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支援と駆け引き

「ヘレーナさん、だいじょうぶ、ですか?」

 

 ブラットはオアシスの家族にヘレーナ達の存在を周知し終え、大きめの袋を一つ、小さめの袋を三つを持って彼女達の元へ戻った。

 

「……ブラット君。ご家族への連絡は終わったのですか?」

(ここは彼女の領域の筈だけど、弓矢どころか外套まで着込んださっきと同じ格好。私達は危険因子と認識されたまま。まあ当然ね)


 ブラットが戻るまでの間にヘレーナが分析していた内容が、ブラットの内面、それも重要な部分に踏み入りかねないものだったこと。そしてその相手が武装解除していないことを確認したヘレーナは僅かに狼狽えつつも、笑顔を向けて歓迎した。

 尚、ヘレーナはブラットの姿を手荷物以外は『離れる前と同じ』と認識していたが、厳密には違う。彼は騎士達との戦闘で消耗した矢、短剣、簡易の毒物等、貧相なりに武装を充実させていた。


「みんなは、あなたたちが、やの、ばしょからそとにでないなら、いいといってくれました」

「分かっております。許可無く範囲外に出ることはいたしません。他に要望がございましたら、限界までそれに従う所存です」

(前々から思っていたけど、解釈の余地の多い『従う所存』ね……貴族の交渉ならこれが最大限の譲歩にはなるけど、彼女がこれを『聞こえのいい断り文句』と認識したら……)


 貴族は族滅の危機を救われた大恩—―血筋に価値を見出す貴族にとって最大級の危機と恩となる――を前にしても、軽々しく『何でもします』とは言えない。『限界まで』とは提示された要望に対する最大限の誠意ではあるが、同時に『自分達の柵や保身に影響しない範囲での全力』という予防線だ。いくらでも『限界』の下限を設定できる。


「……これ、水とたべもの、です……」

「っ!」


 ブラットはヘレーナの感謝に対しての感想は述べず、持っていた荷物をヘレーナに差し出した。その荷物の中身を聞いてヘレーナと介抱に回っていた騎士達の空気が変わった。


「あ、ありがとうございます!」


 自分の言葉がブラットにどう解釈をされたかを懸念していたヘレーナだったが、そのことを一瞬忘れて袋を手に取る。


「水の入った袋と黒いパンは、分かりますが……この分厚い葉のような緑色の、野菜、でしょうか? 茶色い木の実は、このオアシスに実っているものですか?」

「このみどりのものは、サボテン、こっちのきのみはバオと、よばれています。ちかくのまちでは、さばくでもいきているから、せいれいさまがやどっている、といわれています」


 ヘレーナはサボテンもバオもどちらも名前を知っていた。だがオアシスで生活を営むブラットと、フェルマーの館でやりとりされる書類からその名前を知った彼女の間には、その二つの植物に対する認識に差があった。


「バオは、名前は存じています。サボテンは……私の知る限りでは、針が大量に生えていて毒があると記されていたのですが、食せるのですか?」

「はりは、あぶないから、たべません。でも、みのぶぶんは、どくはないです。そのままたべられます」


 デルラ砂漠のサボテンに毒はない。だが危険そうな外観等から、サボテンの生態は一部を除き認知されていなかった。

 ブラットはヘレーナが手に取っていたサボテンを小さく千切ると、袋から取り出したバオの実と一緒に自分の口に放り込んだ。


「わたし、これをたくさん、たべてきました。どくは、ありません」

「わざわざ毒見のような真似をさせてしまい、申し訳ございません。水と食糧、誠にありがとうございます」


 目の前で実食することでその安全性を保障したブラットに、ヘレーナは深く頭を下げる。


(食べ物の疑問への察しの良さは、疑問を抱かれたのが初ではないから澱みなく答えられた見るべき。やはり彼女には仲間がいる)

(皆がそこに気が付かなければいいのだけれど……今は食糧が先ね)

(サボテンもバオも、少なくとも私がフェルマーの家を出るまでは、砂漠の近隣都市で分布が確認されていた植物。黒パンもフェルマーの街ならどこでも入手可能だから、現在位置の手掛かりにはならない……)

(植物はオアシス由来だけど、黒パンは人の街でないと入手出来ない筈。それを複数個提供出来るということは、このオアシスには黒パン・貨幣と交換可能な資源がある?)


 深く下げられた彼女の頭の中では、今後の交渉を有意義にするべく分析がなされていた。ブラットの仲間に関する仮定と想定される対応、植生からの現在地の推理、オアシスの財政状態……と、また思考が逸れていることを自覚して小さく息を吐いた。


(今は皆に栄養を摂らせる方が重要ね。立地や背景についてはまだ考える余裕がある筈)

「疲弊しているところ申し訳ないのだけど、いただいた食糧を皆で食べましょう。眠っている人は起こした方がいいのかしら?」

「……最低限、何か口にしておかないと体力も回復できないでしょう。無理にでも起こして食事にします」


 エリーは渡された食糧の中身を見て思わず『こんな訳の分からないものを御二人に食べさせる気か!?』と怒鳴りそうになったが、必死に飲み込んで言葉にはしなかった。強引さを漂わせる台詞には、その憤りを誤魔化す意味もあった。


「……それから、みなさんの、ぶきを、まとめてあそこに、おいて、ください。あとで、わたしがもってかえり、ます」

「っ」


 武器の扱いについては皆が警戒しつつ、オアシスに到着してから今まで指摘が無かったことからそのままだった。だが不意打ち気味な武器の没収にエリーを始め騎士達の間に動揺が走った。


「承知、しました。エリー。食事と並行して武器も集めてください」

「……はっ」


 目礼するエリーを見ながら、ヘレーナは部下に威圧をかけた少年への分析を深める。


(エリーが出した不機嫌な空気を察知して、敢えて強めの言葉を浴びせた。会話、というより対人能力は低い)

(代わりに雰囲気や空気を感じ取る感覚は鋭い。野性的とでもいうのかしら?)


 ブラットの対人能力、あるいは順序立てて物事を進める事務的な能力は低い。これは破損させたとはいえまだ利用できる武具の解除をオアシスについた時点で求めなかったことから推し量れる。一方でエリーの無表情に隠された憤りに、武装解除という挑発的言葉で反撃した。


(弁論の上手さや計画を立てて実行する能力、単純な知識量は年齢相応かそれ以下。その代わり相手の感情や空気等を本能的に感じ取る。物事の本質的な部分を見抜いて最短の交渉をする部類ね)


 虚飾・建前を嫌う人間は平常な交渉には不向きだ。一方で重要な局面で奥底にある本質を捉える目は、時に最適解を弾き出す。


(……不利な要素への過剰警戒はしない。死の危機に瀕する私達が虚飾を取り払った直截な対話が出来ると肯定的に捉えましょう)


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