第七感覚
<午後7時>
「美味しい!ユキちゃん料理上手いね~」
「旨い...!」
「そ、そうですかね」
肉じゃが、サバの塩焼き、味噌汁とご飯。ユキはテキパキと手際よく調理し、綺麗に盛り付けていった。見た目もさることながら味も一級品である。褒めちぎる二人にユキは笑みをこぼす。
モグモグ
無意識に美味しいと言ってしまう。ちょうど良い味付けの肉じゃがをメインにご飯が進む。そして飽きないようにサバの塩焼きを口に運ぶ。箸が止まらない。ユウキもQも時間を忘れて食事を楽しんでいった。
「ぷはー」
「凄い美味しかった」
「あっと言う間に...凄い...」
完食のスピードに驚きつつもユキは嬉しさを隠せなかった。そんな三人の周りをQが召喚した精霊が素通りし、皿を片付けていく。
緑とか青とか、多種多様な色の形容しがたい精霊達。片付けと同時にお茶や饅頭をテーブルに並べてくれる。そのタイミングで先ほどまでだらけていたQが姿勢を正した。
ズズ...
お茶を少しだけすすり、こちらを眺める。
ユウキとユキは饅頭を口に頬張っている。何を隠そう、今回の饅頭は栗饅頭なのだ。丸ごと入れられた栗とモチモチで厚い皮、噛むのに少し力はいるが栗の口に残る甘さが良い。
「二人共、第七感覚という言葉を聞いたことはある?」
食べていた手を止め、二人はふるふると首を横に振った。Qはテーブルに指をつきそこから魔法を発動させる。黒い文字と絵が描かれ、Qの説明に合わせて変化していった。
人間には色んな感覚があるの。
視覚、聴覚、触覚、味覚、嗅覚。ほとんどの人間が持っているこの感覚はまとめて五感と呼ばれてる。
そして...この感覚には先がある...。
第六感、この感覚が強いと物事を細かく感じ取ることが出来るの。見なくても背後の人物に気づいたり...ヒントもなしに正しい道を選べたり...ちょっと珍しい人だと死者が見えたり...。これは全員が持っている感覚で特別な訓練なんかも必要ないの...ただそれが強いか弱いかは別として。
そして...第七感。さっきの第六感は外界に対して鋭くなっていたのに対してこっちは内面。この感覚が強いと自己の気持ちや記憶、眠った力に気がつくことが出来るの。
そこまで話し、Qは饅頭を少しかじる。ユキとユウキは描かれた文字と図を眺めていた。
ふう...それでね、第七感覚は他の感覚と違って訓練で身につけたり強く出来たりはしないの。発動にはそれなりに危険も伴うし、必ず発動出来るとは限らない。その代わり...絶大な力を得ることが出来る...魔族に対抗出来る程のね。
「...?!」
「...」
ユキは目を見開いた。魔族に匹敵する力。あのマリーの姿を思い出し、内に秘められた強大な力に畏怖した。
強烈で凶悪な存在に対抗出来る希望、ユキの拳に力が入り少しだけ笑みを浮かべた。一方ユウキは明確なビジョンを得ていた。強大な力もそうだが自己を見つめる能力、つまり第七感覚を得れば記憶が戻るかもしれないのだ。
記憶が戻れば帰還する方法も分かるかも...?危険を伴うとか言ってたけど...。
ぎゅっと唇を噛みしめた。
だからなんだ...ルナに追いつくためには絶対に習得しなきゃダメだ、生半可な気持ちでこの軍に入ったんじゃない。危険なんてもとより承知だ。
キッとQを見つめる。その視線に気づいたQは薄く笑って返した。
「第七感覚の発動にはどうしたら良いのか聞きたい顔だね...?」
ユウキは見つめ続けた。ユキは期待の眼差しでいた。
「良いよ、別に隠す気なんてないから教えるよ」
Qの言葉に呼応して文字や図が広がっていく。
「第七感覚の習得に必要なものは二つ」
Qの小さな指が二本立てられる。
「一つ目、第六感が限りなく高まっていること。二つ目、死にかけること」
Qの言葉に場は静寂した
「ふふ、二人とも驚かないんだね」
Qはお茶を少しだけ飲んだ。そして落ち着いた声で続きを話し始める。
さっきも言った通り、第七感は自己を見つめることで強力な能力を得ることが出来るの。じゃあ人が最も自己を見つめる瞬間はいつなのか...。それは…死にかけた時。
忘れかけた記憶も蘇り、思考は今までで一番活性化する。だから死にかける必要があるの。
理解出来たのかQは視線を送った。二人は無言で頷く。
第七感覚は大まかに四つに分類されてるの。
・武装型
武器や鎧を召喚したり、特殊な攻撃をするもの。
・強化型
自身の身体能力を大幅に強化、もしくは形状を変化させるもの。
・永続型
一度発現すると効果が切れないもの。
・特殊型
効果があまりにも強力、もしくは他のものに分類し辛いもの。
見てもらえれば分かると思うけど分類はそれほど多くないの。そして発現者のほとんどが上二つに収まってる。
特殊型も希に確認されるけど永続型は本当に数えるほど...。少なくとも今の帝国軍では”第十軍”のテラしかいない。
「テラさんだけ...」
「そう」
「この分類って意図的に習得出来たりはしないんですよね...?」
「うん、出来ない。完全に運任せな上に一人につき一つしか習得出来ないの」
なるほど...ギルバさんの第七感覚は鎧を纏って化身を召喚していた...だから武装型...?
命を懸けて刻まれた記憶を思いだし、ユウキは少し憂鬱になる。訓練を積み、死にかけた瞬間の力、それでも魔族に届いていなかった。
ユキもユウキも何となくお互いの方針を見定めた。魔族に届くかどうかも分からないが覚えないことには前には進めない。
Qはお茶を飲み、二人を見つめた。
「君たちは私と一緒に前線に出てもらう。死ぬ可能性もあるけどそうじゃなきゃ意味がない。出来るね?」
優しく語りかけられたのに心の奥底まで刺さった気がした。
出来るのか...そんなの決まってる
「はい!」
二人の返事が部屋に響く。それを聞いてQは笑ってみせた。
「さーて、話も終わったしお風呂でも入ってこよ~」
精霊もQのコップと皿を片付けている。トタトタと走り去るQを眺めてユキは饅頭を手に取った。
モグモグ
「...」
「...」
二人は沈黙していた。ユキが食べる饅頭の音と精霊達が洗い物をする音しか聞こえない。
「ねぇ...」
「あのさ...」
不意に重なる声に二人はしどろもどろになった。
「良いよ先に」
「いやいやユウキこそ」
お互いに譲り合おうとおろおろしている。手を振り、そちらがそちらがと続ける。
「ふっ」
「ふふっ」
何度か同じやり取りをした後、自然に笑いがこぼれてしまう。
「なんか...こんな風に穏やかに話せるのもいつまでなのかなって...」
ユキは悲しげな顔を浮かべ、饅頭を食べる手を止めた。
「ユウキは...ギルバさんの最期を見たんだよね...」
「うん...」
「...」
「...」
「実はね、私も同じように守られたことがあるの...」
俯いて話すユキを黙って見つめ、静かに続きを待った。
「六年前にさ...魔物が村に来た時に私のお父さんとお母さんが...」
ユキの手が若干震えている。声も冷静を装っているのが見え見えであった。
「その時は戦う力なんてなくて逃げることしか出来なかったの」
ユキの言葉に大いに同調出来た。あの日、ギルバを見つめることしか出来なかった自分と一緒だ。
「結局私と姉さんしか生き残れなくて、なんで私なんかが生き残ったんだろうってずっと思ってたの」
悲しそうな声を一瞬漏らすもすぐに平静を装った。少しも顔を上げず淡々と話し始める。
「でも、姉さんは違った。もうこれ以上悲しむ人を増やしたくない!って言って、次の日には帝国軍に入っちゃったの」
少しだけ笑みを浮かべ嬉しそうな顔をしていた。
「だから私も今まで頑張ってきたんだ」
ギュッと声に力が入った。
「でもやっぱり誰かが死んじゃうのを聞くと頑張れるのか分かんなくて...今は姉さんも落ち込んでるし」
明るいユキの顔が暗く、俯いたままであった。
「…」
「…」
「ごめんね、急に暗い話しちゃって」
「いや、聞けて良かったよ」
「…?」
顔を上げたユキの目は少しだけ潤んでいた。
「僕も…自分の頑張りに自信を持てないことがあるから…」
ロイもユキも魔法は使えないがそれぞれの長所がある。ロイは両刃剣というほとんど使い手がいない武器を使い、華麗な剣技で敵を倒していた。
ユキは己の拳を使い豪快な戦闘を行う、その圧倒的な力は頼もしく、安心して射撃に集中出来た。その上周りを気遣う優しい心の持ち主でもある。
ククルも魔力量が多く将来を期待されている。ルーミさんは魔力こそ少ないものの貴重な回復魔法が使える。
それに比べて自分は...
右目に付けられた機器がなければ日常生活でさえ困難を極めていただろう。この世界では珍しくボウガンを使えるがそれも他の武器、魔法が使えないだけであり、その矢も他の人の助力があってこそだ。そして、肝心の戦闘も誰かが前にいなきゃ思うように戦えない。
自分の力ではない。何も自分で成し遂げていない。
そんな嫌な気持ちを押し殺し、ひたすら努力してきた。恵まれている人を見る内に自分が惨めに見え、こんなに悩んでいるのは自分だけなのではと考えるようになっていた。だけど違った。
「僕は...追いつかなきゃいけない人がいるんだ...でも、出来る気がしなくて...」
ルナに追いつくと目標を立てたものの先が思いやられる。目立った功績を残す所か心を病みかけた。本当に出来るのか分からない。ルナに追いつき、記憶を戻し、この世界から帰還する。
「出来るよユウキなら。何となくだけど私はそう思う」
笑顔でユキはそう言った。
ズキ
”俺は信じてるぜ、お前が出来るって”
「ユウキ...?」
時たま不安になることがある。出会って間もない二人もそこだけは共通していた。嫌な時に胸の内を話し合える、そんな仲間。
この声も...きっと...
「そうだと良いな」
「ふふ、自信を持てば大丈夫だって」
ユキは笑ってくれた。
「お互いに頑張らなきゃね」
「そうだね」
「前衛は任せて、全部殴り飛ばすから」
「それは...怖いな」
二人の会話を精霊達は暖かい目で見つめていた。




