科学者テラ
<目覚めてから半年後>
夕日が差す訓練場にユウキは佇んでいた。
ガチャ
手にしたボウガンを二つに折り、丸い筒のような部分に矢を装填していく。
カチリと元に戻し狙いを定める。
ピピピ
距離80メートル。風はなし。
矢の着弾点は的の周りをチラチラと動いている。
「ふう......」
ユウキの右目に装着された機器がこれらの情報を表示していた。
小さく息を吐き、止める。
ボウガンの揺れは止まり矢の軌道が定まった。
ダダダダンッ!
トリガーを引くと同時に、五本の矢が発射された。
反動はなく、矢は驚くほど一直線に飛んでいった。
ピピピ
「全弾命中......」
視界をズームし、的を確認する。
80メートルも先の中心に五本の矢が綺麗に刺さっていた。
パチパチ
「ふむ、上出来だろう」
「テラさんいたんですか」
いつの間にかユウキの背後で見守っていた女性が拍手を送る。
白衣に身を包み、ボサボサと白い長髪、小さくて可愛らしい割に目は鋭く、黒いクマが出来ている。
「どうだ、何か違和感はあるか?」
「特にはないです」
ユウキは右目から機器を外し、テラへ渡す。
メガネ...とは言いがたい不思議な形状をしている。
十字で花のような見た目、ただそれだけで引っかける部品もない。
原理は不明だが魔法の応用らしく、目元に当てるだけで装着が完了する。
取り外しも自由だし長く着けていても不快感がない。
「ふむ......特に問題もないし大丈夫だろう。武器も見せてみろ」
「あ、はい」
手渡したボウガンと矢をテラは地面に置いて分解していく。
両手で持てるほどシンプルなのにも拘わらずその性能は高い。
ボウガンは二つに分解することが出来、折り曲げた所に矢の装填部分がある。
五連分の矢の束を入れることで、内部で回転し高速で高威力、かつ無反動での発射を可能にしている。
(半年か......)
テラの作業が長いのでユウキは周りに目を向けた。
広大な訓練場はガラリと空いているが普段はたくさんの衛兵で賑わっている。
(この世界でも夕日は綺麗だな)
夕日を眺めていると急にしみじみとした気分になってしまう。
ユウキは自分の左目に手をかざす。相変わらずこちらの目は見えない。
それに右耳も聞こえないことが分かっている。
多分目覚めた時から聞こえてなかったが焦りで気づかなかったのだろう。
最初こそ戸惑ったが今ではもうすっかり慣れてしまった。
このメガネのような機器は、武器をカチャカチャといじっているテラが作った物である。
魔法が存在するこの世界では物体に魔法を付与する技術がある。
これもその応用らしく、普通の人なら感覚的に使える基礎的な魔法が込められており、魔力で距離を測ったり、ズームしたり、音も探知出来る。
そのため目と耳の不自由は気にならない。
「おい、なに考え込んでるんだ」
いつの間にか作業が終わっていたテラがこちらを見上げている。
目と声のせいで少しばかり怖い。
「ありがとうございます」
「礼は良い、お陰で良いデータが取れたからな」
萎縮したまま受け取るとテラはニヤリと笑った。
研究や実験のことになると人が変わり、普段は表情一つ変えないのに、こういう時だけは楽しそうな感じが伝わってくる。
ブツブツと独り言を呟き何かしらのメモを取り終えるとテラはこちらに向いた。
「それとお前の所属する軍が決まったぞ」
「本当ですか?」
「あぁ、そろそろ訓練も十分だろう。お前は、”第八軍”ギルバ総司令の下へついてもらう」
「”第八軍”ですか」
訓練を終えた兵はそれぞれ別の部隊へと配属されていく。
領土を守り、治安を治める警備兵。
更にその上の重要な人物や建物を守るための衛兵。
最期に魔物や魔族の討伐を目的とした軍兵。
ユウキが選んだのはその中の軍兵であった。
「ギルバの元ならそれほど危険な任務もないだろう。頑張れよ」
テラさんの目は鋭くこちらを見ていた。応援されているのに、睨まれているような気がして怖い。
「分かりました。頑張ります」
それでも、感謝の意を込めて、ユウキは返事を返した。
それを聞きテラは小さく頷いた。
「武器とかに不備があれば"第十軍"本部まで来い」
テラは鞄から地図を取り出しユウキに渡した。
地図には大まかな場所と自分の位置が記されている。
「さて、私は研究が残ってるからこの辺で失礼するよ」
「はい、色々とありがとうございました」
テラは後ろ姿で手を振り、そのまま去って行った。
残されたユウキは、ボウガンを小さく畳み腰に装着する。
渡された地図を開き”第八軍”本部の場所を確認した。
軍への配備、やっとスタート地点にこれた。
同時期に志願したルナはもう前線へ出て功績を挙げているようだ。
(僕も頑張らなきゃ......)
この世界を理解し、元の世界に戻る方法を探すには軍へ入る方が色々と都合が良い。
そうルナは言っていた。
確かにその通りで大陸の状況、魔物、歴史、様々な情報を得ることが出来た。
元の世界に帰ることもそうだが記憶を取り戻すことも重要だ。
残念なことに目覚めたあの日から記憶が戻ったことはない。
思い出そうとしてもひどい頭痛がするだけで、何も進展はなかった。
とりあえずルナと話すことを当面の目標にしよう。
何か情報を持っているかもしれないし、記憶を思い出していればそれも聞きたい。
そのためには成果を残さないといけない。
(えーっと......今がここだからあっちかな......)
地図の中にある小さな矢印はぐるぐると回っている。
目的地の八軍の方角を見つけ、ユウキは顔を上げる。
(よし.....行こう)
決意を胸にユウキは第一歩を踏み出した。