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完璧で超人で最強の元カノ  作者: Leica/ライカ
第四章 帝国祭編
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忍びと祈り

<帝国軍領 城内>


(あね)様」

「.......なんですか」

「キーク様も伊織様も三時間くらいお札作ってますけど飽きないんですかね」

「いいから仕事をしなさい」


城内は衛兵も出払い静かになっていた。だからといって仕事がないわけではない。


リンネとノアも夜の部で配る食べ物やお札を運ぶのに勤しんでいた。


「あ~外は楽しそうですね~」


重い籠を三つ同時に運び、城下町に見える花や飾りについつい本音が漏れてしまう。


「全部運び終えれば遊びに行けるんだから早く運びなさい」

「姉様の第七感覚で運んだ方が早くないですか~」

「そんなに連続で使ったら魔力切れで死んでしまいますよ」


ノアは無表情で運んでいるものの、一つの籠を持つだけでよたよたとおぼつかない足取りになっている。


「それにしてもやっぱり伊織様とキーク様って本当に仲が良いですよね~」

「........」

「姉様はどう思いますか」

「......別になんとも思いませんね」


キッチンで作られた食事を入り口に運ぶまでの間には小さな礼拝堂がある。


簡易的に作られているが中は綺麗で他の部屋とは違った雰囲気である。


普段はキーク総司令が祈りをする時にしか使わないが今日のように特別な日には、祈りを込めた札を配るため部屋中に魔法が展開されていたりする。


キークは一つ一つ丁寧に祈りを込め、伊織が札を箱にまとめる。


願わくば魔物を退き、安寧の日々を暮らせるように。一刻も早くそんな世界になるようにと魔力を込めて祈っていく。


伊織は正座のまま微動だにせず、キークの丁寧な動作を観察していた。


「伊織、祭りに行かなくて良いのか」

「........」

「そうか」

「.........」

「..........」


お互いに最低限の言葉しか話さない。それが二人の日常であった。


「今年の屋台は例年よりも気合いが入っているそうだな」

「.........」

「そうだな、お前の好きな焼き菓子もあると良いな」

「........」


祈り終えた札を伊織に渡し、休みもせず次に取り掛かる。一枚作るのに数十秒かかる作業をもう三時間も続けている。


それにも拘わらずキークは微塵も疲れを見せない。


「...........」

「あぁ、大丈夫だ。君の方こそ疲れてないか」

「..........」

「そうか...やはり、少し休憩しようか」

「...!」


自分の答えとは真逆の返しをされ伊織は首を振った。


「やっぱり疲れたから休もうと思っただけだ。それとも、こんな老いぼれを酷使する気かな」

「....!!」


キークは小さく微笑み、目を丸くしている伊織を見つめた。


「隣の部屋に菓子と茶を用意しておいてくれるか。これを片付けたら向かう」

「.......御意」


伊織は小さく呟くと音もなく姿を消した。


かすかに礼拝堂の扉が音を鳴らす程度で伊織本人の動きは追えない。


歴代の総司令の中でもこれほど動ける者はいない。そもそも人間において最速とまで言われている程だ。


誰にも追いつけないどころか気づけば首元に刃を突きつけられる。


長らく共にいるキークも知らないことは多いが、実力があるのは確かである。


先日も魔族と会敵したにも拘わらず、市民を全員生還させたばかりだ。


部下を失ったとはいえ序列三のジャックを相手にして生きて帰れるのは流石としか言い様がない。


キークは札を一枚一枚箱に収め枚数を確認する。作り置きしておいた分を含めて約五千枚。


既に十分な量だと思われるのでここで作業を終わっても構わないだろう。


城内に残っている者も自由時間に移ってもらい、祭りを楽しんでもらいたい。


トントン


「失礼します。キーク様、作業は順調ですか?」

「あぁ、今しがた終わったところだ。すまないがこれを運んでおいてもらえるか」

「お任せください」

「それと...作業は終了で良い。君も自由時間に移ってくれて構わないよ」

「承知しました。キーク様もお疲れ様でした」


コンパクトな箱をリンネに手渡しキークは隣の部屋へと向かった。



礼拝堂の隣は少し違った雰囲気の部屋であり、シャンデリアが綺麗に部屋を照らしている。


「座っていてくれても良かったのだが、すまないね」

「........」


部屋の中央に置かれている長テーブルには入れられたばかりの紅茶とマカロンが用意されていた。


高級そうな椅子を引き、伊織に座るように促す。照れたようなおどおどした動きで伊織は一瞬固まるも遠慮がちに座った。


広めの部屋に二人きり。隣同士でも会話はあまりなくキークは黙々と紅茶を味わう。


伊織は口元を覆っていた布をずらし小さな口でマカロンを頬張る。


紅茶は自分で入れたものだがマカロンはリンネが作ったものである。噛むたびにレモンの味が広がり、それが紅茶とよく合う。


飲む食べるを何度も繰り返すとまた違った味わいに気付く、なんとも不思議なものである。


「美味いな」

「.......はい」


普段は声も発さない伊織が感想を述べたことにキークは少し驚いた。


だがその気持ちは理解出来る。


「........」

「........」


無駄な言葉を交わさない、目線も合わせない。しかし、二人の間には紛れもない絆が見て取れる。


扉の窓から中を眺めるリンネには、少なくともそんな風に見えた。


「リンネ、仕事は終わったのですか」

「はい、頼まれたものは全て運び終わりました」


礼拝堂を眺めていたリンネは振り返ってそう答えた。


「......?何か私の顔についていますか?」


相変わらず無表情であるがノアも疲れが溜まっているようだ。ただでさえ体力がないのに何度も往復していたのだから当たり前である。


「いえ、なんでもないですよ~。それよりも姉様、もう作業は終わりで良いそうですよ」

「そうですか。それなら私は最高司令の元へ行きます」

「え~一緒に食べ歩きしましょうよ」

「申し訳ないですが他の方と行ってください」

「え~...分かりました」


去って行くノアの背からは嬉しさが滲み出てきた。と言っても普通の人なら気づくことはないだろう。


ノアもキークも伊織も感情表現が豊かな方ではない。リンネの目は透明に変わり、細かく感情を読み取っていた。


嬉しいとか楽しいとか、側にいるだけで穏やかな気持ちになれる関係には憧れる。


私にもあんな人がいたらな~


戦闘には全く活用出来ない第六感覚ではあるが意外と使える場面は多い。


しかし、周りの感情を読み取る内に気がついたことがある。自分に対して特別な気持ちを持っている人がいない。


夫婦や恋人、仲の良い男女。それ以外にも子を見守る親やライバル関係など多岐に渡る感情の中に自分はいなかった。


それが寂しくて羨ましくて、いつからか憧れてしまっていた。


有名な詩や物語、歌の歌詞にも感情が見えることがある。


嬉しさも悲しさも今生きている人よりも過去の人間が積もりに積もらせたものの方が色濃く映り、輝いて見える。


だがその中でも恋をしている者の感情は生きている人間の方が強く、第六感覚が使えない人でも気づくほどだ。


見えれば見えるほど自分に向けられていないことに悲しんでしまう。


「むぅ...おらぬのう...どこにいるのじゃ」


飾られている花を確認しながら歩いていると目の前から小柄の女性が近づいてくるのが見えた。


目立つ赤いマントと目、サラサラの白い髪をなびかせたその女性は誰かを探しているようだった。


部屋の中を覗いては次の部屋に移り、廊下を忙しなく動いている。


「マリー様ですか?」


「にゅわっ!!」


真剣な表情で考え込んでいたマリーは驚き、咄嗟に後退る。



「驚かせて申し訳ありません。誰かお探しですか?」


丁寧な対応と笑顔でマリーを迎え、子供に話すような優しい口調でそう言った。


「む...まぁ探しておるが...お主、他に聞くことはないのかのう?」


「えーっと...?」


「お主は分かっておるじゃろう。妾が魔族だということを」


「はい。存じております」


「何故ここにいるとか聞かぬのか」


「結界を超えたこととかですか...?」


「そうじゃ」


リンネは少し首を傾げ、不思議そうな顔をする。


「確かに帝国軍領の周りには魔物を阻む結界がありますが...序列一のノブナガ、そして序列二のマリー様には効果がないと考えられています」


「なるほどのう...」


「はい。ですが現状ではノブナガは確認されていませんし、マリー様も安全と判断されています。なので特に不思議なことでもありませんよ」


常識だと言わんばかりに冷静に言葉を続けてくる。


「ほう...妾が安全と...今ここで暴れても良いのじゃぞ」


いたずらに笑うマリーに対しリンネは優しく微笑んだ。


「それでも構いませんよ。あの方が何て言うか分かりませんが」


「むう...」


マリーは困ったように眉をひそめ、そっぽを向いてしまった。頬を少し膨らませ、ここだけを見たら普通の子供と大差ない。


「今の時間なら屋上で瞑想しているはずですよ」


「やれやれまた瞑想かのう...」


仕方がないといった表情から嬉しさが隠せない程溢れている。今すぐにでも走り出しそうな雰囲気を察知しリンネは気を利かせた。


「私はまだ仕事があるので案内出来ませんが...」


「いや、場所が分かっただけでも助かったのじゃ。ありがとうのう」


魔族であることを忘れる様な優しい笑みを残しマリーはその場から姿を消した。


静まり返る廊下に残されたリンネは少し複雑な心境であった。


現在確認できる中で最強と呼ばれているマリーでさえも煌々と輝く感情を持っていることに驚いたからだ。


人と変わらない見た目、もしも心も同じであるならば人間は一体何と戦っているのか。


あ~私にも良い人現れないかな~


難しいことを考えようとしたがすぐに止め、花の世話を再開した。

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