その5
情報源を失った俺は途方に暮れていたが、
机に突っ伏する女将さんを見て、
「フィン、一発殴ってくれ!」
「えっ?!」
「お、おいソーヤ、気でも触れたか?」
突然の俺の要求にフィンだけでなくテウルス爺さんも動揺する。
「気合いだよ、気合いっ!」
前世の俺からは想像できない、体育会系の発想。
だが、心がソレを求めている!
「じゃあ…軽くいくね。」
「よし、こいっ!」
俺は目をつむり、歯を食いしばる。
フィンは拳を振りかぶり、ゆっくりと拳を振り下ろす。
「えい。」
ーッゴッ!ー
鈍い音と共に俺の体はふっとび、
ードゴッ!!ー
壁に叩き付けられる。
「えーっ??!!」
テウルス爺さんが目を丸くして叫ぶ。
「お、おいっ!大丈夫かソーヤっ!」
壁にへばりつく俺の元へ、心配したテウルス爺さんが駆け寄る。が、
「ぃてて…。」
「えーっ??!!」
あっさり立ち上がる俺を見て、テウルス爺さんはまたも目を丸くして叫ぶ。
壁にめり込む程の衝撃にも関わらず、俺は口を少し切った程度のダメージ。
母さんに鍛えられた俺の肉体は、この程度なんてことはない。
「お前さんも頑丈すぎて怖いが…な、なんじゃこの娘さんはっ?!」
テウルス爺さんが俺たちから明らかに距離をとっている。
いや、怖くないよ、取って食ったりしないよ?
「ま、運送業は体力勝負。鍛えてるからね。」
「ね♡」
俺たちは決めポーズと取る。
フィンが竜人族なのは、基本的には秘密だ。バレていい事なんて、何もない。
「さ、気合も入った所で、まずはアンヌの家の家探しだ。」
「ココを?」
「ああ。アンヌはいつの間にか消えたって事は、慌てて消えたって事だろ?
恐らく、身の回りの品はほとんど残ってるだろう。そこから手がかりを探す。」
俺はアンヌの部屋を見回す。思った通り、日用品なんかは残っている。
すぐに用意できる、必要最低限のモノ以外は残っているだろう。
「番所に連れていかれた男はどうするんじゃ?」
テウルス爺さんが尋ねる。
「ああ。アイツの方が犯人に結び付きやすいだろうが、番所に聞いた所で簡単には教えてくれないだろう。
まずは、簡単な所から手を付けよう。テウルス爺さん、手伝ってくれるか?」
「ああ、乗りかかった船じゃ。ワシに出来ることならな。」
「よし、さっそくー。」
ーガタッー
音の方を見ると、女将さんが立ち上がっている。
「女将さん、休んでー。」
「ユウリの一大事に、休んでなんていられないよ!
…ホントはね、何かしてないと気が狂いそうだよ…。」
「女将さん…。」
俺たちは協力して、アンヌの部屋を家探しし始めた。
家探し開始からしばらく、やはりタンスには服が残されている。
残されている、と言っても数着しかないが。
元よりあまり数は多くなさそうだ。
しかも、どれも地味でお世辞にも高いモノではないだろう。
「若い娘にしては、地味だし、安物ばかりだな…。」
「アンヌはな、出稼ぎに来とったんじゃ。収入の大半は故郷の家族に送っとったみたいじゃ。
家族思いの、優しい娘じゃったよ…。」
テウルス爺さんが家探しの手を休め、腰をさすりながら教えてくれた。
「ぅおいっ!じゃあ、行先は故郷の可能性が高いじゃねえかっ!
爺さんっ!アンヌの故郷ってのはー。」
「すまん、覚えとらん…。」
「ぬあぁぁっ!!」
掴みかけた手がかりが、一瞬で指の隙間からこぼれ落ちー。
「ん?コレはどっかで…。」
タンスを漁っていた俺は、引き出しの奥で、民族風の意匠の入った小さな手編みの手袋を見つける。
奥の方で大事そうにしまわれていたので、危うく見落とすところだった。
その小さな手袋の意匠、どこかで見た気が…。
「ソーヤ、こっちは何もないよ…。」
屋根裏部屋を探していたフィンが、ホコリとクモの巣にまみれて現れた。
「うおっ、なんて恰好してんだお前は…。」
俺はフィンの頭を払ってやると、肩、腰と進んで、フィンの手袋を払おうとして手が止まる。
「ぅああぁったぁぁっっ!!」
俺は思わずフィンの手を引っ張り上げる。
「痛い痛い痛いぃ~っ!」
「ああ、すまんすまん。」
痛がるフィンを下ろし、俺が謝っていると、
「どうしたんじゃ、大声だして?」
「な、何か手がかりがあったのかいっ?!」
テウルス爺さんと女将さんが駆け込んでくる。
「おお!コレ見てくれよっ!」
俺はタンスの奥から見つけた手袋と、フィンの手を並べる。
「あ!」
「おおっ!そ、その模様はっ!」
「おんなじだあっ!」
そう、ホルクに来る前、フィンの防寒具を買うため立ち寄った村で買ったフィンの手袋と、
アンヌの部屋のタンスから出てきた小さな手袋の模様が同じだったのだ。
「この模様は、この国ではポピュラーなのか?」
俺は念のため、女将さんに確認する。
「いや…地域性、民族性のある伝統的な模様だと思うよ、これは。」
「よし、この手袋を買った村へ行こう!アンヌが帰ってくるかもしれない!
村の名前は確か…テウム村だったか。」
「テウム村…。」
「そんな…。」
俺が手袋を買った村の名を口にすると、テウルス爺さんの顔は曇り、女将さんはガクリとうなだれる。
「なんだ?テウム村がどうした?」
力なくうなだれている女将さんの代わりに、テウルス爺さんが口を開く。
「冬の雪深いこの季節、テウム村方面に行くには乗り合いの大型ソリに乗るしかない。」
「乗り合いのソリ…。ああ、あれか。」
俺は街の入り口で見たヘラジカ風の巨大な動物が4頭立てで引いていた乗り物を思い出した。
「それがどうしたんだ?」
「…今日じゃが、もうとっくに出ておる。」
テウルス爺さんは俺の顔を見て、察しが悪いとでも言いたげに首を振りながら、
「次に出るのは一週間後じゃ。お前さんがココを発つ頃には、故郷に逃げたアンヌはさらにどこかに逃げておるじゃろうて…。」
「あぁぁ…!ユウリっ!」
女将さんは膝から崩れ落ち、床に突っ伏した。
絶望…という雰囲気が部屋に流れたが、
「なんだそんな事か。心配して損したぜ。」
俺は胸を撫で下ろす。
「そ、そんな事って!お前さん、わかっとるんか?!」
「俺はまた、テウム村が遊牧民みたいに放浪してどこにあるかわからない、とかかと思ったぞ。」
「思ったぞぉー。」
フィンがおどけて、俺に続く。俺とフィンは顔を見合わし、ふふ、と笑うと、
「ソーヤ運送店に任せときなっ!」
俺とフィンの見得に、テウルス爺さんは苦笑いした。
つづく