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統率者の思案

「皆さん。とても疲弊しているのは承知ですが、これから休む人間と、まだ起きておく人間を決めておきます。少なくともブラット君が戻って来るまで起きていて、先に休む人の介抱を行います」

「か、かしこまりました」


 倒れ込んでいたエリーが、緩慢な動きながら起き上がろうとする。11人のうち、要人で幼いアンシャナと昏倒しているヨーゼフは除外し、9人の人間が辛うじて行動出来る。全員消耗が激しいが、何とか半分の4人を選別した。


「貴方達は騎士の皆の介抱を。私は、アンシャナを看ます」

「失礼ながら、私は先にへレーナ様と、アンシャナ様の様子を確認してもよろしいでしょうか? 問題が無さそうであれば、騎士達の介抱に移ります」

「そう、ね。ではエリー、貴女は私達を確認してください。その後に皆の介抱をお願いします」

「はっ」


 ヘレーナはエリーと3名の男性騎士に命じると、自分は娘の様子を確認する。

 元から朦朧としていたアンシャナは、ブラットとの諍いの直後に完全に眠っており、小さく寝息を立てていた。


(……へレーナ様は外套の金属部分に矢が当たって、矢傷は浅い。アンシャナ様が行った治癒魔法も、傷の応急処置程度には効いている……)

(……アンシャナ様も、今すぐ何か起きるという状態ではない。とはいえ、消耗が激しい今はまず休養に加えて水分と栄養補給が必須。砂漠から身を守る拠点に入れたとはいえ、まだ油断はできないか……)

「……具合は大丈夫そうかしら?」


 アンシャナの手首から脈を、髪を払って顔色を確認したエリーは、ヘレーナの質問に言葉を選びながら返答する。


「……しばらく問題は無いと思われます。消耗は激しいですが、水と食糧をあの少女から得られれば回復するかと……」

「そう……」


 騎士は任務によって遠征・強行軍も行う為、傷病者の容態を看ることも担当分野の一つではある。補給をブラットに依存することを併せて考えると、エリーも無条件に肯定的な答えは返せなかった。

 ヘレーナも可能性以上の答えを引き出せないことは承知していた為、曖昧な答えに対して苛立ちはしても表には出さなかった。


(私より怪我や病気に詳しいエリーが『大丈夫そう』というなら、とりあえずはそれで納得するしかないわね…… 騎士達の介抱も必要だし、エリーにも向こうに行ってもらわないと……)

「では貴方は騎士達の介抱を。特にヨーゼフの容態に注意してください」

「はっ」


 ヘレーナは娘の案じる心を押し殺して、エリーにも騎士達の介抱を命じる。離れていく部下の背を横目に、彼女は娘の手を優しく力強く握りしめた。


「……アンナ……」


 この一瞬だけヘレーナは統率者から母親に戻った。オアシスに到着してからすぐにブラットと衝突してしまったことから、後回しにせざるを得なかった娘の容態確認を終える。今すぐにでも抱きしめたい衝動を抑え、心と表情を統率者のそれに切り替える。


(……あまりアンナのことだけ考えている訳にもいかないわ。私達が生きてフェルマー領都に辿り着く。その為に出来ることを最大限にしなければ……)


 先に休んでいる騎士達の介抱に参加する為に立ち上がろうとしたが、上手く力が入らずに倒れそうになったのを、両手を付いて耐えた。崩れ落ちたヘレーナに慌ててエリーが制止を呼びかける。


「ヘレーナ様は、そちらでアンシャナ様の介抱を続けてください! こちらは私達だけで問題ありません」

「で、ですが……」

「ヘレーナ様自身消耗しております。それに我々の任務はアンシャナ様とヘレーナ様をお守りすることです。我々への気遣いの為に要らぬ消耗をしては意味がありません」

「ですが……」


 ヘレーナの善性は美徳であり、エリー達も有難く思っている。しかし既に護衛として厳罰必至の失態を犯している身だ。避けられる些事に主を煩わせる訳にはいかなかった。


「……それに、ヘレーナ様には、あの少女との交渉という役割がございます。我々では、その役割は全う出来ません。彼女が戻って来るまで、心を整えてお待ちください」

「……わかりました。そちらはお願いします」


 エリーの要望はヘレーナを休ませる為の方便ではあるが、全てが建前でもない。それを察した彼女はアンシャナの傍の木の幹に背を預けて小さく息を吐いた。


「ブラット君との交渉……」


 小さく呟いたヘレーナは、もう一度娘の寝顔に目を落とす。そして意識を親から統率者に切り替える為に目を閉じて、アンシャナの姿を視界から消した。


(少なくとも、ここにはブラット君以外の人間もいる筈。でも、彼女はその誰かに私達を接触させる気はない……)

(あの『人がいない』ことを強調する話し方。本当にいないなら『私の家族は鳥や虫だけ』とあっさり済ませた筈。やはり彼女以外に誰かがいて、人質を警戒している)


 ヘレーナはブラットの言葉の裏を鋭く洞察していた。人がいないことを強調した結果、ヘレーナに確信の手前程度に、別の人間の存在を察知された。

 貴族の社交を渡り歩いてきたヘレーナを、10になるのブラットが騙すというのは無理があった。


(私達の人質を取られることを警戒していることから、彼女以外の人間の戦力は低い。とはいえ万一諍いを起こしたら、またブラット君と戦う上に、この砂漠で孤立する)

(弓の腕前とあの『動物を操る能力』を持つ彼女なら、このオアシスに人の集団がいたと仮定しても、それなりに高い権限を保有していると考えられる。なら彼女の機嫌さえ損ねなければ、その集団から厭われたとしても短期間滞在は可能……と仮定する)

(あの特異な能力。もし鳥や虫が遠くで見聞きした情報を簡易にでも聞き取ることが出来るとしたら、離れた私達の存在を察知出来た理由になる)

(動物を操って私達に毒を打ち込むようなことは出来るかしら? そもそもあれは何? ただ動物に好かれているだけ? それとも私が知らないだけであんな魔法がこの世界にはある? ……いや、今は彼女の能力は重要じゃない)


 最初は都合の良い期待込みではあったが冷静な分析――都合の良い条件を前提にしなければ生還がままならないという開き直りでもある――が、徐々にブラット個人への興味と警戒にすり替わっていく。そのことを自覚したヘレーナは頭を振って必要のない思考を振り払った。


「思考が散漫になっているわね……一度整理しないと……」


 ヘレーナは分析をやり直す為に、敢えて言葉にしながら息を整える。


(私達の最終目標は、ここから誰も死なせずにフェルマー領都に帰還すること。そのために必要なのは、このオアシスでの休息とホランド以外の近隣都市へのブラット君の先導……)

(事前に決まっている対価はこちらが持っている金品・実用品の可能な限りの譲渡。護衛の戦力としては、ある程度の休息ができれば魔法を使えるようになるから武器を譲渡しても一応問題はない)

(ここの住民達と無用な摩擦を避けることも絶対条件。諍いを起こせば彼女に近隣都市までの案内を依頼することが困難になる)

(関係が悪化した場合は人質をとって案内させる手段もあるけど……ほぼ確実に砂漠で遭難させられて終わりね……)


 ブラットと穏当に交渉を進めたヘレーナは善人だ。だが貴族の端くれとして良識を超えた駆け引きも視野に入れている。『恩人の人質をとって強制的に支援を引き出す』ことは検討可能な選択肢だ。

 だがその企みは実現性の低さからすぐに棄却出来た。良心の呵責に苛まれずに済んだが、選択肢の乏しさを再確認した彼女の顔色は晴れない。


(皆を騙すようになってしまうけど、『人質に取れる仲間がいる』ではなく『ブラット君以外の人間はいない』と認識させる方が無難ね……合理よりも怨恨を優先してしまう可能性がある……)

(皆の怨恨を刺激しないよう、最悪怨恨の念を暴走させそうになった場合はそれを諫める。私にそれが出来るの?)

(……騎士の皆の怒りの制御も、私の役割であり、必ず成功させなければならない。弱音を吐いている場合じゃないわ)


 救助の恩人であると同時に同僚の仇のブラットに対する感情について、ヘレーナは楽観的になれなかった。同僚の殉職という喪失感は、生還の喜びが落ち着く頃に再燃するかもしれない。


(救助の対価についても、手持ちの物資以外に考えるべき。見捨てられたら終わりの私達は、物資を全て奪われた上で砂漠に置き去りにされたとしても何も出来ない)

(彼女が私達を生かして返そうと思える、あるいは私達を近隣都市へ案内する直前まで提供出来る対価……即座に思いつくのは『帰還後の報償』だけど……)

(ここから去った後に再び接触することは難しい。その為にブラット君が近隣都市まで足を運ばせるとなると、それがお礼と認識されるかは微妙になってしまう)

(次に思いつくのは『情報』。とはいってもフェルマー領から離れて王都にいた私にデルラ砂漠やその近隣都市の話は出来ないし、砂漠や生活に関する知識等は論外……)

(彼女は恵まれない過去から、私達親子に興味を抱いたことで戦闘を止めた。なら、私達親子に関する話題等で気を引くことは可能なのかしら?)

(でも『私達親子への好奇心』を想定に入れた駆け引きは、目に見える実利がほぼ発生しない。成功率の見込みを出すことが出来ない……)


 最終目標、最終目標を達成する為の条件、自分達が使用出来る手札。一瞬でも気を抜けば気を失いそうな疲労と重圧を強い意志で跳ね除けて、ヘレーナは思考を続けた。

 ブラットが彼女達の元へ戻って来たのは、彼への報酬について思案している最中だった。


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