狼煙
<エルの森・入り口>
入り口に近づいていくと煙の出所が見えてくる。
予想通り漁村が業火に包まれていた。
「別軍もいるはずだ、とりあえず合流するぞ!」
「はい!」
急いで馬と荷台に乗り込み村の方向へと駆け出す。
急発進したことでククルとユウキは荷台で転げた。
舗装されていない草原はガタガタと激しく揺れる。
近づけば近づくほど村は地獄そのものであった。
「くそ......これじゃ間に合わないな。掴まれ!」
掲げたテラの腕から魔力が溢れていく。
神々しい光は辺りに広がりユウキ達を包み込んだ。
ふわふわと粒子が散らばり、一つ一つの残像が尾を引き始める。
「......?!」
粒子は線になり、そこで初めて馬車の速度が速まっていることに気が付いた。
(これは......強化魔法......?)
ユウキは自身にかけられた魔法をまじまじと見つめる。
センサーで細かく分析すると体の筋肉まで作用していることが分かった。
馬も車輪も魔力の手助けを得て加速し、先ほどまで感じていた揺れも収まっていた。
遠くにあった村が近づくにつれ、魔物と交戦中の兵が見えてきた。
「ギシャ!」
「うわぁぁぁぁ!!」
「助けてくれぇ!」
村の入り口では村人と魔物、そして少数の衛兵が入り乱れていた。
大勢の魔物に攻められ、彼らは為す術もなく倒され、村人にも被害が及んでいる。
「戦闘開始」
テラのかけ声で全員は一斉に荷台から飛び降りた。
センサーで感知できた敵の数は十数体、入り口だけでも早く制圧しないといけない。
<幽玄:三連雷雨の矢>
「ギィヤァ......!」
素早く放った矢が三体のゴブリンを正確に射抜き、散り散りに消滅した。
「ひぃぃい!!」
悲鳴をあげた村人はゴブリンに羽交い締めにされている。
「くっ......」
矢を撃とうにも男が邪魔で狙えない。
「ギイヒヒ!」
ナイフを喉元に当て、ゴブリンはニタニタと笑っている。
こちらが手を出せないことが分かっているようで、悪知恵だけは働くようだ。
「僕に任せて!」
ククルは前に出て魔法を詠唱し始めた。
体から青い魔力が溢れ、地面に手をつく。
次第に青い紋章が描かれ、マントがヒラヒラと舞った。
<水魔法:水竜の鉤爪>
ゴブリンと男の真下から青い爪が生まれた。
鉤爪のように鋭い爪がゴブリンの手足を拘束する。
「ギ......ギギ」
「うわぁぁ!」
身動き一つ取れずに固まるゴブリンは、悪あがきで男を道連れにしようとするが、ナイフは腕の拘束のせいで動かない。
固定されたゴブリンの頭を狙い、ユウキは引き金を引いた。
<幽玄:風輪の矢>
風を切る音が鳴り、ゴブリンの頭を吹き飛ばした。
間近で破裂した返り血が男の頬を染めた。
「ひぃ!」
男はぺたりと腰から座り込み、恐怖の目でユウキを見た。
「大丈夫ですか?」
「あ......ありがとうございます......!」
わなわなと震えた声でお礼を言いユウキの手を引いて立ち上がる。
足は震え、倒れそうな所をククルが支えた。
「ここは危険です避難しましょう」
ユウキとククルに支えられ男は馬車へと連れられる。
周りを見渡すとテラ、ロイ、ルーミ、ユキによって魔物は殲滅され、村人がそれぞれ保護されていた。
全員大きな怪我はなかったが、先行していた兵の被害は酷かった。
鎧は貫かれ、最後まで村人のために戦っていたのが見てとれた。
「テラ......総司令......」
「大丈夫か?ルーミ、こっちに来い」
一人の兵が今にも消えそうな声でテラを呼んだ。
潰れた手足から血が止まらない。
胴体も風穴が空いている。
助かりそうにもない兵は言葉を続けた。
「逃げてください......魔族が......」
「おい!」
「テラさん......」
「......」
動かなくなった兵を地面に寝かせ、テラもルーミも黙り込んだ。
「いやぁあぁ!!」
燃えさかる炎の村にまだ生存者がいるようだ。
今も悲鳴が聞こえてくる。
「ククル、この炎を消せるか?」
「が......頑張ってみます」
「ユキ、ルーミお前らは村人の護衛だ」
「分かりました」
「ロイ、ユウキ。私と一緒に村の中に突入するぞ」
そう言った矢先、馬車が一台到着した。
「おぉ、こりゃあ派手にやってるな!」
「ギルバさん!」
黒肌のスキンヘッドと二カッと笑うギルバは馬から降りこちらへ歩いてきた。
身の丈も超える斧と強固な鎧は歩く度にガチャガチャと音を鳴らした。
「よおテラ、戦況はどうなってる?」
「数名救助出来たがまだ村の中に生存者がいるようだ」
「そうか、なら村の中は俺たちが行こう。お前を失うわけにはいかない。十軍はすぐに退却してくれ」
「了解だが...魔族がいるかもしれない」
テラの目にギルバも何を言いたいのか分かっていた。
「分かってる。あいつらは俺が守るからよ」
「そうだが、お前も死ぬなよ」
ギルバはニカッと笑い親指を立てた。
<水魔法:水竜の咆哮>
ザバッ!
二人が話している最中、ククルの魔法が村の炎を消し飛ばした。
巨大な水の光線が暴れ回る。
「おぉ、ククルの奴。あんな強力な魔法が使えるなんてな」
「あの歳で魔力量は私を超えているからな。使いこなせれば化けるぞあいつは」
燃えさかる炎は鎮火され、村の入り口が通れるようになった。
「はぁ......はぁ......!」
「よくやったククル、しばらく休め」
膨大な魔力を消費しククルは疲弊しきっていた。
肩で息をし、体から魔力が溢れ過ぎている。
魔法を使う以上に魔力を消費し、ククルは苦しそうだった。
「大丈夫ククル君?」
ルーミはククルに寄り添い、背中をさすった。
そのお陰か段々と魔力は収まり、ククルの呼吸も安定してきた。
テラの言う通り、ククルの魔力量は異常である。
同年代では比べものにならないほど多く、総司令にも匹敵するほどだ。
しかし、強力な魔法を撃つと魔力が暴走し今のように体を蝕んでしまう。
訓練を重ねれば制御できるだろうがまだその段階に至っていない。
「よし、ロイ、ユウキ付いてこい!」
入り口は通れるようになったが未だに炎は広がっている。
魔物を倒し、村人を救出しなくては炎で被害者が増えるのは確実だ。
「ユウキ、ロイ。無理しないでね」
「あぁ」
「うん」
ユキの言葉に二人は答え、ギルバの後を追った。




