旅立ち(逃亡)
「死体でも構わんっ!何としてもワシの前に連れてこいっ!!」
「おーっ!」
「連れてきた者には大金貨50枚じゃぁーーーっ!!」
「うおぉぉぉぉぉぉっっっ!!!!」
いつもは静かな山奥、ヤフベ村の集会所に怒号が響く。
「探せぇっ!」
「殺してでも構わねぇとよっ!」
「大金貨50枚もありゃ、1年は暮らせるぜっ!」
正規の軍隊に交じって、見るからに乱暴そうな者たちも。
皆一様に、口々に物騒な事を言いながら村の中を歩き回っている。
山奥の小さな村にはおよそ似つかわしくない光景。
「あの~領主様…。」
「なんじゃ、貴様はっ!」
軍勢の中、一番偉そうなちょび髭の男が、ヤフベ村を所領として治める、領主のサイモン男爵。
その男におっかなびっくり話しかけたのは、この村の村長だ。
「ワタシはこの村の村長ですじゃ。」
「村長…タウロじゃったか!?」
「はい…で、これは…一体なんの騒ぎで…?」
「貴様の村のモンが、ワシの大事な一人娘に手を出しおったっ!
隠し立てすると、お前もただでは済まさんぞっ?!」
「お、お嬢様にっ?!」
サイモンは村長を睨みつけると、おもむろに腰に下げた剣を引き抜き、村長の喉元に突きつける。
「どこにおる?」
「ひっ!?」
「ソーヤ・トゥエインはどこにおるぅっっっ!!!!」
村のはずれ、山の中の使われていない倉庫の中。
俺は幼馴染の悪友[ディード]と二人、身を隠していた。
「しくったな…。」
「自業自得だよ。」
「領主の娘だなんて、知らなかったんだよっ!」
「こんな山村に、御付きの兵士を連れて歩いてる、高そうなドレス着た、見たことない娘だぞ?知らなかったって普通は手ぇ出さねぇよ。」
「…一目惚れだったんだ…。」
「ウソだろ。」
「ぐっ。否定が早すぎる…。」
「見境が無さすぎんだよ。ったく、どうすんだ?村の娘たちとは違うんだぞ?」
ーガラッ!ー
突然倉庫のドアが開く。
身構える俺に、
「ま、待ってアニキ!俺だよっ!」
「なんだ、カスクか…。おどかしやがって。」
慌てて倉庫に駆け込んできたのは[カスク]。俺たちの子分みたいなヤツだ。
「で、村の様子はどうだ?」
「領主の軍隊やら冒険者ギルドで雇ったならず者で一杯だよ!ソーヤのアニキを探してる。」
「ココが見つかるのも時間の問題か…。」
俺は倉庫の壁の落書き、そして柱のキズをそっと撫でる。
「ディード…このキズ覚えてるか?」
「?なんだよ、こんな時に。覚えてるよ、テメェが俺の姉貴に手ぇ出した時に、キレた俺がお前に斬りかかった時のだろ。」
「こっちは…。」
「ソッチは俺の妹に手ぇ出した時に、俺が斬りかかったヤツですよ。」
カスクが懐かしそうに答える。
「こっちが薬屋のメディ、これは本屋のクボ、あっちは肉屋のミッツで、コッチのデカイのが武器屋のアルテ。」
「アルテの親父さんがハルヴァートぶん投げてきた時は死ぬかと思いましたよ…。」
「で、こっちが…。」
「ソレはお前がウチのシエルに手ェ出した時のだ。」
俺はディードを小突く。
「…ハハ。」
「アハハ…。」
俺たちは、昔を思い出して笑った。
俺はイケメンになるべく、家族のアドバイスに従って、内面を磨きまくった。
すると、前世のモテなかった青春時代の反動もあってか、チャラ男になってしまった。
村中の女のコと仲良くなった。結果、刃傷沙汰も多々あった。
そんないつもの感じで手を出したのが、まさか領主の娘だったとは…。
このまま捕まるとどうなるか…。
だが、旅立ちにはちょうどいいのかもしれない。
「…行くよ、俺。」
「行くってドコにだよ!?」
ディードが慌てて俺の袖を握る。
俺を心配してくれてるのか?ホント、イイ奴だなぁ。
俺は自分の手を、俺の袖を掴むディードの手に重ねる。
「いつかは…この村を出て行こうと思ってたんだよ。
ま、予定より早くなったけどな。」
「…ずっと…お前とカスクとバカやって…こんな毎日がずっと続くと思ってたよ…。
でも、どっかで…お前はフィっとどっかに行っちまうんじゃ…とも思ってたよ。」
ディードが握っていた袖を離す。
「それが、今日だったんだな。」
ディードが潤んだ目で俺に笑いかける。カスクはオイオイ泣いてうるさい。
「父さんと母さん、それにシエルに別れを言えないのは辛いけど…。
悪いけど、お前から上手い事言っといてくれ。」
「…わかった。
お前の親、怖いんだよなぁ…。」
「悪ぃな。」
俺は黙って残していく家族を想う。
姉の[ノヴァ]も黙って出てったからなぁ…。俺まで黙ってとなると、ショックだろうなぁ。
修行も途中だし、世界で俺だけが使える[時空魔法]もまだ完全じゃない。
まだここに居たかったが…仕方ない。
俺はディード、カスクの順で握手をすると、扉へ向かう。
「じゃあな!二人とも!」
「…ソーヤ…。」
「あぁ〜にきぃ〜〜〜。」
俺は二人の方を振り返る事なく、倉庫を飛び出したー。
つづく