それぞれの花
リンネにとって花は癒しの存在であった。
きちんと育てれば蕾を開き、綺麗な色を見せてくれる。そこに感情はなくとも美しさだけはある。
人間とは違う。人は見た目こそ変わらないが中身に個性が現れる。
恋することも、恨むことも、正も負もそれぞれの中で育まれていくのだ。
決して表には出ない。見えることはない。
自分自身でも分からなくなることがある。それが感情というものだ。
神秘的で美しい色を見せる時もあれば、禍々しくどす黒い色になることもある。
そんな良さも悪さもあるからこそ羨ましいと思い、時にそれが悲しいと思ってしまう。
こんな第六感覚なんてなければ気づくことも悩むこともなかった。
花の世話を終えたリンネは自室に戻り普段着へと着替える。
きっちりとした服装も良いが街に出かける用の服も好きなのだ。どんな風に組み合わせるか、どのような物を持つかによって無限にも思えるような楽しさが見つかる。
黒のショートパンツに上は白。最近城下町で流行っていると言われている上着を羽織り、いくらでも入る魔法のポーチ型バッグを身に着け鏡の前でポーズをとってみる。
金髪のツインテールが白とよく合い、流行の上着は半透明で腕が少し見える。
涼し気で爽やかな仕上がりに自然と笑みがこぼれてしまう。
自分でもイケている様な気がして嬉しくなり、リンネは軽やかな足取りで部屋を出た。
自分だけに聞こえる小さな鼻歌を歌い、階段なんて飛ばしながら下りていく。
ピピピピ
歩きながら機器を操作しユキに通信を繋げる。
”あ、リンネちゃん?どうしたの”
「いきなり連絡してごめんね~。自由時間になったからお店回ろうと思って、良かったらユキちゃんと一緒に行きたいな~って」
”もちろん良いよ。私も今一人だから一緒に行こ~”
「えへへありがとう~」
”今南側の広場にいるから転送機器の近くに向かうね”
「オッケー、じゃあまた後で」
通信を切ると一層軽やかなステップで城外へと飛び出す。
「ふわぁ...!!」
窓から見ていた何倍も美しい街がリンネを出迎え、どこからか歌も聞こえてくる。
見渡す限り彩られた景色に心が躍り、転送装置へと走り出す。
南地区の項目を選び、広場を探す。軽く押すと体は光に包まれ、一瞬の眩さの後に目の前は城下町の真ん中に変わる。
飛び交う接客の声、網で焼かれた肉の匂い、老若男女が笑顔で話し合う光景にリンネも楽しくなってくる。
毎年この時期は誰もが手を取り合い、年齢を気にせず楽しめる。その中には当然特別な感情が生まれる者もいる。
あ~あの人とあの人良い感じだな~
たどたどしい動きの二人には緊張、初恋、不安、嬉しさ、楽しさと実に多くの感情が見られる。これだけたくさんの人がいてもあそこだけは目立ち、店の人も茶化すほど丸分かりであった。
人の数だけ見えるものが違う。リンネからするとここは花畑と変わらない。
「カスミちゃん~あの人って~」
「ん?あぁリンネか」
「...?あ、カスミ様、エリー様。お久しぶりです」
ぼーっと眺めることに集中しており、背後から近づく二人に気がつかなかった。それでも体に染みついた所作から丁寧なお辞儀で対応する。
「仕事中ではないのだから楽に接してくれて構わないのに、君は真面目だな」
「癖と言いますか...なかなか抜けなくて...」
小さく笑うカスミにリンネは微笑みで返した。
「それにしても~リンネさん超おしゃれ~」
エリーに上から下までジロジロと見られ、褒められたことも相まってリンネの顔は赤く変わる。
「そ...そうですか~?」
にやける口をモゴモゴと動かし、無意識に髪をいじる。全く嬉しさを隠せていない。
「今はこういう服が流行っているのか...私には分からないな」
「カスミちゃんったら遅れてる~」
「お前も普段と変わらない格好だろうが」
周りの若い女性はリンネと同じような半透明の上着を羽織り、刺繍や帽子で一工夫を加えている。
一方カスミとエリーは鎧と黒いローブで見た目よりも戦闘を意識した服装をしていた。
「せっかくだからさ~カスミちゃんもおしゃれにコーデしてもらえば~」
「私がか...?」
「リンネさん、お願いだよ~」
「全然問題ないですよ。むしろやらせてほしいです!」
戸惑うカスミを置いてけぼりにしてエリーとリンネは盛り上がっていく。赤く燃えるような髪にはこれが似合うとか、逆に可愛い系も見たいとか本人の意向を無視した提案が飛び交う。
「リンネちゃんお待たせ。あ、カスミさんとエリーちゃんもこんにちは」
白熱する二人と困り果てたカスミの元へユキが到着する。
「ひっ...!」
獲物を見つけたかのようなリンネとエリーの目に思わず声を漏らす。後退りをするよりも早く寄り付かれ、あっと言う間に捕獲されてしまう。
「ユキちゃん、待ってたよ」
「ふふふ~捕まえた~」
「ちょ...待って...何か怖いよ...!!」
ユキの服装も普段と変わらず白を基調をした戦闘向きの服であった。つまり、リンネとエリーにとっては格好の獲物なのだ。
「そうだ~私良いこと思いついちゃった~」
「奇遇ですね、私もですよ」
視線をユキとカスミの交互に移し、二人はニヤリと笑った。
「カスミさん...どういう状況ですか...助けてください」
「すまない...私にはどうにも出来そうにない...」
抵抗することも諦めたカスミとユキはズルズルと連れられていく。
お互いにどこに向かっているのか分からずただ顔を見合わせて苦笑いをするしかない。
「カスミちゃん~あそこに行くよ~」
「ユキちゃん、急だけど付き合ってもらうね」
「なっ...!」
「え...えぇぇ!!」
ほんの一、二分の移動で目的地へと辿り着き、店を見ただけでユキとカスミは驚きの声を上げた。
四人が辿り着いた先は帝国領でも一、二を争う服屋であった。流行の最先端を常に歩き、”精霊の歌姫”マヲが来るくらいに名のある店である。
ぐいぐいと強引に店内に入れられ最早逃げるタイミングなどなくなっていた。
「おぉ~すご~い」
「こんなにたくさん...!」
見渡す限りの服、帽子、アクセサリー。無難なものから少し奇抜なものまで何でも取り揃えられている。
「これだけあればコーデ出来そうだね~」
「よーし、じゃあ始めよう」
「な...なに...何が始まるの」
「おいエリーなにを企んでいる...!」
笑っているリンネとエリーが振り返り、自信満々に宣言した。
「題して、ユキちゃんカスミちゃんコーデ対決!!!」
「.......え」
「.......は」
リンネとエリーは睨み合い、ノリノリでポーズまで決め始めている。厨二臭い二人を他所にユキとカスミはもう何も言う気力なんてなかった。




