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完璧で超人で最強の元カノ  作者: Leica/ライカ
第一章 エルの森編
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深紅のドレス

「イヒヒ......グィ......イヒャヒャヒャヒャ!!」

「うるさい奴だな」


 魔族は数え切れないほどの触手を伸ばし、テラへと迫った。

 眼前に埋め尽くされる触手は赤く、鋭く、殺気立っていた。


<神聖魔法:光輪の槍撃(ホーリーランス)


 テラはポケットに手を入れたまま動かなかった。

 魔法を詠唱すると空に光の紋章が浮かび、槍が降り注いだ。

 白い槍は埋め尽くされた触手を一本残らず貫き、ぼとぼとと触手が地面に落ちた。


「イィィ!!!!」


 しかし、いくら貫き、引き千切っても別の触手を生やして追撃してくる。

 今度はまとめて一本の触手にし、周りを薙ぎ払った。

 テラの身長の倍はありそうな太い触手が地面をえぐり取り、容赦なくテラへ叩きつけられた。


 ズン!!


 触手の攻撃によって土煙が舞い上がり、テラの姿も魔族の姿も確認出来なくなった。


「ケホケホッ」


 ユキは手を振りホコリを払う。

 三人ともテラの姿は全く見えていないが、特に心配していなかった。


<神聖魔法:神盾(アテナ)


 触手はテラの周りにある障壁(バリア)に阻まれ微動だにしていなかった。

 相変わらずテラは、ポケットに手を入れて動かず、ギリギリと押しつぶそうとしてくる触手を黙って見つめていた。


「ギギ......ゴロ......ス......」


「驚いた、喋れるのか」


 パワーでは破れないと思ったのか、触手は幾重にも分裂し、全方位から障壁に向かって突き進んだ。


 ギン!


 触手がぶつかった部分から激しい閃光が走るが、障壁にはひびすら入っていない。


「魔族のなり損ないか......ここで消さないとな」


<神聖魔法:光輪の斬撃(ホーリーブレイド)


 魔法を詠唱すると、金色に煌めく剣が生まれ、纏わり付く触手を無慈悲に切り落とした。

 いとも容易く地面に落とされ、切られた触手はしばらく地面でうごめいた後、消滅した。


「ナリ......そコ......?!アアァ......!!」


 なり損ないと言われた魔族はショックを受けた顔から一変し、怒りに満ちた表情に変わった。

 すぐに生えた触手は適当に辺りを攻撃し始め、理性も品もない暴れっぷりにテラは呆れた。

 ようやく右手をポケットから出し魔物へと向ける。

 魔族になりかけた憎い魔物は嫌な声を轟かせ暴れ続けている。


「マゾグ......わた......ヂハ......アヒャヒャヒャ!!」


「お前が魔族?つまらない冗談を言うな」


<神聖魔法:光輪の砲撃(ホーリーノヴァ)


 手に魔力が集まり、激しい光線が放たれると、一瞬のうちに魔物の体を貫いた。

 眼前を埋め尽くす光はほとんどの触手を消し飛ばし、魔族の顔も体も消え去っていた。

 残った数本の触手が地面へ落ち力なく蠢いた後、パタリと動かなくなった。


「うわぁ......」

「これが......総司令の力......」


 一瞬で残骸と化した魔物を眺め三人は言葉を失っていた。

 予想を大きく上回るテラの力にユウキは痛みも忘れて魅入っていた。

 しかし、少しずつ痛みを思い出し脇腹を押さえる。


「っ......!」


 治癒の矢は貴重で一本しか持っていない。

 骨折くらいなら全快できる程度の能力を持っているが、直撃のダメージを癒すことは出来なかったようだ。


「ルーミ遅いぞ」

「すみませ~ん!」


 遅れてやってきたのはルーミとククル。

 全力で走って来たククルは肩で息をしている。

 ルーミはそれほど疲れている様子は見えない。


「ユウキ君。今治すからじっとしててね」


 傷ついたユウキに一目散に飛んできて魔法を詠唱し始めた。

 両手を合わせ魔力が緑色になって現れる。

 優しく放たれた魔法がユウキの肌に触れた。

 ふわりとした風を感じ、その暖かさに安心感を覚える。


<風魔法:風霧の治癒(ウィンドヒール)


 ルーミの手が傷口に近づくにつれ痛みはどんどん引いていった。

 出会った時は酔っ払いでふらふらとしていたが、今は真剣な眼差しで魔法を詠唱している。

 魔女のような帽子が風で揺れ、目はユキと同じオレンジ色ですらっと指が長い。

 服はユキよりも肌が見えすぎているような気がして、思わず目を逸らしてしまう。


「ロイとユキは大丈夫か?」

「はい」

「大丈夫です」


 土埃を払い落としユキとロイは答えた。

 一方、ククルは、オロオロと落ち着かない様子であった。

 息絶え、もう動かなくなった触手を見つめている。


「あれ......まだ生きてる......?」


 ククルはポツリとそう呟いた。

 ユウキのセンサーにも魔力は探知出来ていないので生きているとは思えない。


「ほい、ユウキ君。傷の治療。終わったよ」

「あ、ありがとうございます」


 傷の手当が終わりユウキとルーミは立ち上がった。

 ズームしても意志を持っているようには見えなかった。

 しかし、聞こえていたのか、ルーミはククルに同調した。


「私もなんか嫌な予感がする」


 ぎゅーっと抱きつかれたククルは倒れないように踏ん張った。

 ルーミはククルの味方をしたいだけかとおもったがそうでもないらしい。

 二人とも真面目な顔だ。


「なんか嫌な感じだよね~」

「はい、なんか......まだ動きそうな」


 二人の会話に、皆は半信半疑な目で残骸を見た。

 ピクリとも動かず触手は項垂れている。


「待て......何故消滅してない......?!」


 ハッと気づき、テラは目を見開いた。

 魔物は命の終わりにその体が細かくばらけて消滅していく。

 下級クラスから上級クラスまで例外はない。

 そのため死体から研究を進めることが出来ない。

 テラがそんなことを嘆いているのを思い出した。

 絶命すればバラバラと崩れるのに未だに形を保っている。

 それはとてつもなくおかしな光景であった。


 ドン!


 直後地面が大きく揺れた。


「ギィイィィ!!!!!!」


 欠片ほどしか残っていなかった触手が徐々に再生し始めた。

 顔が形成されると、魔物は大きく咆哮した。

 赤い目はこちらを睨み、先ほどよりも歪な姿を成していた。


「ギ......ギイギイヒャヒャヒャ!!」

「馬鹿な......?!」

「テラさんどうしますこれ!」

「なんかやばそ~だよ!」


 揺れる地面に立つのもやっとだった。

 ボウガンも照準がブレて定まらない。


「ちっ......」


 テラの手にまた魔力が集められる。


<神聖魔法:......


「うるさいのじゃ」


 魔法が放たれようとしたその時、まるで隕石が降ってきたかのような衝撃が、天から降った。

 轟音と土煙、強力な衝撃波が生まれユウキ達は後方に大きく吹き飛ばされた。

 突然のことだがなんとか受け身をとって地面に着地する。


”魔力探知”


 先ほどまで触手がうごめいていた地点に新しい魔力の反応があった。

 土煙が晴れるにつれてその正体が見えてきた。


「手加減したのに、脆い奴じゃな......」


 そこには真っ赤なドレスに身を包んだ少女が立っていた。

 地面に突き立てた拳を引き抜き、白い髪を揺らす。

 そして、目はギラギラと赤く光り、鋭い目つきはテラと良い勝負であった。

 

 触手はバラバラと崩れ、魔物の姿は塵一つ残さず消滅した。

 謎の少女は返り血も分からないほど赤いドレスをたなびかせ、こちらをじっと見つめていた。


「テラ、新人訓練も良いが今日は運が悪かったのう」

「まあ、あれくらいどうってことない」

「そうじゃろうな、あれで魔族を名乗られては(わらわ)も困る」


 高貴な印象を与える喋り方とは反して、腕を組み堂々とした佇まいをしている。

 仕草も話し方も人間とさして変わらいが、どこか人間とは違う雰囲気を醸し出していた。

 テラは当たり前のように謎の少女に近づいて会話している。


「え~と......テラさんこの人は......」

「......魔族だ」

 

 やや間を置いて、テラはそう答えた。

 あまりにも唐突な出来事に、どういうことだと混乱が広がり、それを見て魔族は愉快そうに笑っていた。


「くく......あまり困らせず説明してやらんか」


 魔族は腕を組んだまま、ケラケラと楽しそうだ。

 鋭い眼光もいつの間にか柔らかくなり、魔力も探知出来なくなっていた。


「......あまり説明はしたくないんだがな」


 めんどくさそうに溜め息をつき、テラは機器を操作した。

 画面が展開され左側に人間、右側に魔物と魔族が表示される。

 そしてテラは説明を始めた。


「魔物はどういう原理か分からんが人間が変異したものだ。下級クラスはお前らでも倒せる。中級は大人数であれば討伐可能。上級は総司令同行で討伐可。これが魔物の等級なのは理解しているな?」


 テラの問いに皆が無言で頷いた。


「そして、上級よりも更に上。総司令でも死者を出すレベルが魔族」


 指がスライドし魔族の文字が拡大される。

 総司令でも死ぬ、だからこそ撤退が原則だと教えられている。

 昔から語り継がれる物語にも魔族は登場し、半ば伝説のような扱いだ。

 兵も市民も畏怖する存在であり、老若男女問わず全ての人間が、魔族と聞けば恐怖するほどだ。


「魔族は魔物化の過程で突然変異したものだと考えられている。詳しいことは分からないがどの個体も総司令以上の戦闘力を有しているのは確かだ」


 テラはそう言って画面を操作すると、順番に名前が書かれ始めていった。

 数字と名前がそれぞれ十個、始めて見たはずなのにどれも聞いたことがあるような名前であった。


「これは魔族の中でも最古参と呼ばれている者の名前と序列だ」


 序列一.ノブナガ

 序列二.マリー

 序列三.ジャック

 序列四.イザナミ

 序列五.フリッツ

 序列六.ジャンヌ

 序列七.コマヒメ

 序列八.リュウビ

 序列九.エリザベート

 序列十.ロキ


「こいつらは何百年も前から存在が確認されているが未だに討伐出来ていない。そして......そこにいるのが序列二のマリー。つまり魔族の中で二番目に強い個体だ」


 一斉に魔族へと視線が移った。

 小さく小柄な魔族は全員から見下ろされている。

 満更でもないように薄く笑みを浮かべ、赤い目が全員を眺めていた。

 ユウキのセンサーで検知できる魔力量はごく僅かであり、触手の魔物の方が嫌な雰囲気と魔力を放っていた。


「だが安心しろ、今のところ害はない」

「そうじゃ、別にお主らを殺すためにここに来たのではない」

「どうだかな......」

「なんじゃテラ。まだ妾を信じておらぬのか!」


 半信半疑のテラにマリーは心底驚いているようだった。

 身振り手振りで大きく(体は小さいのでこじんまりと)動き、感情を表現した。 


「魔族全体が悪いという雰囲気が嫌での、仲間とまで思わなくても良いが敵視するのは止めて欲しいのじゃ」


 ぷりぷりと怒ったように頬を膨らませているが、怖いよりも可愛らしい印象だった。


「そんなに多くの者が知っていることじゃない。くれぐれも他言しないようにな」

「はい......」


 皆すぐには信じられないようで困った顔をしている。


(魔族は危険だって教わったけど、協力的な魔族もいるんだな......)


 ユウキはマリーの姿を今一度見る。

 にわかには信じがたいが、危険な反応がないのは事実であり、こうして目の前で見ている分には、身分の高い少女という印象の方が強かった。

 しかし、もしもこれが帝国軍中に、文字だけの噂として広まったらどれだけの人間が信じるだろうか。


 帝国軍と魔族が手を組んでいる。

 裏切り? 誰が裏切ったんだ。

 あの軍だ、あいつだ。

 信じられない。


 多くの人間がいればそれだけ多くの考えが生まれる。

 快く迎えるどころか根も葉もない噂のせいで混乱が広がるのは、容易に想像出来た。

 そうなれば暴徒と化した住民を抑えなくてはいけない未来も見えてくる。

 余計な仕事を増やさないためにも情報は隠しておかなければならない、予想だが、これが秘密にしてほしい理由なのだとユウキの中で結論付けた。


「ところで何の用でここに来た?」

「む、本題を忘れるところじゃった、実は最近魔族の動きが活発化してての......」

「ふむ......」

「普段は大人しい奴らも動き出しておる......もしかすると6年前の再来になるかもしれん」


「......!」


 六年前という言葉にロイとユキは拳を握り、ククルとルーミは俯いた。

 重々しい雰囲気に変わり、ユウキは少し戸惑った。

 何かが起きたことは分かるが、この場で聞くのは良くないような気がして、ユウキは静かに口を(つぐ)んだ。


「魔物化の報告も多いから何かあるとは思っていたが......」


 テラは顎に手をやり真剣な表情をしていた。


「間違いないのか?」


 マリーは小さく頷いた。

 そして指を指し、後ろを見るように促した。

 体格に見合った小さな手に皆の視線は動く。


「......!!なに、あの煙」


 木々に邪魔されてはっきりと見えないが森の外で煙が上がっていた。

 黒く重苦しい煙は一つ、また一つと増えている。


「あそこは村の方向じゃ......」


 ユキの言葉にハッと気づかされた。

 煙の上がる方向には小さな漁村がある。


「噂をすればかのう......。もう始まったようじゃな」

「テラさんどうします?!」

「やばそうだよ~」


 こうしている間にも煙は大きくなっている。


「すぐに向かうぞ馬車を用意しろ」

「はい!」


 指示を受けた一同は、一斉に馬車を置いた方向に走り出した。

 その背を眺め、テラはくるりとマリーの方へ見返った。


「マリー......情報には感謝するがお前のことを信用してるのは()()()だけだ。もしお前がこの事態を招いていたら......」

「まったく......妾は敵ではないと言っておるのに」


 やれやれと言いたげに目を細め、テラを見つめた。

 

「目立つから表立って手伝うことは出来ぬが、妾は人間のために行動しておる」

「どうだか......」

「べ、別にあやつのためではない!妾が勝手にやっておるだけじゃ!」


 ふん、とそっぽを向くマリーを見ると、疑う気が微塵も湧いてこなかった。

 頬を赤らめ、何かぶつぶつと言っている。

 

「分かった。疑って悪かったな」

「......!信じてくれるのじゃな!」

「......」

「どっちなんじゃあぁ!!」

「さぁな」


 テラはそれだけ言って、背を向ける。

 ここで話すことはなくなった。

 今は一刻も早く村へ行かなければならない。

 

「信じて欲しければ私の実験体になるか?」

「断るに決まってるじゃろそんなの!!」

「そうか......」


 それだけ聞き、テラも馬車の方へと向かった。

 残されたマリーは、その背を眺め、信頼の道は険しいことを痛感していた。

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