その2
俺たちは夕食を終え、食堂でくつろぐ。
俺は食後のコーヒーをすすり、他の宿泊者の話に耳をそばだてる。
こう言う所で情報収集するのが、デキる男なのさ。
「あの……もりだ?」
「…は…今夜…らしい。」
「お前は…のか?…はバカだから…だぞ?」
「俺は…。」
いかにも悪いコトが大好きそうな、ガラの悪い男たちがコソコソと…。
もう少し、詳しく…俺が耳に集中していると、
「ふぅ~♡」
「おふぅっ♡」
耳に吐息を吹きかけられ、腰が砕ける。
「ちょっ、ちょっとフィン、今は…っ。」
フィンを耳から引き剥がし、慌てて男たちの方を見ると、すでに席にはおらず、食堂を出る所だった。
「ちっ…まぁいいか…。」
俺の仕事とは関係ないコトを祈りながら、いたずらっ子を抱えると、
そそくさと部屋へと急いだ。
さあさあ、フィンさんのお食事の時間だ♡
翌朝朝食を終え、食堂で俺は食後のコーヒー、フィンはホットミルクを飲んでいると、
「ソーヤさん、フィンちゃん、もう少ししたら片付くから、それまで待っててね!」
「悪いね、ユウリちゃん。ゆっくりでいいよ、急いでないから。」
俺はヒラヒラ翻るユウリのスカートに目を凝らす。
丈が絶妙なのか、見えそうで見えない。どうにか見えないものか…。
ちなみに、急いでない、と言うのは本当だ。依頼者とは日時を厳密に決めているワケじゃない。
配達の依頼はギルドの掲示板に掲示してもらっている。
ギルドは一番のお得意様で、薬や色々な道具、武器に防具と大小様々な品を定期的に運んでいる。
なので、大口割引をする代わりに、掲示板を使わせてもらっているのだ。
この世界には長距離通信を可能にする電話のような魔道具が存在する。
だが、とても高価なので大貴族を除いて個人で所持している者はいない。基本の設置場所はギルドや公共施設だ。
どこかのギルドが配達の依頼を受け付けると、それを各地のギルドに連絡して掲示板に掲示してくれる。
そして、それを俺が立ち寄った時に確認する、そんなアバウトなやり方だ。
まあ、俺の[時空魔法]を使えば、長距離通信もー。
「食事は口にあったかい?」
いつのまにか、ここ[宿屋 明氷亭]の女主人[クラーデ]が後ろに立っていた。
「俺の後ろをとるとは…お姉さん、何者だい?」
「何者も何も、娘への危ない視線には鋭いんだよ、母親は。」
はは、バレてたか。
「悪いね、ユウリちゃん借りるよ。」
「構わないさ、こっちだってお願いしてるんだ。」
「…届けて欲しいモノって何だい?」
「手紙だよ。詳しいことは、アンタたちが発つ日に伝えるよ。」
「OK、わかった。」
『手紙か…しかし、わかりやすく顔の変わる人だなぁ。』
俺はクラーデの横顔を見ながら、コーヒーを啜る。
その横顔は憂いを帯びて、熟女趣味はないハズの俺を魅了する。
クラーデは、荷物の話になると急に神妙な…悲痛さすら感じる顔になる。
一体どんな手紙なんだろう?気になる…。
が、読まない!
読んだりしないよ、俺は。プロだからね!
中身を確認すると、厄介ごとに巻き込まれるんだ。好奇心は猫を殺すって言うしね!
だから、俺は中身を見ない!
「ソーヤさん、フィンちゃん、お待たせしましたっ!」
「おー、ユウリ!」
厨房からユウリが前掛けを畳みながら飛び出てきた。
「それじゃ、道案内お願いしようかな。」
「はい!それじゃあお母さん、行ってきます!」
ユウリはクラーデに手を振る。
「はいよ、気をつけてね。」
俺たちはクラーデに見送られて、宿を出る。
昨晩降った雪はすでに路肩に集められているが、綺麗に舗装された石畳の街路は、今も降り続ける雪でうっすら覆われている。
「寒いっ!」
言うが早いか、フィンは俺のコートの中に潜り込む。
「冷てっ!」
「ふふん、あ~あったかいっ。」
俺は悲鳴を上げるが、フィンはおかまいなしだ。
「フィンちゃんは甘えん坊さんだね。」
「へへへ。」
「…私はお父さんいないから、うらやましいな。」
ユウリの顔が少し曇る。いや、それより問題は、
「え?俺、父親じゃないよ?そんな歳に見えるっ?!」
「え?あ…お、落ち着いきがあって…か、貫禄があるって感じ?」
母娘で同じ慰め方を…。
宿を出て、路地をクネクネ。確かにこれは迷うかも…。
しばらくすると、
「あ、ココですよ!アンヌさん、ユウリです!」
ユウリが一軒の家の戸をノックする。
が、返事は無く、アンヌが出てくる様子もない。
「留守かな?」
「アンヌさんは夜遅いから、まだ寝てるのかも。アンヌさーん!明氷亭のユウリでーすっ!」
今度はさっきよりも大きな声で呼びかける。
が、やはりアンヌが出てくる気配はない。
「やっぱり留守なんじゃ…。」
「おかしいなぁ…。おーい、アンヌさー…」
「うるせぇなっ!!」
さらに大きな声で呼びかけると、ガラの悪そうな男が怒鳴りながら出てきた。
「この人がアンヌさん?」
「違いますっ!あの…私たち、アンヌさんに用が…。」
「あ?アンヌならさっき出てったぜ?飯の材料とか…何とかっ!?」
男は面倒くさそうに答える。
「あの…アナタはアンヌさんの…」
「あぁっ?!お、俺はその…なんだ?アンナの彼氏、そう!彼氏だよっ、アンナの!って…ほぉ~。」
この男、面倒くさそうながら律儀に答えてくれる。
見かけによらず案外いいヤツなのか、それともバカなのか…。
よく見ると体のあちこちに引っかき傷…、服には点々と黒いシミが…。
それに、なんだコイツのユウリとフィンを見る目は?
まるで食べ物か何かを品定めするような、嫌らしい視線…。
『コイツ…メチャクチャあやしい…。』
俺はさり気なく、扉に一歩近づく。
一瞬、奥から、錆のような、鉄臭い匂いが鼻を突いた。
スリーアウト~。
「今日は帰ろう。明日また来ればいいさ。」
「えぇ…でも…。」
君、案外ひつこいね?ひつこい女は嫌われるよ??
君子危うきに近寄らず、他所の娘さん連れてトラブルは御免だ!
さっさと退散するに限る!
「いやいや、お嬢ちゃんちょっと待った!もう少しすればアンナは帰ってくるよ!
それまでどうだい?部屋で何か飲み物でも!そこの2人も、さあっ!」
男は俺が帰ろうするのを引き留め始めた。
冗談じゃない、こんなあやしいヤツの誘いになんか乗れるもんか!
なかなか帰ろうとしないユウリをなんとか説き伏せ帰ろうと、扉に背を向けるが、男は諦めない。
「まあまあ、待ちなって!ホント、もうスグ帰ってくるハズだから!」
「た…すけ……て…。」
突然、奥の部屋から女性の声が。
「アンヌさんっ!?」
慌てて振り向いた視線の先には、体に痣、顔面は血だらけの女性が、奥の部屋から這い出ていた。
つづく