変異
「ギィヤァァァァ!」
穴だらけの両腕をユウキに突き出し魔物は吠えた。
それと同時に魔力の塊が放出される。
大量の魔力弾はセンサーが反応だらけになるほど埋め尽くされ、次々とユウキに向かって飛んできた。
「く......!」
追尾してくる大量の魔力弾を避けるのは容易ではなく、煙に紛れて現れた魔力弾が、ユウキの横腹に命中した。
「が......は......!」
体勢を崩したユウキに魔力弾が降り注ぎ、咄嗟に地面を蹴ったユウキは横に転がりながら攻撃を回避した。
痛みに耐えながら顔を上げ、不意に魔物と目が合う。
攻撃の手が止むことはなく、甲高い音が魔物の腕から鳴り響いた。
超音波のような連続した高い音に、内臓がえぐられたかのように揺さぶられ、視界が暗くなっていく。
「くっ......!」
<幽玄:閃光の矢>
振るえる手で放った矢は魔物の目の前で光り、魔物は大きく怯んだ。
目を押さえ苦しそうな声を上げている。
ユウキはその隙をついて別の矢を装填した。
表面に刺さった後本体を内部に刺し込むことで、殺傷能力と再生阻害において優秀な矢だが、それほど本数を持っていない。
(今あるものは五本だけ......これでなんとか......)
覆い隠す腕からチラチラと見える頭を狙う。
少しずつ閃光の効果が消えて赤い目がこちらを視認してきた。
(今だ......!)
「オにい......ちゃん......」
引き金を引こうとした指がピタリと止まった。
「ギイイィ!」
「あっ......!」
薙ぎ払った腕が腹部に直撃し、ユウキの体は宙を舞った。
鈍い音と共に地面に叩きつけられ、何度も転がっている内に手からボウガンは弾かれた。
土だらけになりながらようやく止まるも、近くには燃えさかる家屋があった。
辛うじて形は保っているものの今にも崩れそうな雰囲気である。
燃やし尽くされた土台が音を立て、柱が徐々に傾いている。
(逃げなきゃ......!)
頭ではそう分かっているが腹の痛みで体が動かない。
「ぐっ......」
どろりとした血を吐き出し口の中に不快な味が広がった。
支えを失った柱は重力に身を任せ、ユウキの頭上に重なる。
「ユウキ!」
ギルバの声が聞こえ、目線が向く、ギルバは踏み込み一歩でこちらまで到達し、柱を一刀両断し大きな体で火の粉からユウキを守った。
ニカッと笑う顔が安心感を与えてくれる。
「無事か?」
「はい......ありがとう......ございます。でも......」
口元から血が垂れ、内臓が揺れて気持ちが悪い。
「テラ、ギルバだ。ユウキが負傷している。応援を一人寄こしてほしい」
”了解だが火を消すので精一杯だ、今すぐには送れない”
「分かったなるべく早く頼む」
通信機を切り、ギルバはユウキを寝かせた。
痛みのせいで体を動かすことも出来ない。
「イイギイ!」
「こいつのせいか......」
ギルバは巨大な斧を軽々と持ち上げ、肩に担ぐ、その背は寝そべったユウキからは更に巨大に映っていた。
「待って......ください。その子は......」
痛みのせいもあるが、不意に息が詰まり言葉が続かない。
頭の中では、もう助けてあげることは出来ないと分かっているからこそ、。
魔物にはかつての少女の面影は消え、ただ目の前の敵を殺すことしか考えていない。
魔物は魔力を腕に集め、圧縮している。
刹那、キィンと甲高い音と共に黒く禍々しい光がギルバに放たれた。
「ふんっ!」
瞬時に構えを変えたギルバは、眼前を覆いつくす魔力に退くこともなく、斧の先端を当て、威力を殺しながら上空に跳ね上げた。
重い金属音が響き、ギルバの巨体がやや後ろに退けられ、打ち上げられた魔力は雲を裂いた。
「ユウキ。お前の言いたいことは分かる。だがな......」
「ギイイイ!」
ギルバは背を向けたままそう言い、再び魔物に意識を戻した。
見れば、魔物の口は大きく開かれ、光が集まっている。
手を地面に埋め、砲台にでもなったつもりなのか、とてつもない魔力をその身に溜め込んでいる。
「ガァッッッ!」
咆哮と共にビリビリと雷を帯びた光線が放たれ、ギルバの目の前を塞いだ。
ギルバは右足を後ろに下げ、左半身で光線に向かい合った。
斧に力が溜められ、黒い粒子が集まった瞬間、ギルバは横に大きく薙ぎ払った。
<仁王:霊斧>
「ぬおあぁぁぁ!!」
強力な攻撃を真っ向から受け止めたギルバは一歩も引き下がらない。
(僕のせいで......)
衝撃が伝わり、ユウキは目を細める。
ギルバの大きな背を前に、何も出来ずにいることに悔しさがこみ上げ、土を握った。
「あぁぁ!!」
ギルバは斧を振りきり光線をかき消した。
光が四散した瞬間、ギルバは大きく踏み込む、十分な距離があったにも関わらず一足で魔物の懐まで到達していた。
「まマ......パパ......」
「すまねぇな......こんな世界を変えてやれなくて」
<仁王:閻斧>
振り上げた斧に赤い粒子が集まり、振り下ろすといとも容易く魔物の体は両断された。
「ギ......」
バラバラと肉片が飛び散り、魔物は再生もせず静かに砕け散っていく。
最後まで残った赤い目には恐ろしさよりも悲しさが宿っていた。
(死んだ......)
ただ泣くことしか出来なかった少女が魔物と化し、その生を終えた。
変異した瞬間を見ているからこそ、ユウキには少女の無念が身にしみて分かっていた。
「どうして......」
気がつけば涙が流れていた。
ぽろぽろと小さな粒を落としユウキは泣いた。
やっと動き出した腕で涙を拭っているとギルバの手がユウキの頭を撫でた。
巨大な斧を振るう手は優しく、ギルバはただ黙ってこちらを見つめていた。




