その10
「保証って…。」
「アイツ…アノ娘を誘拐したヤツは、商品をキズモノにするようなバカじゃないわ。」
アンヌは顔のアザがあった辺りをさする。
「つまり、…俺が吹っ飛ばしたヤロウは、バカだったって事か。」
「そーゆーコト。ふふ、スカッとしたわ、あれは。」
またあの笑い方だ。
俺はアンヌの頬を撫でる。、
「まだ、痛むのか?」
「いいえ、大丈夫よ。」
アンヌは頬を撫でる俺の手に、そっと手を添える。
「これで、アノ娘の無事は理解できたでしょ?だから、座って?」
アンヌは俺の手を優しく引っぱる。
甘いお誘い…俺はついに折れ、アンヌの隣に腰を下ろす。
「ワタシの家、元々裕福ではなかったけど、私がホルクから仕送りさえすれば、食べるのに困ることはなかったの…。」
アンヌは膝の上に組んだ自分の手を見つめながら、訥々と話し始めた。
「でも、父さんが病気になって、働けなくなって、収入は減るのに薬代がどんどんかさんで…。」
「アンタの仕送りだけじゃ支え切れなくなった。」
アンヌは黙って頷き、
「顔も知らないような親戚に借金までして…。
こんなに困っても領主は徴税を待ってもくれない。村の道の舗装も何も、見捨てたみたいに何もしてくれないくせにっ、徴税官だけは送ってくる!」
アンヌは話しているうちに怒りがこみ上げたのだろう、組んだ手には爪が食い込み、自然に大声になっていた。
「アンヌ。」
「!ご、ごめんなさい…。」
俺の呼びかけで自分の怒鳴り声に気付き、我に返る。
落ち着こうと少し黙ったあと、
「…父さんの看病、弟たちの世話、借金した親戚の対応…母さんはだんだん追い詰められて…。」
俺は先程の母親の姿を思い出す。
きっと、優しい母親だったのだろう。それが、あんなになるまで追い詰められて…。
「お金を貸してくれる親戚もなくなって、ついにホルクの金貸しに…。
でも、担保も無くお金を貸してくれる金貸しなんて…まともなヤツらじゃない…。」
アンヌは両手で顔を覆い、肩を震わせる。
「…アイツら…アノ娘を拐ったヤツらに売ったの、私の5年を。」
「アノ金は…。」
「そ。ワタシの5年分の代金。
依頼は、ソレをアナタにココまで運んでもらうもりだったの。
いつもの仕送りとは額が違うから、ちゃんと信頼できる運送屋さんにって。
でも、それが…。」
「金を持って来たバカがアンタに発情して、手を出してキズだらけに…。
じゃあ、キズだらけのアンタの代わりってコトか、ユウリちゃんは…。」
「そ。申し訳ないけどね…。」
「…私、アノ娘が羨ましくなったのよ。」
「羨ましい?」
「ええ。だって理不尽じゃない?
私を救ってくれる人間はいないのにっ!
攫われたアノ娘を追いかけるアナタを見て、アノ娘をこのまま身代わりにして、私は逃げよう、って思ったの。」
アンヌの話を聞いて、理不尽なのはオマエじゃないか、そう言いかけたが、止めておいた。
必要以上に追い込む必要はない。
今はさっさと情報を聞き出してホルクに帰る、それだけ。無用なトラブルは不要だ。
「奴らが金貸し…。」
俺は話を本筋に戻そうとすろと、アンヌは黙って頷く。
その顔は明らかに不満そうだ。
「…金に困ってる女を見つけて、優しい顔で金を無担保で貸してくれるの。
最初は返せる位の少額を。でも、貸してくれる額が徐々に増えて…。
遂にはバカな借金漬け女の出来上がりってワケ。」
アンヌは自嘲気味に笑う。
俺はそんなアンヌの顔をまともに見れず、天を仰いだ。
「さ、これで問わず語りはおしまい。」
アンヌは作り笑いでこちらを見てくる。
「何か質問は?あるかしら?」
「奴らのアジトは?」
俺は即答する。むしろ、食い気味に。
アンヌは、俺のセリフが自分の想定していたモノではなかった事に驚いたようだ。
目を丸くして俺を見ていたが、
「は、はは、あはは、あははははっ!」
アンヌは笑い出すと、ついには腹を抱えて大笑いし始めた。
「あは、あははははっ!そ、そこは何かできる事はっ?じゃないのっ?!」
俺はベッドで笑い転げるアンヌを黙って見ていた。
俺に出来ることはあるだろうか?
キズは治せるが、親父さんの病気は治せないだろう。
借金を肩代わりすることも出来ない。
そんな俺に、掛ける言葉は見つからなかった。
「あーおかし…はは、久しぶりに笑ったわ…。
いい加減に慰めてきたら、ウソのアジト教えてやろうと思ってたのに…。」
ひとしきり笑ったアンヌは、涙を拭い、
「奴らはホルクの外れ、安い売春宿が並んだ地域にあるわ。
大きい鉄の扉だから、行けばスグにわかるハズよ。」
「その笑顔、すごくイイと思うよ。」
「えっ///」
不意を突かれたのか、アンヌの頬が赤くなる。
だが、これはお世辞じゃない。
今までの薄く、ウソっぽい笑い方じゃない、本当の笑顔がそこにはあった。
だから、俺は本心から、そう言ったんだ。
俺は真っ赤になって俯いているアンヌの肩に手を置き、
「じゃあな。」
俺は部屋を後にしようと、ドアに向かう。
ーきゅっー
上着の裾を掴まれた。
振返ると、アンヌが俯いたまま無言で裾を掴んでいる。
俺はその手を離そうと、アンヌの手を握ると、
ーぐいっ!ー
「うわっ?!」
急に手を引かれ、俺はつんのめってベッドにアンヌを組み伏せる形で倒れ込む。
「アンヌ?なにを?」
俺は自分の下で真っ赤な顔のアンヌに尋ねる。
わかっているクセに、わざとらしく。
『嫌なヤツだな、俺は。』
「…最後にね、自分の意思でね…抱かれたかったの…。
ダメ…かな?それとも、私の体じゃダメかな?」
「ダメなワケないだろ。なんでそんな事…。」
俺は首を振って否定する。
「良かった…。連れてたコが、その…アレだったから…。そういう趣味の人かと…。」
アンヌが安心したように笑うが、俺は別の意味で不安になる。
そうか、フィンを連れてるとそういう趣味の人に見えちゃうか…。
「アンヌ、ソレはソレ、コレはコレ、だ。」
「あん♡」
そう言うと、俺はアンヌの首筋に吸い付いた。
つづく