意思
「てめぇ...他人事みたいに言いやがって!」
ヲルタナはユウキの胸ぐらを掴み、憤怒の表情で迫り来る。
「く...!」
喉元が締め付けられ呼吸が出来なくなる。フィールが抑えられなかったものをユウキが抑えられるはずもない。
「ちょっと止めてよ!」
「仲間割れは美しくないよ!」
フィールがヲルタナを羽交い締めにし、ユキの力で腕から振りほどく。
「げほっ...!けほっ...!」
「ユウキ大丈夫?」
「離せ!そいつを一発ぶん殴らねぇと気が済まねぇ!」
「そんなことをしている場合じゃないだろう!」
「ギイッ!」
唐突に太陽が遮られ、四人がいる場所は暗くなる。
「なっ...?!」
魔物は右手だけで地面を押し、空高く跳び上がっていた。巨大な腕によって太陽の光は途絶え、狙いすました攻撃は止まらない。
「ユウキ、下がって!」
<闘魂:拳鬼>
ユキは全力で地面を蹴り上げ真っ向から立ち向かった。自分の何倍、何十倍もある拳に細身の腕で対抗する。
青い魔力を纏った魔物の攻撃、ユキの拳に宿る赤いオーラ。両者の攻撃が合わさった時、神秘的な光景が広がった。まるでオーロラ、一面に広がる星空。キラキラと光り、色鮮やかな粒子が尾を引いて広がっていた。
「ギギ...イイ!」
「く...う...!」
バチバチと閃光が走り、空中で二人の動きは止まっている。
「はああああ!」
ミシッ!
「...!」
ユキが腕を振り切った瞬間、左手から鈍い音が聞こえた。
「イギ...!」
しかし、攻撃を逸らすことに成功し、魔物は遙か後方に吹き飛んでいった。
「っ...!」
「ユキ!」
左腕を押さえているユキの表情は少し苦しそうだ。血が滲み、地面に滴り落ちている。
「平気...大丈夫だよ」
「イ...ギイ...」
飛ばされた魔物にもダメージが通っている。腕をワナワナと震わせ、自分が飛ばされたことに驚いているようだった。
「ヲルタナ、これで分かったでしょ。彼女を殺さなきゃ被害は増えるばかりだって」
「黙れ...」
「それとも妹さんにはそういう存在でいてほしいってこと?」
「黙りやがれ!」
またもヲルタナは胸ぐらに掴みかかってくる。しかし、二度も同じ手は食わない。掴まれた腕に全力で抗い、持ち上げられることを阻止した。
「魔物化した人は元に戻せないんだよ。だからもう...僕たちが止めるしかないの!」
「...」
ヲルタナの腕にはほとんど力が入っていなかった。こちらを見る目も明らかに変化している。本当は分かっているものを認めたくない、そんな無意識の防衛本能。しかし、ユウキの声で目覚めかけている。魔物化したものを戻す方法なんて分からない。
本当はもう、分かっている
「ギギ...ギイイ!」
小さな頃からヲルタナには母はいなかった。父も酒に溺れ、スリや恐喝、自分の力で全てを奪わなくちゃ生きられない。ならず者達の住処は日々そんな過酷な状態であった。
”兄様、また今日も喧嘩したのですか?”
帰ればいつも彼女の笑顔がヲルタナを向かえてくれた。
”兄様、本当にこんなものを私に?”
貧相な暮らしの中でもヲルタナは妹のために生きていた。誕生日には溜めたお金で城下町に赴き、スイーツや服、髪飾りなどを買ってきた。
”ありがとう兄様、私一生大事にしますね”
満面の笑みを見せる彼女がヲルタナの生きる支えだった。
「ギイ...ギ」
ヲルタナは魔物に目を向ける。白いワンピース。少し汚れているが自分がプレゼントしたものだ。青い髪飾り。飾りのないシンプルな作りだがセレナは大事に使ってくれていた。
「あいつは大切な妹だ...殺すなんて...」
妹が行方不明になって六年。情報を掴むために帝国軍に所属し、やっとの思いで再会した。それなのにこんな終わり方だなんて認められなかった。
「ヲルタナ、妹さんを放っておけばきっと誰かを殺すことになるよ。そうしたら殺された人の親は、兄弟は、どう思うの?」
「...!」
「皆君と同じように悲しむ。そんな人を増やすのを彼女が望んでいると思っているの...?」
「ギ...ギイイ...」
ヲルタナはもう一度魔物に目を向けた。変わり果てた姿、原型のない顔。もう人の言葉を話せない。
「セレナ...」
今どんな気持ちでいるのだろうか。優しく、血の気のあることは苦手としていた彼女があんな姿になり果て、一体何を思っているのか。
あんな姿でも生きたいと思っていたら。元に戻りたいと願っていたら。
くそくそくそくそ...どうしたら...
”私は兄様の選んだことなら信じます。兄様は私のヒーローですから”
そうだ…あいつは…
ヲルタナは手を離し、ユウキに向き直った。
「ユウキ...あいつを止めるのを手伝ってくれ」
「もちろん」
ヲルタナは武器を抜いて振り返る。まだ完全に覚悟が決まった訳じゃない。あんな姿になってもセレナの意志を感じる。
「ギイイイ!!」
魔物は咆哮しこちらへと這いずり始めた。ただ目の前にいる人間を殺す非情な生き物。
ヲルタナの後ろにユキ、ユウキ、フィールが立つ。相手は元人間。そして仲間の家族。
「セレナ、今…お前を救ってやる」




