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完璧で超人で最強の元カノ  作者: Leica/ライカ
第四章 帝国祭編
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なによりも大切なもの

<エルの森>

師匠が馬の手配をしてくれていたため、到着は意外と早かった。誰とも会うこともなく、目的の森で馬から下りる。


他の採取者も今日は準備に忙しいようで、どこにも移動用の馬が繋がれていない。採取用のバッグも忘れていないし、準備は万端だ。馬を木に繋ぎ、頭を撫でる。


「少し待っててくれ」


茶色い毛並みをなびかせ、動物特有の純粋な目がこちらを見ている。しばらくすると頷き、ゆったりと頭を下げた。


「早く探そうか...」


静かで涼しい。木々の間から日光が射し、奥に向かうほど辺りは暗くなっていく。ここに来た時のことが懐かしい。


あの時はまだギルバさんもいたし、ククルも元気だった。それが今となってはすっかり変わってしまった。


共に過ごした八軍は再編成中となり、ロイは現在どこにも所属していない状態だ。


「ん...」


歩いている途中、ふとした瞬間でも声が漏れる。出したくもないのに、それに腕が震える時もある。


魔の病と呼ばれるのも納得だ。日常の時ならまだ良いが真面目な場面や静かにしなくてはいけない時でも動くので嫌な顔をされることが多い。本当に難儀なものだ。


チチチチ、ブルルル。


森の中に進むほど動物の鳴き声が聞こえてくる。


目的の果実が近い証拠だ。甘い匂いと味によってどんな生物も虜にしてしまう奇跡の果実。


不思議とエルの森でしか育たず、取りすぎないように注意しなければいけない。今回の採取数は五個。


「あれだ」


暗く生い茂った森の中を歩き続けていると開けた場所へと出た。赤く透明な見た目。


太陽を反射して煌びやかに光り、存在感がある。周りの木々とは違って木の高さは低く、腰ぐらいまでしかない。


屈んで採取しないといけなく、触った瞬間プルプルとした感触が伝わる。このゼリーのような独特な触り心地が奇跡の果実と言われる所以だ。


ゆっくりと引くだけでとれ、二つ、三つと鞄の中に入れていく。周りにいる鹿やリスも互いに分け合い、この神秘を味わっている。


少し前まではここも危険な状態だったのに、楽園のように静かになっているのを見るとあの時のことは無駄じゃなかったと思える。


四つ、五つと鞄の中に消えていく果実を見つめる。


ミルはこれで作られたお菓子とか好きだったな...


子供の時は旅商人が持ってくるお菓子を楽しみにしていた。漁村では食べられないような珍しいもの、高価なもの。


その中にこの”エルの果実”を使ったお菓子等があった。甘くて柔らかくてゼリーにしてもアイスにしても美味しかった。


特にミルはこのお菓子に目がなく、二人で食べている時もこちらの分まで食べたそうに見てきていた。その度に分けて、ありがとうと微笑んでくれるのが嬉しかった。


「.......」


ピュイ!

ガウッ!!


ゆったりとくつろいでいた動物たちが突如走り出し、食べかけの果実が地面に転がる。警戒するように甲高く鳴き、一斉に辺りは混乱状態へと陥った。


「そこにいるのは誰...?」


ゆっくりと立ち上がり木々の方へ振り返る。暗く、少し先も見えない。


採取し始めてから気配は感じていた。だんだんと足音が近づきそこから出てきた者。


白いフードを深く被っており顔は分からない。


「...........」

「それ以上近づくな」


異様な雰囲気を醸し出す人物に咄嗟に武器を抜き警戒する。相手は何も持たず、ただこちらに向かって進むのを止めない。


「.........」


しばらくして立ち止まり、相手は右手をゆっくりとこちらに向けてきた。小さく華奢な指。


「......」

「.......!」


女性が拳を握ると同時に白い杖が作り出されていく。


<神聖魔法:聖印の槍撃(ホーリーランス)


白く輝く粒子が槍の形になり、ロイ目掛けて突き進んでくる。精巧な見た目をしており、模様まで綺麗に作りこまれている。狙う部位も頭、腕、足と五体全てを破壊しようとしている。


「問答無用か...」


<絶夢:五月雨>


右足を一歩引き両刃剣を握りしめる。まずは顔に向かってくる槍を弾く。続いて両刃を加速させ右左交互に振り、ほんの一瞬で全ての魔法を弾き消した。


「..........」

「その魔法...」


「くふふふ...」

「......!?」


森の中からもう一人の人物が現れる。白く塗られた化粧と赤い鼻。


「初めまして、ロイ君」

「お前は...?」

「私のことはロキとお呼びください」


赤く光った目。口を横に開き、薄気味悪い笑みを浮かべている。体の奥底から感じる不快さは言葉に出来ない。


絶対的な悪であることは間違いない。そんな魔族が自分の名を知っていることにも不快で仕方がない。


「何故名前を知っているのか...と言いたそうな顔ですね」

「.........」


一瞬も油断してはいけない。手、足、目線どこからも警戒を解いてはいけない。直感でそう感じた。そんなロイの反応にもロキは楽しそうに微笑んだ。


「どうしてか...知りたいですよねぇ?」


そういうとロキは謎の人物のフードに手を伸ばした。茶色の長く綺麗な髪。


「ミル........!」

「..........」


赤く光る眼光がこちらを無感情で眺めている。


一日も忘れたことがない。六年前に村ごと焼き払われた時、ジャンヌに連れられ姿を消した。


幼少期を常に一緒に過ごした彼女を忘れるはずがなかった。弱く、いつも自信のなかったミルの表情は冷たく変わっており、オレンジ色の綺麗な目は虚ろで赤くなっていた。


「このような感動的な再会。どうです、嬉しいでしょう?」

「.......何が言いたい」


含みのある笑み。どことなく嘘くさくて裏があるようにしか見えない。


「やれやれ...お見通しですか...。なら手短に言いましょう。私は、あなたと取引をしに来たのです」

「取引...?」


「えぇ、簡単に言うと私たちに協力してほしいのです」

「嫌だと言ったら...?」

「そんなこと言えませんよ、あなたなら...ね」


「ろ.......イ........?」

「...?!」


虚ろだった目の片方に光が宿り、無表情だった顔に感情が戻った。こちらへ伸ばす手も助けを求めるような弱々しさになり、体を動かすのも困難に見えた。足を引きずり、右目からは涙が流れている。


「ろ...イ.......ロイ........」

「ミル!!」


気が付いた時には駆け寄り、抱き寄せていた。


「ズッと...会イ...たカった...」

「あぁ...俺もだ」


いつまでもこうしていたい。ずっと願っていた相手に出会い、二人の心はこれまでにないほど充実していた。


「彼女は魔族化に成功した貴重な人物でしてね。意識を戻せば人間と変わらないのですよ」


ロイはハッと我に返り剣先を向ける。一瞬とはいえ警戒を解いてしまっていた。もしもこれが罠だとしたら、まんまとハマったことになる。


横目でミルの表情を確認する。震えたままロキを見ているということは、本当に意識があるのだろうか。


「魔族...」

「えぇ、彼女はもう立派な魔族なのですよ」


信じがたい言葉を聞き、ロイの手は震えた。それが病のせいなのかは分からない。今手にしている体温も、見つめている目も、人類の敵だと考えると心がざわついた。


「人間に戻す方法があると言ったら...どうしますか?」

「...!」


「その表情...良いですねぇ」


子供がおもちゃを見つけたような笑い、それでいて邪悪な雰囲気が混ざり合っていた。


「カーラシティについてはご存じでしょうか」

「.........あぁ」

「あの場所に行けば人を魔物にする方法も人間にする方法も分かるのですよ」


テラから話を聞いたことがある。カーラシティにはこの世界を変えるほどの情報が眠っていると。だが、カーラシティを囲む障壁を破る方法は見つかっておらず未だ調査は出来ていない。


「あそこに行く方法でも教えてくれるのか...?」

「その通りですよ」


常に笑っているが嘘を言っているようには見えない。裏があるのは確かだがそれを追求する術もない。


「どうすれば良い?」

「あの障壁は四つの神殿によって保たれているのです。ですからそこに赴き効力を失わせれば、自ずと道は開けるということです」


大陸内に神殿があることは知っていたが扉などは開かず、ただそこにあるだけの建物といった印象が強い。幼少期は村の伝統として貢物を捧げる程度であり、帝国領でも特別扱いするものはいない。そもそも距離が遠く、知らない人さえいるのだ。


「あの場所が開けばあなたの望むものが手に入る...」

「お前らが望むものもか...」


「えぇ...その通りですよ」


パチンと指を鳴らすとミルの目はまた虚ろに変わり、体を預けていたロイを思い切り突き放した。

「くっ...!」

「人間に戻らなければ声をきくことも、姿を見ることもないですからね」

「待てっ!!」


空間が歪んで裂け、先の見えない暗闇が二人を包み込んでいく。ミルもなんの抵抗もしていない。冷たい目線でこちらを見上げ、流していた涙は赤く血に染まっていた。


「期待していますよ。それではまた」


<絶夢:五月雨>

立ち上がると同時に刃を地につけて跳躍する。絶対に逃がさない。たとえ魔族だろうと取り返す。それが生きる意味、目標だからだ。


「くふふ...」


素早く放った五連撃は空を斬り、草や花が宙を舞った。


「くそ.......」


しばらく固まり、うなだれる様に地面を殴った。草の感触と共に手のひらにはまだミルの思いが残っているようだった。助けて、苦しいと魔族でいることに苦痛を感じているようだった。


胸にかけたお守りに手をやり、ロイは目を閉じた。


ロキの目的は分からない。それでもミルを救うには協力するしかないのだろうか。


カーラシティに到達すれば人類は存続するのか、はたまた滅亡の道へ進むのか。ロキのあの表情からすると、無事に済むとは思えない。


魔族に手を貸すとはそういうことなのだ。だが、ロイの心はずっと前から決まっていた。


あの日村を襲われた時から誓った。


たとえ...人類を敵に回したとしても...必ず助ける

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