今のは......嫉妬......?)
”なんでお前なんかがルナと付き合ってるんだよ”
(うるさい......僕も頑張ってるんだよ......)
頭の中に直接響く声に苛立つ。
誰かも分からないし明確な記憶が蘇るわけでもない。
それでも不快でどうしようもないほどざわついた。
「ユウキ?」
「......!」
ロイの声にユウキはハッと顔を上げた。
ギルバとククルは変わらず、話が盛り上がっているが、ロイだけはこちらの変化に気付いていたようだ。
「ごめんなさい、少しボーっとしてしまって......大丈夫です」
「そうか......」
ロイはそれ以上聞いてくることはなかった。静かに隣で食事を続けている。
”落ちこぼれ”
”恥ずかしくないの?”
「......」
ズキズキと頭が痛む。声がうるさい。
”ーーーーーーぜ?”
”ーーーーる”
聞こえない。聞こえない。
痛みと声に耐え、ユウキは歓迎会を過ごした。
話しかけられれば笑い、質問にも答えた。それでも頭の痛みは続き、どれだけの時間を過ごしても胸の違和感は消えず、痛みも引くことはなかった。
”ーー兄ーーーーーー!”
最後に聞こえた、小さな少女の声が、その日の夜までずっと耳に残った。