その7
「ブルルゥッ!」
「どうどうっ!よぉし、いい子だぁ。」
鼻息の荒いオウラを、御者がなだめる。
『着いた…。テウム村…。』
乗合ソリ[ロール]から降りた女性が辺りを見渡す。
村の周りに植えられた木々のおかげで、吹雪は幾分ましになった。
だが、村の中も真っ白な雪が積もり、一面銀世界だ。
帝都[ホルク]へ出稼ぎに出て3年、貧しかった寒村は何も変わらず、むしろ更に荒んだような…。
『ホルクとは全然違う…。まるで切り捨てられ、忘れ去られたよう…。』
女性はロールの駅舎を足早に離れる。
駅舎から伸びる、村一番の大通り。
だが、そんな大通りも雪かきはされず、積もった雪で地面は見えない。
「きゃっ!」
女性はつまずいて転ぶ。
「痛っ…。」
地面に付いた手の平から血が滲んでいる。
地面は帝都の街路とは違い舗装されておらず、雪の下の地面はゴツゴツしている。
降り始めのぬかるんだ状態で付けられた足跡が、そのまま凍ったためだ。
その凍った足跡のフチに足を取られ、そのギザギザのフチがノコギリのように彼女の手を切ったのだ。
『舗装もされてない道…。帝国は、皇帝陛下は田舎をなんだと思ってるのかしら!』
彼女は血が滲む手の平を見つめながら、故郷を見捨てたかのような帝国に憤る。
『見捨てるなら、完全に忘れてくれればいいのに…。』
ーザコッ…ザコッ…ー
彼女の膝程まで積もった雪に足を取られながら、ゆっくりと家路を進む。
『やっぱり、室内履きでは、無理が、あるわねっ!』
一瞬で水を吸ってびしょびしょになった靴は、彼女の足先の感覚を奪ってゆく。
『早く家に帰って、暖炉の火で暖まらないと…。』
実家の暖炉、明々と部屋を照らす、温かな暖炉を思い出す。
『温かいスープが欲しいわ…。』
暖炉にかけた鍋、スープのおいしそうな匂い、それをかき混ぜる、母の姿を思い出す。
『お酒も少し…。』
胃の中から暖まる感覚、ノドを焼くようなアルコール度数の高い酒、それを呑んでご機嫌の父親の赤ら顔を思い出す。
ーザコッ…ザコッ…ー
しばらく雪と格闘していると、吹雪の隙間に自分の家の赤い屋根が見えた。
ーザコッ!ザコッ!ー
足取りは軽くはならないが、スピードを上げる。
『早く、早く帰りたいっ!』
雪の上にポタポタと手の平から血が滴る。
『母さんに、包帯を…あるかしら?』
じんじんと痛む手の平のキズを見つめ、
『暖炉の薪も、スープの具も、お酒も…あるのかしら?』
そんな事を不安に思っていると、
「えっ?!」
見つめていた手の平のキズが青白く光ったかと思うと、見る見るうちにキズが消えていく。
「えっ?これは、回復魔法っ?!誰がっ?!」
彼女が慌てて顔を上げると、目の前の男と目が合う。
「ソレはサービスだ。」
「きゃっ!」
驚いた女性はよろめき、後ろへ転びそうになるが、
「おっと。」
咄嗟に男が手を取り、おかげで体勢を持ち直せた。
「あ、ありがー。」
女性が礼を言いかけると、
ーパッー
「きゃっ!」
なんと男は急に手を離し、彼女は雪の中に尻もちを着く。
「ちょっ!アナタ何をっ?!」
言いかけて彼女は言葉を飲み込む。
見上げた視線の先に立っている男の顔を、彼女は覚えている。
「あ…アナタは…。」
連れ去られるユウリを追った男、自分を傷つけた男を叩きのめした男…。
「待ってたぜ、アンヌ。」
ソーヤが立っていた。
つづく