面影
「忙しいのに悪いね」
「いや、試作品を試す機会が欲しかったからちょうど良い」
表情はそれほど変わらないがウキウキと楽しそうな感じは伝わってくる。
「テラさん嬉しそう」
「ね...」
少し嫌な予感もする。副作用の酷い薬を飲まされたり、強いショックを与える機械を使われたらどうしようか。そんな不安が渦巻く。
「少し準備がいるから待て」
そう言ってテラが取り出したのは小型のボールのようなものと小さなバッジ。
「なにそれ~?」
「説明するよりも試した方が早い、ほら」
手渡されたバッジは黒くて少し冷たい。無地でひし形でほんの少し魔力の反応がある以外は至って普通である。
「それは服に近づけるだけで装着出来る。やってみろ」
言われた通りに胸元辺りに近づけ手を離してみる。すると落下もせず、かと言ってピタリとくっついている訳でもない。着けた部分で浮遊しているという表現が正しい。
「これで出来るはずだ」
先ほどからボールに魔力を込め続けていたテラが手を掲げるとバンという音と共にボールは四方に砕けていった。
「これは...?」
「わ~光ってきてる~」
四方に飛んだ破片は光輝く壁を形成していっている。大きな半球に囲われていく光景に目を奪われていると不意に自身の身体にも変化があることに気が付いた。バッジから淡い青色が溢れ出し、全身を包むように広がっている。
「流石だねテラ。こんなに早く完成させるなんて」
「ふん、無茶な頼みをしておいて言うことはそれか」
「あの、テラさんこれは何ですか...?」
「そうだな、名付けるなら魔力体とでもしておこうか」
「結構安直な名前だねぇ」
「うるさいぞ。安直な方が後続の研究者も混乱しない」
天心のいたずらな言葉にも睨みながら返答し説明を続ける。
「このフィールド内だけだがお前らの体は魔力だけで構築されるようになる」
「魔力だけでですか...?」
「そうだ、魔力体の状態では普通の肉体と違って疲れや空腹を感じなくなる」
「おぉ~凄い~」
各々は腕を動かしたり、手を握ったりしてみる。魔力体とは言っているが違和感はない。むしろ暑さなども感じないので快適である。
「それと、最大のメリットは死なないことだ。だから手加減も必要ない」
「死なないんですか?」
「あぁ、魔力体は鎧のようなものだ。本体に影響は出ない」
テラは鞄からナイフを取りだし、その鋭利な刃をためらいもなく喉に近づけていった。ナイフが喉を掻き切った瞬間パキンという音と共に青い光が四散し、すぐにテラの元へと集まって消えた。
「おぉ...」
「平気なんですか?」
「あぁ」
テラの喉は傷一つなく綺麗であった。根本まで刃が刺さったはずだが血も出ていない。
「これで疲れもせず、本格的な訓練が出来るね。テラも参加するかい?」
「そんな面倒なことするわけないだろ。データを取るだけだ」
「じゃあテラ総司令~私と一緒に座ってよ~」
「お前も参加しろ」
「えぇぇぇ...」
グダリと背を丸めるエリーの気持ちは理解出来る。これから始まるのは訓練という名の休み無い実験なのだ。その証拠にテラの目は生き生きと邪悪な光が宿っている。
「最初はカスミ君対ロイ君ユキ君のペア。エリー君とユウキ君は僕と一緒にやろうか」
「わかりました」
「ユウキ君~私は見てるだけで...」
「だめだよ」
「ダメです」
「ふえぇぇ...」
天心とユウキに同時に否定され逃げ場は完全になくなってしまった。二人を見上げる赤い目はキュッと細くなり不満げである。
ふむ...どんな結果になるか見物だな
わいわいと楽しそうになっている皆を見つめ、テラは魔力で作った椅子に座る。
訓練でこいつらに強くなってもらうのも重要だが...この魔力体を実戦で使えるようになれば...
足を組み、前のめりになって考え込む。人間と魔族との差は単純な戦闘力以上に再生力が鍵になっている。どれだけのダメージを与えても再生し、少しでも息があれば異空間に逃げ込んでしまう。序列八ぐらいまでなら一撃で仕留められる人物はいる。だが、それ以上の者を殺せなければ被害は収まることはない。
しかし、この魔力体が実戦でも使えるようになれば犠牲者を減らせるようになるのだ。根本的な魔族の根絶とはほど遠いがないよりは良い。
「よーし.......ユウキ君頼んだよ~」
「エリーさんも頑張ってくださいよ」
「えぇ~」
「話してる余裕があるみたいだから手加減せずにいこうかな」
「............」
軽口を叩いていたエリーに視線を向けるとプイッと横を向いて知らない振りをしている。片や天心は、本当に手加減しなさそうな雰囲気を醸し出してきている。気合いだけで地面が揺れ、立つのも苦しいのに睨まれて体が強張る。
「君達の課題はとにかく反応速度を上げること。徐々にスピードを上げていくから頑張ってね」
「頑張ります...」
「ふぇぇ..........」
休息の一時はすぐに終わり、訓練場はまたも殺伐とした気で満たされていく。魔力体によって遠慮が必要なくなったため訓練は過酷さを増していった。剣の振るう音、地面を蹴る音、魔力体が何度も弾けて四散する音。
ふむ...
天心の剣技を何度も受け続けるユウキとエリー。エリーはやる気がないように見えるが実力は折り紙付きである。特にサポート能力。特段目立った攻撃手段や魔力を持っていないがあの魔法。神聖魔法以上に使い手がいない混沌の力。
地面や物体だけでなく空間さえも支配してねじ曲げてしまう性質は目を見張るもものがある。現に今も天心が現れそうな部分に罠を設置し、反応すべき箇所を絞っている。
魔力こそ少ないが魔法の使い方は上手いな
続いてテラの目線はユウキへと移る。天心の攻撃を幾度も受け、たった数分しか経っていないのに今ので三回目の四散を迎えている。
天心から聞いた時は嘘だと思ったが...あいつの第六感覚がまさかな...
使い手の少ない。厳密に言えば習得しにくい第六感覚は数多くある。自身の得意な第六感覚はすぐに習得出来るが、感覚の問題なのでどうしても無理なものはある。その中でもユウキの第六感覚は得意とする者でも会得出来ないという希有なものであった。
「くっ...!」
「ユウキ君~!!」
ユウキの場合は他の第六感覚とは違って能力の成長に伴って身体能力も向上しないため苦労するのが目に見えている。
苦しいだろうな...
「休んでいる暇はないよ」
「はい...!!」
「ユウキ君、無茶はしないで~」
やはり...伝承の通りだな
ボロボロになるまで吹き飛ばされ、少しも歯が立たないユウキの姿はとある人物に重なっていた。帝国軍の中では知らない人はいない、英雄として今も語り継がれているレイルウェイ。そんな彼女とユウキは同じ境遇に立っていた。
絶大な力を持ち、魔族の脅威を跳ね除けた英雄。彼女もまた、最初から英雄たる実力を持っている訳ではなかった。
「ぐ...」
「ユウキ君~!!!」
未来を見る力を持つ者は、その他の能力が著しく低い傾向にある。体力も魔力も目立たず、強力な能力も持ち合わせていない。あまり戦闘向きではないため、ほとんどの者は己の道を閉ざしてしまう。
だからこそ...あいつには期待してしまう
「...........」
「ユウキ君~!!!!」
未来を切り開く可能性を...
「テラさん笑ってる...」
「何か思いついたのかな?」
「害のある実験じゃなければ良いが...」
薄く不気味なテラの笑みをロイ達は不安げな表情で眺めていた。




