託し者
「総司令の力は伊達じゃないね」
冷徹な目は細く、少し楽しそうな雰囲気を醸し出した。全く臆さずに近づいていく。相対するギルバはダラリと斧を下ろし呆然と見つめている。
「...」
「...」
沈黙する二人の距離は縮まり、ジャンヌが先に動いた。
<列聖:堕天槍>
黒炎を纏った槍が連続で繰り出される。ギルバの頭、胸、腕に迫る槍。ギルバは武器を持たない左手を上げ、槍を弾いた。ガキンと大きな音を立て、続けてギルバが斧を振るった。
<仁王:力滅閻斧>
化身と共に繰り出す攻撃は数倍の威力と衝撃波を生んだ。
「...?!」
ジャンヌは始めて防御の態勢をとり、ギルバの斧を正面から受けた。しかし、一瞬遅れて化身の棍棒がジャンヌの胴体を捉える。
メリメリと音を立て勢い良く吹き飛ばされていった。大きく宙を舞い、空中で着地の体勢をとる。軽やかな着地をしたジャンヌを見てロイとユウキは言葉を失った。
凄い...確実にダメージを与えている
ユウキの分析通り、ジャンヌの再生は一瞬ではなかった。腹の部分が再生し終わるまで数秒もかかっていた。威力が高ければ高いほど再生を遅らせられるようだ。
「ふん!」
<仁王:力滅霊斧>
「はっ!」
<列聖:異端旗>
バチバチ!閃光と金属の光が合わさる。
「凄い...」
「ギルバさん...」
右に左、上へと激しく飛ばし合い、受け身をとり武器を振るう。お互いに恐怖や痛みなど感じていないようだった。
「ぬああぁぁあ!」
「ちっ...」
ギルバの振るった斧がジャンヌの右腕を斬り飛ばした。槍と共に腕は宙を舞い、ぼたりと地面に投げ出された。
「...」
二秒、三秒数えても治らない。目に見えて再生速度が下がっている。
「ぬうっ!」
<仁王:力滅怨斧>
ギルバはそのチャンスを逃さず踏み込む。右から斧、左から化身の棍棒が合わさりジャンヌを挟んだ。
グシャ!
鎧がへこむような音が鳴り響く。ギルバと化身は攻撃の手を緩めない。血管が浮き出るほど力任せに叩き付けていく。地面がボコボコにへこみ、ジャンヌはされるがままだった。
「はあああああ!」
<仁王:力滅覇斬斧>
打ち上げられたジャンヌを空で捉え、黄金のオーラは斧に集まっていく。輝き、何倍も巨大な武器が形成された。完璧に胴体を斬り風圧でジャンヌは地面に叩きつけられる。
ドゴッ!
迫り来る炎もその風圧で軽く消えた。ジャンヌは地面の中に消え、姿は見えない。重苦しい音を鳴らしギルバは着地した。
「はぁ...はぁ...」
金色に輝くオーラは薄れている。化身も消えかけで弱々しい。全力を出したギルバは肩で息をしていた。
「ギルバさん!」
ロイとユウキは今にも倒れそうなギルバに近づいた。だらりと腕を下ろし、目は虚ろになっていた。血で染まった口が震えている。限界なのは一目瞭然であった。
「ロ...イ。ユウ...キ...」
陽気なギルバの様子はそこにはなかった。か細く今にも消えてしまいそうな声が二人に語りかけてくる。化身は消えていきオーラで作られた腕も消えた。残った足が必死に巨体を支えている。
「無理して喋っちゃダメです」
「諦めないでくださいよ」
もう少しで応援が来るはず。そう思っても一向に消火の気配がない。火の手は相変わらずユウキ達を囲んでいた。
「ロイ...お前なら...救えると...信じてるからな」
ギルバは血を流し、呼吸を繰り返しながら言葉を続けていく。
「ユウキ...会ってすぐに別れなんて...すまねぇな」
ユウキはふるふると首を振った。たった一日といえども暖かく迎え入れてくれたこと、今も自分にかける言葉に優しさがあることをユウキは理解していた。本当に自分のことを見てくれている、出来ることならもっと一緒にいたいと思える人物である。
「お前からは...何か気配を感じる...」
項垂れたままギルバはそんなことを言ってきた。でたらめのようには聞こえない、至って真面目に伝えようとしている。
「気をつけろ...」
足音が言葉を遮った。ロイとユウキが顔を上げるとそこにはジャンヌが佇んでいた。
「はぁ...」
がっかりした顔でジャンヌは溜め息を吐いた。腕も足も胴体も再生し、金色の髪をたなびかせている。ゆっくりとこちらへ近づき、つまらなそうな顔で右手から槍を召喚した。血を吸った槍は赤黒く、ドクドクと鼓動している。
「やはり人間は脆いな」
土埃を払い、ジャンヌはこちらに近づいてきている。ユウキもロイも動けず、ギルバは項垂れたままであった。
「ふっ...」
しかし、ギルバの笑いが漏れ、ピタリとジャンヌは立ち止まった。
「何が可笑しい」
俯いたまま笑うギルバを赤い目が睨む。囲まれた炎よりも赤く煌めいていた。
「守り切れた...」
空から大量の水が振り注ぎ、周囲の炎をかき消した。あまりの量に頭に強い衝撃を受ける。何が起きたのか分からなかったロイとユウキは空を見上げた。カラカラと太陽が光り、雲一つ無い晴天。
「あれは...?」
うっすらと目を懲らすと何か小さなものが見えた。たなびくマント、近づくにつれて正体が明らかになる。
勢いよく着地したのは...。
「無事か!」
「おぉ?また会ったねユウキ君~」
「カスミさん、エリーさん...?」
純白の鎧と赤いマント、綺麗な姿勢で剣を構えるカスミ。黒いローブに全身を包み、だらりと体を傾けているエリー。二人はユウキ達の前に立ちジャンヌから目を離さない。
「...?」
ジャンヌは咄嗟に上を向いた。カスミとエリーを少しも警戒していない。上を見上げ、目は赤く、さらに燃えるように紅くなっていった。
「三人か...」
ロイとユウキもつられて上を見上げた。太陽に被ってよく見えないが何かが近づいて来ている。
地面に降り立った瞬間、ふわりと重力を感じない着地をした。
「ギルバ耐えてくれてありがと。後は私に任せて」
ピンク色の髪がふわふわとしている。腰には筆や絵の具が付けられカラフルに彩られていた。
「ジャンヌさん、これだけ暴れたんだからもう良いでしょ?」
明るい声が至って静かに語りかけた。異様な雰囲気を醸し出す女性にジャンヌは何も答えない。
「それとも戦う?私と」
ピンク髪の女性は腕を組み、胸を張ってそう言った。小柄な体型だが妙に威圧感がある。対するジャンヌは視線を足下から顔まで動かし、やがて口を開いた。
「そんな奴らを庇って楽しいのか?」
「未来ある若者だからね、ギルバが命を懸けたのも頷けるよ」
「どうせ死ぬ」
「分からないよ?」
呆れたように言葉を吐くジャンヌにピンク髪の女性は軽い口調で返していく。短い会話を続け、ジャンヌは槍を収めた。
「命拾いしたな少年、せいぜい弱くあがくと良い」
そう言うとジャンヌの背後からビキビキと音が鳴り始めた。空間にひびが入りメリメリと黒い空間が開けてくる。光さえも飲み込むほど暗く、先が見えない。
ジャンヌは躊躇なく切れ目に手を入れ中に入っていく。ズブズブと飲み込まれ姿を完全に消すと空間はみるみる小さくなっていった。裂け目は元通りに塞がり跡形もない。
「ギルバ、大丈夫か」
ピンク髪の女性は振り返りこちらへ駆け寄ってくる。幼いようなそれでいて大人びているような不思議な人だった。右目が赤、左目が緑なのが最も特徴的である。心配そうな顔でギルバに声をかけ続けている。
「...」
「ギルバさん!」
「...!」
ロイとユウキも声をかけるがぐったりとしたままギルバは動かなかった。オーラは既に消え、出血で地面は赤く染まっている。急いで地面に寝かせると、もうギルバは息をしていなかった。目を閉じ、大きな仕事を終えたような安らかな顔をしている。
「ギルバ...さん...」
「そんな...」
何も答えない...。もう血も流れていない。数分前まで生きていた生命の火が消えた。あんなに優しく接してくれていたのに...。もっと話したかったのに...。
出会った日数こそ少ないもののユウキから想いが溢れていく。
ギルバさん...貴方は本当に強い人でした。最後に僕たちに教えてくれたこと...貴方から託されたもの...。任せてください、仇は僕たちが取ります...。
ユウキは冷たくなったギルバの右手を握った。
「テラ、こちらQ」
ピンク髪の女性は、ユウキ達から距離をとって通信を開始した。
”Q?!お前砦の方にいたはずじゃ”
「飛んできた」
”馬車でも半日以上かかる距離を...”
「それよりも避難は終わった?」
”あぁ、今馬車で送ったところだ”
「そう...」
”Q、お前が来てくれて助かった。火も魔物も手に負えてなかったからな”
「テラ...」
”どうした?”
「ギルバ総司令は...」
”...”
Qの言葉にテラは黙るしかなかった。
”ギルバだけか...?”
押し黙ってようやく出た言葉だった。テラの声色は変わっていない。しかし、先ほどよりも小さな声であった。
「そうだよ、他の二人は無事」
”そうか...”
Qはちらりとユウキ達を見た。ロイとユウキはただ呆然としている。カスミとエリーはそんな二人を慰めていた。
”とにかく撤退だ、状況を把握しないとな”
「分かった」
Qは通信を切った。




