終章 生まれ出ずる
「インジュー!鬼さんこちら!」
日の光に透けるようなサファイアブルーの髪を踊らせながら、幼い少女が楽しそうにインジュを呼んでいた。振り向いた彼女の両肩で、ぴょこんっと髪が束で外に向かって跳ねていた。
「そんなに走ると、転びますよー!」
風の城の中庭の中心は、だだっ広い芝生の広場だ。翼のある風の精霊が何もないところで転ぶことはないが、幼い、足で走っているような者は不意に転ぶものだ。
楽しそうに笑っていた少女が、何かにつまずいて転んだ。
「ああ、大丈夫ですかぁ?リャリス」
追いついたインジュは、少女をよいしょと抱き起こした。ノースリーブのワンピース姿の少女の顔を見ると、何とか泣くまいと堪えていた。が、将来美人になるだろうなーと思える瞳には、涙の玉が湧きつつあった。
「インジュ……」
智の精霊・リャリス。去年生まれた、花の王夫妻の娘だ。現在3才くらいだろうか。
12年で成人する純血二世は成長がまばらだ。インジュは、自分がどうだったのかもう覚えていないが、リャリスは早いかもしれない。
リャリスは、涙の溜まった瞳で、インジュを上目遣いに見上げた。物言いたげな彼女に、インジュは首を傾げた。
「……見た?」
「はい?」
唐突すぎてわからなかった。キョトンとしたインジュに、リャリスは目元を釣り上げた。その拍子に、ぴょこんと外ハネしていた髪が動いた。鎌首を上げ、インジュを威嚇するようにシャーッと牙を剥く。それは髪の束ではなかった。2匹の蛇だったのだ。
「リャリスの!パンツ、見た?」
「見てないですよぉ!?」
本当に見ていない。ああ、女の子って、こんなに小さくても女の子。と、インジュは怒るリャリスに思わず笑ってしまった。
「インジュが見るんだったら、もっと可愛いのにしたのに!」
ええ?怒るポイントそこ?とインジュはますます笑った。
「見てないですから。これ以上、笑わせるの、やめて、ください、よぉ」
笑うインジュに不満げなリャリスは、えいっと飛びかかった。「おっと!」とインジュはジャンプ力のあるリャリスを難なく受け止めると、抱っこしてやった。
「お父さんとお母さんと離れて、寂しくないんですかぁ?」
現在リャリスは、シレラが2人目を妊娠したことで、風の城に預けられていた。
「寂しくなーい!だって、インジュがいるもの」
ギュッと首に抱きついてきたリャリスを支えてやりながら、インジュは複雑な表情をしていた。
「インジュ?」
何も言わないインジュに首を傾げながら、リャリスは顔を上げた。
「インジュ、どっか痛い?」
そっと、小さな手がインジュの頬に触れた。
「いいえ」と答える前に、城の方からインジュを呼ぶ声がした。見れば、リティルが呼んでいる。その傍らには、花の王夫妻がいた。
「お父さんとお母さんですよぉ?行きます?」
リャリスはちょっと考え込んで、インジュの顔を見た。当然「行く!」という言葉を期待していたインジュは、再び首に抱きついてきたリャリスに、危うく落っことすところだった。
「イヤ!」
「ええ?」
これはしょうがない。このまま連れて行くしかないなと、インジュは地を蹴った。フワッと空に舞い上がると、リャリスが呟いた。
「リャリスも、インジュと同じがよかった」
”リャリス”も、蛇の自分が嫌いだった。容姿が見合わないと、悩ませてしまった。インジュが好きだと言えなかった理由は、そんなことではなかったのに。無意識に、誰かを好きになることにブレーキをかけていた。”リャリス”のせいではない。向き合おうとした。立ち止まってしまうその先へ、足を踏み出そうと思っていた。その矢先に”リャリス”は手の届かないところへ逃げてしまった。
「ボクは、蛇のリャリスが格好良くて好きですけどねぇ」
言えなかったことが、彼女ではないリャリスには素直に言える。言えるが……死を選んだ、妖艶で美しい彼女の姿が忘れられない。
早く、忘れなければ。リャリスは成長が早い。インジュの心に感づいて、きっと、また、酷く傷つけてしまう。
「インジュ、どんな女の人が好み?」
「リャリス、おまえにはまだ早い!」
そうですねぇ……と大真面目にインジュが答えようとしたとき、いきなりリャリスは攫われていた。
「ジュールさん」
華やかに妖艶な花の王・ジュールが、羽根をはためかせてそこにいた。
「インジュ、世話になったな」
「もういいんです?」
「ああ。シレラの様子も落ち着いたからな。……おおっ!こら!暴れるな!おち――」
あ、ジュールさん、落とした。いきなり暴れ出したリャリスを、取り押さえようとしたその手が滑り、羽根も翼もないリャリスは地上へ向かって落ちていた。
蝶の羽根では、咄嗟に急降下などという芸当はできない。ジュールの見ている前で、難なく急降下したインジュが空中で抱き留めていた。考え事をしていたために、必要以上に高く飛んでいたなと、インジュは危うさすら感じていなかった。
「ダメですよぉ?空中で暴れちゃ。リャリスは羽根がないんですからぁ」
羽根も翼もなくても”リャリス”は空を泳ぐみたいにして飛んでましたねぇ。とインジュはどうやって飛んでいたのか、未だにわからないと、彼女を思ってしまった。
「ヤダ!」
「ヤダって、何が嫌なんです?」
「インジュと――」
リャリスのサファイアブルーの瞳から、涙が溢れた。しゃくり上げるその声で、言葉がかき消えた。舞い降りたインジュから、ジュールが再びリャリスを取り上げた。
「リャリス、我が儘を言うな。インジュが困っているぞ?」
「ボクは……その……」
困ってないですよ?と、言えなかった。リャリスと会ったのは、彼女が風の城に預けられてからだ。無事に産まれたと聞いた1年前、インジュだけ、見に行かなかった。そのまま避け続け、今に至る。
風の城に預けられたリャリスは、真っ直ぐにインジュの前に立った。その姿が、彼女ではないのに「会いに来ましたわよ?」と言っているようだった。
その時、唐突に「どうして、死んだりしたんですか?」と思ってしまった。目の前に現れた女の子は、足が2本あって、腕が2本で、髪の色がサファイアブルーだった。
蛇の下半身で、腕が4本で、髪の色が黒ではなかった。
そんなの「はじめまして」って言うしかないじゃないですか!と思ってしまった。
幼いリャリスに懐かれる度「あなたは誰なんです?」と思った。
「ジュール様、リティルが呼んでいるわよ?」
「む、そうか。ではな、インジュ」
シェレラに声をかけられ、ジュールは泣いているリャリスを連れて行ってしまった。
「ありがとうございます。シェレラ」
「礼なんて、必要ないわ。リティルが呼んでいたのは、本当の事だし。ねえ、あの子のこと、成人まで待ってあげたら?」
「誰のせいですかぁ?」
睨んでやると、シェレラは睨み返してきた。
「わかってるわよ。わたしのせいよ!でも……必死にあなたに好かれようとする、あの子の姿見てると、ね」
「ボクとリャリスは、始まる前に終わってます。知ってますよねぇ?」
「ああ、それ聞いたとき、騙されたー!って思ったわ。でも、両思いだったんでしょう?わたしが未来を奪ったことに、変わりないわ」
「それだけ悔やんでくれたら、あの夜、脅かした甲斐がありましたねぇ」
フフンッと微笑んでやると、更に睨まれた。
「性格悪いわね~」
シェレラは笑った。
「お互い様ですよぉ。魔女さん」
インジュも笑った。
「わたし、インティーガ様に逢ってもいいの?」
「いいに決まってますよぉ。インティーガは、無実なんです。魂が砕かれたままなんて、間違ってます。ここまで待ったんです。一緒に逝ってくださいよぉ。それで、来世で幸せになってください」
「インジュ……」
「もう、悔やまないでください。前だけ向いてくださいよぉ。ボクも、そうします」
リャリスはその日、両親に連れられて、太陽の城へ帰っていった。
それから、10年。インジュはリャリスと会うことはなかった。
12年経った今日、私は、やっと一人前の精霊となりましたわ。
智の精霊・リャリス。気合いを入れて、参ります。
いざ行かん。風の城――
風の城と太陽の城は、直通のゲートで繋がっている。
風の城の応接間にある大鏡と、太陽の城の玉座にある姿見で自由に行き来ができるのだ。けれども、成人前の精霊は使ってはいけないことになっていた。この姿見を使い、風の城に行ったことがあるのは、姉妹の中でリャリスだけだった。リャリスはそこで、ある精霊に出会い、そして恋をした。
煌帝・インジュ。風四天王の補佐官を務める、とても強い風の精霊だ。彼の風は、日だまりのような温かさで、殺さない殺人鬼などという異名にはほど遠い人だった。
あれから10年、インジュに並びたくて、リャリスは励んできた。だが、智の精霊であるために好奇心が強く、知らなくてもいいことを知ってしまった。
リャリスは、3代目の智の精霊で、2代目の智の精霊が死を選んだことで、精霊を両親に持つ純血二世として産まれたということ。そして、先代の智の精霊は、煌帝・インジュと恋仲だったということ。2代目は、リャリスという名だったこと。
正直落ち込んだ。だが、今生きているのは私!過去の女の影など、消し去ってあげますわ!と、日々ルディルにおどろおどろしいと言われながら、研究と勉強に打ち込んだ。
その成果はあったようだ。父・ジュールにはまだ及ばないが、成人すると共にイシュラースの三賢者に名を連ねる事ができた。その一報は、すでに風の城に行っているはずだ。
父が一緒に行くと言ってくれたが、ルディルと話し込んでいるようでまだ来なかった。
早く行きたい。その気持ちが勝ってしまった。
そして、初恋は砕かれたのだ。
風の城の応接間。
インジュはソファーにいた。あまりこういうことは少なかったが、シェレラと2人きりだった。
「あなたって、どうしてこんな目に遭うの?」
「し、知りませんよぉ!痛いんで、早く抜いてくださいよぉ!」
ソファーに座るインジュを、シェレラは呆れた瞳で見下ろしていた。インジュの右腹には、魔物の爪とおぼしき黒光りする細長い物体が突き刺さっていた。
ついさっきラスが担ぎ込んできて、シェレラを見つけると「あとよろしく」と押しつけて、彼は再び慌ただしく出て行ってしまったのだ。
「……貫通してるわね……傷口診たいから服、破くわよ?」
「ええ?抜いちゃっていいですって!これさえなければ、自力で癒やせますからぁ!」
「毒もありそうよ?翼、変色してるもの。下手に抜いたら、危ないかもしれないわ」
そう言って、シェレラは容赦なくインジュの服を裂いた。そしてシェレラは、傷口を観察する。
「直径20センチ……皮膚の変色あり……先っぽは折れてるわね……爪の先に毒袋があるタイプかしら?新しい毒の分泌は――ないみたいね。抜いても問題なさそうかしらね」
「あ、あのぉ、早くしてくださいよぉ!」
解毒が間に合っていないようだ。インジュの息が上がってきていた。
「せっかちね。よいしょ」
シェレラはインジュをソファーに寝かせると、体を跨いで膝立ちになった。そして、刺さっている細長い爪を両手で掴んだ。
「行くわよ?」
「はい」
シェレラは物体を脆くする魔法をかけ、一気に引き抜いた。黒い爪を追いかけるように、インジュの毒に冒された血が噴き出した。抜き去られた魔物の爪は、黒い残滓となって消えていった。
「つ……!」
「ほら、痛がってないで止血して!解毒してあげるから!」
シェレラは遠慮なく、インジュの上に腰を落とすと、傷口に両手を当てた。
「シェ、レラ……こんなとこ、誰かに、見られ、たら、誤解、されま、せん?」
「はあ?されるわけないでしょう?何言ってるのよあなた」
わたしとあなたよ?とシェレラはまったく取り合ってくれなかった。だが、男性と女性ではある。
「あの、ですねぇ、座ってる、とこぉ……」
「バカねぇ。治療に集中しなさいよ。どうせ不能なんだし」
だいたいここ応接間!とシェレラは座り直しもしなかった。
「あ、ホントのことですけど、酷いです!」
「元気になったじゃないの。ちゃんと抜けた?」
毒。と、シェレラは気遣った。
「はい、まあ。うまいですねぇ」
解毒。と、インジュは1人じゃいくらボクでも時間かかったと、礼を言った。
「嫌でもうまくなるわよ」
何回目よ?とシェレラはフウとため息を付いた。
「あはは。そうですねぇ。最近しょっちゅうですし」
シェレラがやっと退いてくれ、インジュはやれやれと自力で体を起こそうとした。そしてふと、感じ慣れない気配を感じて、何気なくそちらに目を向けた。
「………………リャリス?」
見慣れない女性が、いつの間にか大鏡の前に立っていた。
核心があったわけではない。彼女に会ったのは10年前で、それも半月ほどしか一緒にいなかった。だが、サファイアブルーの真っ直ぐな髪、両肩に掛かる一房と見せかけた、生きている2匹の蛇、リャリスだと思った。
ああ、成人したのか。そう思った。リャリスは思った通り、父に似て知的で、母親譲りの大人っぽさを兼ね備えた、切れ長の瞳の隙のない美人に育っていた。
「インジュ……ごめんなさい。これたぶん、誤解させたと思うわ」
「え?はい?」
インジュは何気なく、自分の姿を見下ろした。血の痕は残っているものの、上半身はほぼ裸だった。
「え……あの、いつからいたんです?」
リャリスは見た目に反して純情だ!とインジュの頭に閃いた。いや、それは死んだリャリスの方で、彼女とは別人で。いや、でも、これ、非常にマズイ状態なんじゃ……とインジュは青ざめた。なぜ、彼女に取り繕わなければならないのかわからないまま、立ち上がろうとしたインジュは、思いの外体力を消耗していたようで、カクンと足の力が抜け、そばにいたシェレラは咄嗟に体を支えてしまった。
ハッとして、シェレラは手を離そうとしたが、インジュは自力で立てない。しばし、意味ありげに見つめ合ってしまい、シェレラは、えい!とインジュの体をソファーに押し戻してサッと手を離した。
「やあ、諸君!……おや、おまえ達2人だけか。相変わらず忙しい城だな」
気まずい空気をぶち壊してくれたのは、大鏡から現れたジュールだった。
「ジュ、ジュールさん……あんたどうして一緒に来ないんですかぁ!」
理不尽な叫びを、インジュは上げていた。
「なんだ、インジュ、藪から棒に。それより、どういう状況になれば、そんなに服が破れるのか教えてほしいな」
ジュールは、立ち尽くすリャリスの肩を抱くと、ツカツカとソファーに近づいてきた。
「これは、ちょっと事情がありまして……」
モタモタするインジュを見かねて、シェレラは霊力を巡らせ、彼の服を元通りにした。その2人のぎこちない様子を見て、ジュールはふむと顎に手を触れた。
「これは失敬。わたしとしたことが、間の悪い時に来てしまったようだな。出直してこよう」
「わああ!ジュールさん!絶対変な解釈しましたよねぇ?違いますよぉ!魔物にやられて、治療を手伝ってもらっただけですよぉ!」
待って!行かないで!とインジュはジュールに飛びかかると、その腕を掴んだ。
「いいのだぞ?おまえの精霊的年齢なら、健全だ。むしろ、喜ばしい事ではないか!」
祝いを贈ってやろうか?とジュールは意地悪に笑った。
「ないですないです!不健全なままですって!それに、相手がシェレラってあるわけないです!」
いつになく必死なインジュの様子と、妙に静かなリャリスの様子に、ジュールは何かを察した。そして、同情的な瞳でポンッとインジュの肩に手を置いたのだった。その瞳が言っていた「悪かった」と。
「ただいま!ってジュールじゃねーか。悪い、急いで帰ってきたんだけどな」
ガコンッと音がして、玄関ホールへ繋がる石の扉が開いた。
トンッと軽く踏みきってヒュンッと飛んできたのは、風の王・リティルだった。
リャリスは、その姿を見て、リティルに駆け寄っていた。
「おじさま!」
「お?リャリス?」
「はい。智の精霊・リャリス。本日成人いたしましたわ。これでやっと、風の城に住めますわ」
「ハハ、待ってたぜ?でもいいのかよ?先代がここに住んでたからって、そうする必要ないんだぜ?」
「このお城がいいのですわ。ずっと昔から、決めていましたの」
リティルとにこやかに短い挨拶を交わしたリャリスは、インジュに視線を向けた。ビクッとインジュは身を振るわせてしまった。
「初めまして、インジュ。以後、お見知りおきを」
あ、これ、ダメなヤツですね!とインジュはリャリスが心を閉ざすのを感じた。だが、シェレラとのことを彼女に弁解する必要は、ないなと思った。
「初めまして」と彼女が言うように、初対面のようなものだ。産まれて2年目の思い出など、彼女はもう覚えていないだろう。あの時懐かれていたからといって、未だにそうとは思えない。あの頃はまだ、幼い子供で、12年を経て一人前の精霊へと成長したリャリスは、精霊的年齢23のインジュよりもいくらか上に見える。年上の知的美人が、ボクなんかを見初めるわけがない。そう思ったらやっと落ち着いた。
落ち着いてしまったインジュは、リャリスが自己紹介されてもいないのに、インジュをインジュと呼んだことに気がつかなかった。
「初めまして、リャリス。ボクは煌帝・インジュ。風の王の補佐官です」
微笑みを浮かべるインジュの顔を、リャリスは見つめていた。
初めましてと挨拶したのは私ですけれど、インジュ、あなたは私を覚えていないのですわね。とリャリスは思ってしまった。
「リャリス、先代のアトリエ、使いたいって言ってたよな?インジュ、案内してやれよ」
リティルの言葉に、インジュは一瞬の躊躇いも見せずに「はい」と応じると、笑顔でリャリスを促し、連れだって行った。
そんな2人の様子を見ていたリティルは、隣のジュールにそっと問うた。
「なあ、なんかあったのかよ?リャリス、インジュに会うの楽しみにしてたんじゃねーのかよ?」
どうしてはじめまして?とリティルは首を傾げた。
「うーむ。少々事故があったらしい。誤解はそのうち解けると思うが……いや、解けないか」
ジュールは意味ありげにシェレラを見やった。その視線を受けて、シェレラは嫌そうにジュールを睨んだ。
「ジュール様……面白がってるわね?」
「いやいやいや、そんワケはなかろう?しかしなあ、おまえ達仲がいいからな」
「はあ?シェレラ、おまえ何かしたのかよ?」
「わたしがされたと思われないところが、複雑だわ。でも、軽率だったわね。あの人って男に見えないから」
シェレラはハアとため息を付くと、責任を感じているらしく、顛末を話してくれた。
「はあ?半裸のインジュに跨がってるところをリャリスに見られた?」
「悪意感じるわよ?リティル」
その通りだが、言葉にされると限りなく卑猥なことをしていたと聞こえた。
「ハハ、ごめん。けど……そんな場面に出くわすなんてすげーな。ジュール、ホントはリャリスを盗られたくなくて、縁切りしたんじゃねーよな?」
「するわけなかろう?現状、智の精霊を守るには、城の奥深くに監禁するか、強力な精霊と婚姻を結ぶしかないのだ。そうしなければ、知識に群がる有象無象に貞操を奪われかねないのでな。至宝・蛇のイチジクには淫乱な伝説があってな。その為に初代太陽王は、自身の守護精霊として、そして性欲対象になりそうもないヨボヨボの老人の姿を与えていたのだ。ヤツは乱心の王だったが、守る者は守っていたということだな」
「インジュを相手にってこと?あの人不能じゃない」
婚姻を結んでも、霊力の交換はできない。それは、無意味と言わないか?シェレラは首を傾げた。
「まあ、できなくても魂さえ分け合っちまえば、牽制にはなるぜ?あいつ、二重人格の殺さない殺人鬼で、3本の指に入る強力な精霊だからな。そんなヤツの女に手出そうってヤツ、そうそういねーよ」
「そんな理由……見損なったわ!リティル!」
「まあ、待て!一石二鳥だというだけだ。見てわかるだろう?互いに心があるのだ、問題なかろう!それより、おまえはどうなのだ?シェレラ」
「どうって何よ?まさか、インジュに気があるとでも思ってるの?あなたねぇ、何でもかんでも恋愛に結びつけないでちょうだい!」
シェレラは憤慨して、ジュールを睨み付けた。リティルは慌てて2人の間に割って入った。
「まあ、まあ、2人とも!かなり長いこと、一家の大半と険悪だったんだ。ずっとそばで盾になってたインジュと仲いいのはしかたねーだろ?花の姫じゃ、オレが馴れ馴れしくするわけにはいかねーしな」
インジュがシェレラについたことで、頑なだった一家の心は徐々に解れていった。インファはもとより、リティルも一家に接するように、シェレラとは彼女が部屋を自ら出た時から接しているからだろう。
「……感謝してるわよ。でも、恋敵は勘弁してほしいわね」
「今更距離置けねーよな?インジュ、あいつ、無意識におまえのそばにいるからな。おまえが変に避けると、おまえの後追いかけちまいそうだよな」
「あの人の思考回路、どうなってるの?」
意中の人がいるのに、信じられない!とシェレラは呆れているようだった。彼女は未だに、傷つけられても構わないと思っている。それが、大罪を犯した自分への罰だと思っている。
だが、リティルはそうは思わない。
インティーガとシェレラをあるべき終わりへ導くと決めたときから、彼女は風の王の保護精霊で、敵ではないのだ。
今まで一家は、リティルのそんな想いを汲んで、手助けしてきてくれた。それなのに、今回は違う。
そもそもおかしいのだ。シェレラは確かに大罪を犯したが、ここまで頑なに皆が受け入れないことは不自然だ。何かの力が働いているのでは?と、ラスは中立を保ったまま、未だ受け入れられいない一家を見張っていた。
「人がいいんだよ。ただな、あいつはどうも、自分も騙して演じられるみてーなんだ。そうとしか思えねー言動がたまにあるからな。まあ、なるようになるさ。それより、おまえ、自分のことだろ?」
「見つかったの?」
インティーガ様を助ける方法!とシェレラは瞳に光を灯した。
「たぶんな。っていうか、それしかねーっていうのか?」
リティルはジュールを見た。
「あまりやらせたくはないが、消去法でいくとそれしか今のところ手はなさそうだな。心配するな。わたしとリャリスがついているのだ、何とかなるぞ!」
「ありがとう……」
「気にするなよ!オレにとっては兄貴を助けること、なんだからな!」
「わたしにとっては弟か。愚弟め!大いに責めてやるぞ!」
努めて明るい2人の王に、シェレラは感謝しかなかった。間違いを犯した自分が、幸せになってもいいのだろうか?絶対に叶うことのない願いを、叶えてもいいのだろうか?代償もなく?シェレラは王達を見やった。だが、2人はあーだこーだと談笑していて、とても危険なことをしようという雰囲気ではなかった。
魂の砕かれたインティーガを救う。
そんなことが、本当にできるのだろうか。それをして、この人達は何か、大きな代償を負ったりしないのだろうか。
シェレラは不安に蓋をして、流されるしかなかった。
その方法は、風の王にとっても危険を伴うものだった。
その方法をリティルに危険なく行うため、花の王・ジュールは、智の精霊・リャリスの成人を待っていた。
賢魔王・ジュールの采配は、犠牲を強いるモノだったが、リティルはまだ、その事を知らなかった。
風の城は、かつてないほどの嵐の中を突き進むことになるのだった。
これにてワイウイ13閉幕です
楽しんでいただけたなら、幸いです