歴史
<帝国軍領・図書室>
「うーん...」
ユウキは本を手に取り適当にめくっていく。何の変哲もない童話だ。大昔の魔物と人間の戦いが記されている。
剣聖 レイルウェイ
今なお残る伝説の英雄。魔族の侵攻を防ぎ、カーラシティの封印に貢献した人物である。絵からでも伝わってくる剣技と美麗さに思わず目が釘付けになってしまう。
長い髪を揺らし、風を味方に付け、太陽さえも彼女に加勢しているような迫力を見れば伝説に残った理由がよく分かる。
だが、彼女は封印のためにカーラシティへと向かい帰らぬ人となった。それが英雄の最期。なんとも悲しいものである。
ユウキはそっと本を閉じ、本棚へと戻す。
ギルバの死から二日後。
ユウキは悲しみから逃げるように何かに没頭していた。帝国軍領を散歩し、様々な景色を見た。疲れたら食べ歩きをして、また夜の街を歩く。ただなんとなく歩いているだけで嫌なことを忘れていた気になっていた。
今日は図書室に引きこもり、片っ端から本を読む日にした。内容を読まなくてもペラペラと手を動かしているだけでも良い。
とにかく何かに没頭していなければすぐに泣いてしまいそうだった。
窓の外はまだ日も高く、広場には人だかりが出来ている。それもそのはずだ、今は避難民が溢れ、皆食べるものにも困っている。
あの日、近辺の村と砦が同時に攻撃されてから難民が後を絶たない。凶暴化した動物のせいで避難も困難である。救助の兵を動員してるものの帝国軍領の警備も手薄に出来ない。
居住区、食料もさることながら、生き残った者の心の問題も山積みであった。そして口々にこう言うのである「六年前の再来」だと。
「六年前...」
ユウキは膨大な本が並ぶ図書館にいた。橙色のランプがちょうど良い明るさで本を照らしている。ユウキはその中から目的のものを探していた。
多大な本は綺麗に整頓されており、なぞった指にしっかりとした感触が伝わってくる。しばらく探していると赤色の本に目が止まった。ユウキはゆっくりと引き抜き表紙を眺める。
<帝国軍の歴史>
表紙にはそう書いてあった。ユウキはパラパラとページをめくっていく。古い本の独特な手触りと香りがユウキを誘った。そもそも帝国軍の歴史を記しているものが赤い表紙になっているのは不思議である。
1882年 帝国軍の創立
1923年 義勇軍の創立
1925年 帝義戦争
1927年 魔物の発生
1928年 義勇軍壊滅
1956年 魔族の出現
1957年 カーラシティ封印
2222年 魔族封印
2563年 大陸内爆発、地形変動
2568年 魔物活性化
2569年 魔物沈静化
書かれていた年表に目を通し、ユウキは考えた。今は2574年。ちょうど六年前に魔物が活性化している。ユウキは更にページをめくり詳しい状況を調べた。
<2568年 帝国軍領襲撃>
今から六年前、それまで沈静化していた魔物が急に活発化した。長年姿を現さなかった魔族も多数現れ、村、砦、帝国軍領さえも脅威にさらされた。
広大な帝国軍領を守ることで精一杯となり、ほとんどの村や砦は壊滅。総司令や兵も犠牲となった。防戦一方の中、レオ最高司令の作戦で魔物を蹴散らす結界を張ることに成功。しかし、魔族を抑えることは出来ずレオ最高司令は死亡。当時”第一軍”であったQの活躍により事態は収束へと向かった。
Qさん...
ページをめくっていた手が止まる。間一髪の所で助けてくれた恩人の名が書かれていた。
”ごめんね私がもっと早く来てたら...”
Qは悲しそうな顔でそう言っていた。責める要素なんてどこにもない。むしろ砦の防衛を終えた後、馬車でも半日かかる距離に駆けつけただけでも十分過ぎるのだ。
元”第一軍”、今は”第三軍”。そんな彼女でも自分の出来ないことに後悔し、悲しんでいた。そもそもあの魔族に対抗なんて出来なかったユウキには受け止めるだけの出来事であった。
変えることを諦めていた。見つめて信じることしか出来なかった。その事実に気づいてから自分の無力さが許せなくなった。
本を握る手に力が入る。
<ネロ最高司令>
レオ最高司令の後継。混乱した帝国軍領の復興に尽力した。自身の警備を街の警備に回し、村や砦への援助を増加、魔物の侵攻を防ぐための結界を強化した。
ふーん...
歴史の勉強が好きなユウキはのめり込むように文字を読んでいった。まだまだこの世界について知らないことも多い。過去の情景なら尚更だ。
パタン
ユウキは本を閉じ、元の場所へ戻す。六年前の再来。帝国軍領はその言葉で持ち切りであった。気になっても聞けるような状況でないので自分で調べに来たのだが...。
帝国軍領だけ攻撃されていないのはおかしい。つまりまだ攻撃が続く?
魔物がいつ責めてくるか分からない。緊張、不安、根拠のない恐怖が住人を襲っていた。警備は固められているものの長引けば長引くほど消耗していく。いつ攻めてくるのか分からないほど厄介なものはない。
どうしよう...
現在、”第八軍”は解体、再編成中となっている。ロイの武器は破損、使い手も少なく予備もないためしばらく戦闘に参加出来ない。
ククルはショックで精神的に不安定となり、ルーミさんが積極的に看病をしている。残されたユウキは次に所属する軍が決まるまで待機しているといった状況だ。
ロイもククルも大丈夫かな...
意外とよく話すロイも口数が減り、黙々とトレーニングに励んでいるそうだ。師匠の元で修行をつけると言っていたが...今度訓練場に寄ってみようか。
ククルは復帰出来るかも怪しい。ユキから聞いた話だが、元々ククルは帝国軍領に捨てられていた孤児なのだ。
保護された時はまだ赤子。しかし、有り余る魔力に目をつけた帝国軍はククルを軍に入れた。ククルにとっては物心ついた頃から一緒にいるギルバは父親と言っても過言ではなかった。
そんなギルバの死をたった十歳の子供が受け止めるのは難しい。ルーミさんがなんとか元気づけてくれれば良いのだが...。
ピリリリ
”ユウキ、今大丈夫か”
「はい、大丈夫です」
通信機からはテラの声が聞こえる。図書室での会話は厳禁だが今は自分だけしかいない。ユウキがそう答えるとテラは言葉を続けた。
”お前の所属軍が決まったぞ”
「本当ですか?」
”あぁ”
「どこですか?」
”三軍だ”
「え...?」
”それとユキも三軍に入る。仲良くな”
「えぇ?!」
プツン
「切れた...」
ユキも一緒に...というか三軍...
今回の件を踏まえて十軍が前線に出るのは危険と判断された。特にテラを失った場合の損失が大きく、今後は帝国軍領の中で監視されるそうだ。テラと行動を共にする必要がなくなったため十軍のメンバーは他軍に配属されている。
まさかユキと同じになるとは...しかも三軍に配属されるとは夢にも思わなかった...。
帝国軍の中でも三軍以上は特別な扱いをされている。他の軍は総司令と数名のメンバーによって構築されているのに対し、三軍以上は総司令単体なのだ。様々な理由があるが一人でも十分な力があること、他のメンバーがいる場合足手まといになること、この二つが主な理由である。
そんな強力な三軍に迎え入れられる。意味が分からず、ユウキは困惑した。
だけど...これは良いチャンスだ...。
ユウキはランプを消し、暗い図書室を後にした。
力を付ける...誰かを救えるくらい
悲しみと後悔を纏い、ユウキの足取りは力強くなっていた。




