星夢の導き
「セレナ...どういうことだ」
「どういうことって...兄様に会いに来たんですよ?」
座り込んでいた二人は驚きのあまり立ち膝になり、鋭い目つきでセレナを見つめた。
よく見ると足の部分が少し透け、地面から浮いている。純白のワンピースはうっすらと光り、二人はすぐに霊体であることを理解した。
「兄様、元気にしていましたか?」
「あぁ...」
少し困惑気味ではあるがヲルタナは立ち上がり、セレナへ歩み寄った。
さらさらと綺麗な黒髪も透き通るような青い目も生きていた頃と変わらなかった。
六年前にいなくなった時は六歳。見た目も雰囲気も当時のまま成長していない。つまりいなくなった直後から魔族化していたことになる。
それからの長い時間をどう過ごしたのかは想像し難い。ただ、今はそんなことなどどうでも良かった。
「わっ!兄様?!」
ヲルタナはセレナを抱きしめ優しく頭を撫でた。小さな体を覆い尽くされたセレナは驚きの声をあげた。
強く引き寄せられつつも優しい兄の温もりにセレナは安心を覚え、そっと目を閉じる。
セレナの幼い時の記憶に両親はいない。物心ついた時にはヲルタナと二人で生きていた。
地上に出て仕事を終えると暗い地下に戻る。まるで虫のような生活でもセレナは幸せだった。
楽しい時も悲しい時もヲルタナが側にいたことで笑えた。こうやって頭を撫でてもらうだけで元気をもらえた。
それだけでも嬉しかったが誕生日にはワンピースや髪飾りなどをプレゼントしてくれる。
周りからは恐れられているがセレナにとっては自慢の兄なのだ。
「兄様」
「...ん?」
「この状態ってしばらく続くそうなんです。だからセレナ祭りに行きたいです」
バッと顔を上げたセレナの目は輝いていた。自分が霊体であることを楽しんでいるようにも見える。
空中に漂うように浮くセレナは無邪気で明るかった。もう死んでいるのに生き生きという言葉が合うほど元気だ。
早く早くと急かしているセレナを前に二人にはある疑問が生まれていた。
「続くそうって...誰かにそう言われたのか?」
ユウキはその問いに頷きセレナの返答を待った。
「うん。名前は分からないんだけど綺麗な人にそう言われたの」
「綺麗な...?」
「あ、えーっと...でも顔は見てないの...」
ヲルタナとユウキは顔を見合わせ首を傾げた。だが、セレナ自身も何かを思い出そうとしている。
「あの人は白い鎧を着てて...兜で顔は見えなかったけど凄く綺麗だったの」
とにかく綺麗だということを強調していた。長い髪のような装飾に細く美しい鎧。場所は白い靄のような何も見えない所だった。
セレナの説明は細かく、とても嘘を言っているようには見えない。
とにかく不思議な体験をしたと納得するしかなかった。それに、いくら長いとはいえ時間制限はある。
ピピピピ
「あ、ごめん僕のだ」
言葉も途切れ、少しの沈黙の中ユウキの機器が鳴り響いた。閉鎖された地下では甲高い音は余計に大きく聞こえる。ユウキとセレナは体を震わせて驚いた。
ごめんねと一言だけ残しユウキは二人から少し離れた。
”あ、ユウキ?今大丈夫?”
「うん、大丈夫だよ」
通話の相手はユキだった。小さめの声で答えるとユキは続きを話し始めた。
”あのね...ちょっと手伝ってほしいことがあるの。詳しいことはここで話そうと思ってるんだけど...良い?”
機器に送られてきた情報には城の近くに目的地が設定されていた。急な話ではあるがヲルタナとセレナを二人にする口実が出来たので了承することにした。
「分かった良いよ」
”本当?ありがとう。じゃあ待ってるね”
そこまで答えて通信を切ると小走りで二人の元へと戻った。
「ごめん。ちょっと呼ばれちゃって...すぐに行かなくちゃいけないんだ」
「なんだまた面倒ごとが起きてやがんのか」
「なんかそうみたい」
帝国領内で起きた事件を解決することも軍の仕事なのだ。酔っ払いに強盗に喧嘩と危険になればなるほど軍の者が呼ばれることが多い。
ヲルタナもそれを分かっているのか明らかに面倒臭そうな顔をしている。
「大変、兄様も行った方が良いのではないですか?」
「えっ!いや大丈夫。僕だけで良いって言われたんだ」
手を大きく振って否定しセレナの言葉を止めた。そもそも二人きりにしたいのにこれでは意味がない。
本当に大丈夫ですかと不安になっているセレナに大丈夫と何度も言い聞かせた。
ヲルタナは何かを察したのか余計なとボソッと呟いた。
「だから代わりにヲルタナのことを頼みたいけど出来る?」
「...!はい、兄様のことは任せてください」
「おいそこ、俺様を子供扱いするな」
優しく語り掛けるとセレナは嬉しそうにそう答えた。仕方ないんだからと満更でもなさそうだ。これだけでも二人の仲の良さが分かる。
「じゃあヲルタナ、僕はもう行くね」
「..........あぁ」
急ぐ振りをしてその場から早々に立ち去る。少し強引だが兄妹で充実した時間を過ごしてもらいたい。
帰り道は行きとは違った風景だった。周りに咲く花は来た時よりも輝いているように見える。
きっと再会した兄と妹を祝福しているのだろう。
...それにしても...全然力になれなかったな...
思い返してみれば一緒にいただけで大したことも言えなかった。
暗がりの階段を上りながら少し憂鬱な気分になった。フィールになんて言おうか。
せっかく期待してくれたのに何も出来ませんでしたと素直に謝るしかない。
重い心境とは裏腹にユウキは目的地に向けて駆けていた。
薄暗い地下を出ると空はもう暗くなっていた。星と月が綺麗に輝き、街は街灯で彩られていた。
月...そういえばあのコインってなんだったんだろう
眼前に広がる景色はちょうどあのコインと一致していた。三日月の周りに星が並び、こちらを嫌というほど照らしてくる。
雲一つない夜空に衝撃を受けユウキの足は止まる。
”今もこんなにも想うほど...あなたで溢れたい”
幻想的な世界を飾るQの絵とマヲの歌。ゆったりと心地よいリズムでどこか寂しい歌だ。
魅入ってるのはユウキだけではなく子供も遊ぶのを止めて聞き、大人は何かに思いを馳せているようだった。
「あ...急いでるんだった」
ぼーっとしていた自分に気づき再び足を早める。人々の間を抜けて転送装置へと近づく。
目的地は城の入り口。そこに飛んでから向かえばすぐに会えるだろう。
転送装置を操作して項目を選ぶ。一瞬だけ光に包まれるとそこはもう賑やかな城下町とは離れた場所にいた。
城の入り口には誰も居ない。いつもなら警備兵がいるのだが祭りのせいで休みなのだろうか。
そんなことを思いつつユウキは外周に沿って歩き出した。この辺りは先ほどの貧民層とは真逆に貴族階級の者が住む場所がある。
言うまでもなく今回の待ち合わせ場所はそこだ。ほんの数分だけ歩くとすぐに賑やかな声が聞こえてきた。
優雅で静かな楽器の音ときっちりとした服装で食事を楽しんでいるのが見えた。
野外にいる人でも多くの人がいる。そして、建物の中では踊っているような光景も見えた。
「えーっと...あそこかな...?」
人目につかないような建物の裏に進んでいくと暗がりに一人の女性が立っていた。
「ユキ?」
「あ、ユウキ!」
ユキはこちらに気がつくと小さく手を振ってきた。
「ごめんね急に呼んじゃって」
「ううん、大丈夫だよ。それよりもどうしたの?」
「えーっと...うん...そのね」
ユキは目を泳がせ少しだけ言葉を詰まらせていた。しかし、やがて意を決したように話し始めた。
ユウキの元に一歩近づき、真剣な目でこう言った。
「あのね...誘拐を手伝ってほしいの」
「え........?」
突拍子のない言葉にユウキは言葉を失った。




