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未知の献身

(これで、3本め。たぶん、2本はあたった)


 外套の人物――ブラットはうつ伏せからの射撃という尋常ならざる撃ち方で3本の矢を放っていた。目視は出来ないので断言は出来ないが、少なくとも2本は当たっているという手応えを感じていた。

 その射手としての感覚は正解だった。1本は一行陣営を掠める位置に外れていたが、2本は騎士達を射抜いていた。


(18人と、けんをつかうのがまもる、2人。これで5人たおした。のこりのてきは13人と2人。つかった矢は8本。のこりの矢は、9本。ぜんいん、たおすにはたりないから、ひろわないと……)


 ヨーゼフ達程ではないが、ブラットも苦しい状況にあった。

 10にもならないような幼童故に、体格・筋力が戦闘に向いていない。短剣は持っているが、幸運が無ければ敵の命を奪うような使い方は出来ない。

 彼が敵を殺傷する手段はほぼ弓矢に限定される。10人以上残っている敵一行を処理し切るには矢が足りなかった。


(あとは、短剣を、なげるこうげきなら、まだいける。一1本しかないから、まだたりないけど)

(さいしょにうった1本をひろって、十10本。短剣もなげて、こうげきはのこり11回。1回はずすとくるしい)


 失敗の危険は残るが、それなりの成功率を見込める作戦を考案出来た、その少し後に砂嵐が収まってきた。


(そろそろ、砂あらしが、おさまる。まだ風はあるけど、それはむこうも、おなじ。いまうごいたほうがいい)


 弱まったとはいえ、まだ砂を巻き上げ、眼に入れば失明の危険もある。だが砂嵐との付き合いが長いブラットは、砂が直撃しないように風を読んで顔の角度を調整しつつ、敵一行を観察する。

 ヨーゼフ達は地面に伏せて身を守る体勢のままだった。ブラットの都合のいい状況に逆に身体が硬直してしまう。


(……もしかして、むこうは、砂あらしがいつとまるかわからないから、おさまりそうな、いまのかぜでもうごけない? いまなら、こっちだけが殺せる?)


 好条件の前に逆に警戒心が募る。とはいえ静観という選択肢が取れる程、ブラットも戦士として成熟していなかった。


「ふっ!」


 ブラットは巧遅よりも拙速を選んだが、相手側が自身の正確な位置を把握出来ないよう工夫はした。上空に矢を放ち、落下の運動量で敵を撃ち抜く上向きからの曲射で狙った。

 自然落下の力で射抜く上向き曲射は、射手の手を離れてから的に到達するまでの間が長い分より精密な照準が必要になる。その分、自然落下による推力・人間の大きな死角である頭上からの奇襲性・軌道からの射手の位置を推察させ難い隠密性と、難易度に相応しい強力な一手だ。


「ひぎゃっ!?」


 ブラットの曲射は今度も命中した。だがその達成感に酔い痴れるでもなく、彼は最初に射た矢の回収に走った。


「ああ……た、たすけて……首が、眼が……」


 ブラットと最初に交戦し、目潰しと首への一矢に加え、呼吸が覚束ない程の砂嵐に立て続けに見舞われて、半生の模様で譫言のように助けを求める若い騎士。

 その騎士の側まで走り寄ると、まだ首に刺さっていた矢を躊躇いなく引き抜いた。


「ぁぁっ!?」


 喉を貫かれたことで満足に言葉を発せられなかった若い騎士は、喉を更に裂かれる苦痛を漏れ出る呼気で訴えながら力尽きた。


(これで10本。てきは12人と、2人)

「ん?」


 事切れた若い騎士の後3歩程の場所に転がっていた水袋が眼に止まった。瀕死ながら水を求めて這いずっていた結果、後一歩のところまで肉薄出来ていた。砂嵐に合わなければ、延命は出来ずとも、死に際の渇きを潤すことは出来たかもしれない。

 その時、砂嵐が止んだ。


「おのれぇぇ……!」


 砂嵐をやり過ごしたヨーゼフ一行の部下の騎士が、同僚に止めを刺したブラットへの怒りから自身の予備武器である短剣を投擲してきたのだ。


(あのきょりからじゃ、かんたんによけられ……?)


 ブラットは射撃・投擲の技術が高い。だからその短剣の軌道が自分の知る常識と異なることに気がついた。


(うちおとして、そのあとにあの短剣も、うばう)


 避けのではなく撃ち落とすのが正解と直感したブラットは、自分の短剣を引き抜くと、飛来してくる敵の短剣目掛けて投げつけた。

 甲高い金属音が鳴り響き、2本の短剣が地面に落下した。


「くそっ!」


 短剣を投擲した騎士は、攻撃の失敗に毒付く。

 だがこの攻撃は牽制・妨害としては有効だった。『投擲を投擲で迎撃する』という精密挙動はブラットの集中力を消費させ、足を止め、ヨーゼフ達に割く注意が薄れた。


「【火球】!」


 その隙を見逃さなかったヨーゼフは、|魔法(、、)を行使出来た。彼のブラットに向けられた鋒から人間の頭程の大きさの火の玉を発生させた。


 【魔法】


 人間の生命力を【魔力】に変換し、世界の事象を行使者の望むように改変する技術。

 魔法の素養は血筋に依存し、且つ専門的な訓練をしなければ実用域に達することはないとされる、選ばれし者だけが扱える力。破壊の力に洗練された魔法使いであれば兵士十数人分に匹敵する武力となる。

 ヨーゼフ及び部下の騎士達は、全員(、、)がこの【魔法】を使う騎士だった。本来の戦力を発揮出来れば、彼らはブラット等軽く排除出来た。


(ようやくこちらが主導権を取れた! この攻撃で必ず仕留める!)


 ヨーゼフは部下が行なったような『短剣の軌道を風で操作する』という魔力消費が少ない魔法ではなく、攻撃力・消費魔力共に高い【火球】を選択した。同じような魔法では撃ち落とされるだけと判断したのだ。

 魔力消費で途切れそうになる意識を決死の思いで繋ぎ止めながら、追尾弾として【火球】を放った。

 一方、ブラットは初めて見る魔法に一瞬見惚れてしまっていた。


「ひの、たま……!?」


 生まれて初めて見る超常現象に目を見開いて動きを止めてしまった。それでもなんとか動揺を抑え込んで矢を放つ。


(矢が、きかない……!?)


 魔力で編まれた実体の無い火。矢等の物理攻撃は意味をなさない。

 ブラットは数秒足らずで自分に着弾する魔法の火の玉に対して、貴重な数秒を無駄にした。


「ぐぅ……!」


 一方、ブラットが【火球】に放った矢も無駄ということはなかった。【火球】をすり抜けた矢は、偶然だがそのままヨーゼフに届いた。火炎が一瞬の遮蔽物となり、直前で顔を庇う為に出された左手を貫いた。


(凄まじい弓の腕だが、貴様は必ずこの魔法で仕留める! 逃げてもその【火球】は私の操作で貴様を追い続ける!)


 ヨーゼフは自分の手が刺された程度で魔法の行使を中断させることはない。彼の中の矜持が、少々の痛みを意志で捩じ伏せて追尾弾を操作し続ける。

 ヨーゼフの執念の魔法攻撃は、この戦闘でブラットを初めて危機に追い込んだ。既に迎撃の矢を放って失敗し、しかも迫る【火球】は追尾性。回避の余地は無い。

 ここ棒立ちにならなかったのは、ブラットの生存本能の鋭さ故だった。咄嗟に目の前で息絶えた騎士の亡骸、の横に転がっていた水袋を迫り来る【火球】に投擲した。後僅かで直撃という距離まで迫っており、【火球】に投げ付けたのか、【火球】とブラットの間に滑り込ませたのか判然としない程に寸前で間に合わせた。


「うぁぁ……!?」


【火球】の熱量が、革製水袋の破壊と中の水分の蒸発に消費される。【火球】は直接ブラットを殺傷することはなかった。だが水分が高熱によって蒸発・膨張する水蒸気の余波までは防げなかった。

 水蒸気爆発によって吹き飛ばされたブラットは、負傷にならない程度の高温・衝撃に顔を顰めながら、蒸気と砂で不明瞭な視界を射手の感覚で補い、上向き曲射でヨーゼフ達を狙撃した。


「ぐぁ!?」


 ブラットの反撃は命中した。元からの疲弊に魔法による魔力消費、そして致命傷ではないが矢による左手の機能不全。ヨーゼフはもう意識を結ぶのすら困難な状態だった。


(手をつらぬいた、だけだけど、たおれた? さいしょから、つかれきっていた? なら、のこり、10人と、2人。矢は、8本。短剣は、2本)


 矢を射た後、先ほど投擲した短剣と、投擲で迎撃した短剣も回収する。上手くいけば、一撃一殺で戦闘を終えられる計算だ。


「ヨ、ヨーゼフ隊長……! く、くそっ、くそがぁ!!」

「ま、待で……無闇に突っ込んでも、駄目だ!」


 その時、ブラットにとって嬉しい誤算が起きた。倒れたヨーゼフを支えていた騎士2人のうち一人が、ブラット目掛けて突撃してきたのだ。仲間の静止も聞かずに必死の形相で走り出す。

 この騎士は隊の要であるヨーゼフが倒れたことで忍耐の糸が切れた。このまま遠距離からブラットに全滅させられる未来を想像することを止められなくなってしまった。


(ちかづいてくれるなら、たすかる)


 ブラットはそんな決死の覚悟に対して特に怯えるでもなく、ただ敵が狙い易い位置に来たとしか捉えなかった。

 『行使者の居場所が割れている状態での遠距離攻撃』を有効打とするには

・逃げる距離を覆いつくす広範囲攻撃

・回避、防御の余地を奪う策術

・回避、防御能力を上回る破壊力、速度の攻撃

 のいずれかが必要になる。

 ブラットにもヨーゼフ達にも1番目・3番目を実行出来る物資・体力は無い。よって消去法的に相手の行動を阻害する作戦を主軸としていた。

 具体的には、ヨーゼフは捨て玉の魔法によってブラットの動きを制限する作戦を採用した。ブラットは自然発生した強風・砂嵐の流れに乗ることで敵達の対応能力を超えた狙撃を行い、砂嵐で身動きが取れない時間に攻撃を加えた。

 実際、ブラットもヨーゼフ達も単調な遠距離攻撃は簡単に対処していた。自分から距離を詰めてくれるなら好都合だった。


(とりあえず、このおとこをかべのかわりにして、うしろのれんちゅうを、さっきのひのたまよりさきにねらう)


 いくら頭に血が登って近づいたとしても、射手の存在を認知した状態での遠距離攻撃が容易に対処出来ることは変わらない。正面から向かってくる敵よりも、後ろ本陣からの遠距離攻撃に方が危険という判断もあった。

 ブラットはもう1度【火球】を撃たれる前に追撃すると決めた。走る騎士の頭上で、剣で弾き落とされない高さ・角度を想定して本陣を射る。

 本陣の騎士達の視界から隠れているうちに矢の速度は最高速度に達しており、剣に弾き落とされも躱されもせず命中した。


「いっ……!」


 遮蔽物越しの射撃は、先の【火球】を通した矢に続いて2度目だ。本来、ヨーゼフ達の部隊に通じる攻撃では無い。

 だが通じた。理由は士気の低下だ。

 ヨーゼフが隊長を務めるこの部隊は、当然ヨーゼフを中心に回っている。そのヨーゼフが倒れたことで元から限界の淵にいた部隊の心が折れた。


(これで、のこり9人と2人。矢は7本。短剣が2本)


 多くの騎士が戦意喪失かそれに近い精神状態になる中、唯一の例外はブラット目掛けて走る騎士だ。彼だけは戦意が充溢し、更に自分を無視するような後方への攻撃が結果として挑発となた。乾き切った喉が裂けて血を吐きながら、ブラットを遂に間合いに捉えた。


(砂の目潰しも水の罠も覚悟の上だ! 命と引き換えに貴様を殺す!)

「くたばれぇぇぇぇ!!」


 激昂しているからこそ頭の一部を冷徹に動かしながら、生涯最後の剣劇を繰り出した。


(すべって、にげる)

 

 ブラットにはその一撃を素直に受ける義理は無い。

 彼は最初に一行を観察する時、風によって砂が偏らせた砂山の上にいた。そして現在も、戦闘行動や途中の砂嵐での砂の移動はあっても、まだ砂山の上にいた。

 ブラットは外套の中に隠し、背負っていた木の板を砂山の斜面に放ると、その上に飛び乗って砂山を滑り降りた(、、、、、)


「なあ!?」


 予想外の移動方法に驚く騎士を無視して、ブラットは剣の間合いから離れていく。砂漠を長く生きた彼が編み出した、砂漠を効率的に動く移動方法の一つだ。


「ふざけるなぁ……! この、ひ、ひぎょうもの……がぁっ!!」


 最後の一撃をまともに応じず逃げられた無念さを叫びながら崩れ落ちる騎士に、滑りを終えたブラットが振り向くと同時に矢を見舞う。


(のこり8人と2人、矢は7本、短剣は2本)


 襲いかかった騎士を返り討ちにしたブラットは、意識を敵本陣の方に移す。


(なかまが、なんにんも殺されて、あきらめかけている? そうなら、かんたんにころせる)


 ブラットは敵陣営の諦観・絶望を察知すると、徹底的にたたみかけることに決めた。元よりそのつもりだったが、その好機が目の前に転がっていると直感した。


(! いま!)


 肌から伝わる空気を感じ取ったブラットは、これまでのように細工をせず、直線的な射線で矢を番えた。そして矢を放つ半瞬前にブラットの背中側から風が吹いた。砂が少量巻き上げられ、騎士達の眼に入りかけた。


「っ!」


 目を潰されないように顔面を庇った。攻撃体制の敵の前で安易に視界を塞ぐという失態は、限界を超えた疲弊に、精神的支柱のヨーゼフの戦線離脱が大きかった。

 ただブラットの弓矢も、積極的な攻勢に転じたことへの高揚から若干荒れた。

 大勢に影響は無い。狙っていた騎士の動きの予測を外し、その後ろで座り込んでいた騎士達が守ろうとしていた要人2人の片方が射線に入ってしまっただけだ。騎士達には命に代えても守らなければならない貴人であっても、ブラットには殺す順番の入れ替わりでしかない。

 その時、騎士達が風と砂から顔を守ろうとした腕と同じように、矢の射線にいる方の要人の帽巾も風に煽られ、隠れていた顔が露わになった。


「えっ……」

(こど、も!?)


 敵が守ろうとしていた存在の思いもよらぬ正体に愕然としてしまうが、放たれた矢がブラットの心情を斟酌することはない。推力に従ってその子供を貫くだけだ。

 その筈だった。


「アンナッ!!」




 へレーナは護衛の騎士達が次々とブラットに討ち取られていくのを傍観するしかなかった。内心では現状を打開する為の方策を必死に考えていたが、場は明らかに弁舌で鎮められる段階を超えていた。声を出そうにも枯れた喉からは言葉を紡ぐことすら出来なかった。

 疲弊に加え命を奪い合う戦闘の気迫に精神を削られ、思考を巡らすことすら困難になった時だった。

 風が吹き、騎士達の視界を奪った。そしてへレーナの横で座り込んでいるアンシャナの帽巾を煽り、隠れていた顔を露わにした。


(ア、アンナ……)


 アンナも限界の疲弊で、虚ろな表情を浮かべていた。そんな痛ましい娘の姿に、母としての本能が最後の力を振り絞らさせ、正常な思考を取り戻した。

 ぼやけていた視界が一気に鮮明になった。それどころか、周囲の時間の流れが極端に遅くなったように感じられた。周囲を舞う砂粒、騎士達の動き、自分達に向かってくる矢。その全てをへレーナの目は捉えていた。


(あの矢の軌道は!)


 へレーナ・アンシャナ親子とブラットの間には騎士達の防壁が作られていた。だが砂風に煽られて射線が開いた。


(このままでは、アンナに当たる! それだけは絶対に……!)


 へレーナの身体が、疲弊・苦痛を覆い潰すほどの『母の愛』によって動いた。


「アンナッ!!」


 ヘレーナの右肩に灼熱が広がった。

 アンシャナに覆い被さる、あるいはアンシャナ側に倒れ込むように動いたへレーナの右肩には、矢が突き立っていた。

 貴族の淑女は体型維持・護身術程度にしか身体を鍛えない。肌に傷を作るようなことはまず無い。へレーナも日常生活の引っ掻き傷や打撲程度の痛みしか経験はなく、身体に矢が刺さる痛み等生まれて初めてだった。


(よ、よかった。アンナは無事ね……それに、私も肩にちょっと矢が刺さっただけみたい。すぐに死ぬことは無さそうね……)


 それでもへレーナの心にその苦痛を厭う心はなかった。ただ愛する娘が死んでいたかもしれない未来を防げた喜びがあった。


「お、おかあさま……?」


 虚ろだったアンシャナの表情にも正気が戻っていた。あるいは目の前の光景に無理やり正常に戻された。


「お母様ッ!? お母様ッッ!!」


 愛する母親が自分を庇って矢に打たれた。幼い少女の精神を狂乱させるに充分過ぎる事実だ。


「【癒しの光】……!!」


 ただアンシャナは泣き喚くだけの子供ではなかった。腰に差してあった杖を抜きながら、砂漠の微風にかき消される程の小声で唱える。杖の先端から小さな白い光が起こり、へレーナの身体を薄く包んだ。


「ア、アンシャナ様! 治癒魔法を止めてください! へレーナ様の体力が持ちません……!」

「うるさい! 役立たずの騎士が邪魔をするな! お母様、お母様ぁ!!」


 騎士の静止を跳ね除けて治癒魔法をへレーナに掛け続けるアンシャナ。だがその行動は騎士の指摘通り悪手だった。

 魔法の知識がない民衆は魔法・魔法使いを万能と見ている傾向があるが、実際はそんな劇的なものではない。

 【治癒魔法】は受ける側の生命力に体外から干渉し、且つ干渉によって発生する魔力の流動に方式を与えることで自然治癒力を向上させ、損傷を修復させる。つまり疲弊した今のへレーナの生命力を更に消耗させることになりかねない。

 アンシャはこの年齢にして初級とはいえ実用域の魔法を繰る魔法使いだ。当然魔法の反作用・副作用についても知悉している。ただ目の前で母親が死にかけるという絶望的状況を前に、冷静な判断力を失っていた。


「だい、じょうぶ……大丈夫よ、アンナ……」

「お母様!!」

「治癒魔法は……もういいわ。それよりも……!」


 幸い、騎士達が恐れていた事態が免れたことは、へレーナの行動によって証明された。

 アンシャナを制止する為に掲げられた手をそのまま肩に添え、娘を支えにしながらなんとか身を起こすへレーナ。我が子を第一に思い遣る彼女であれば、疲弊している娘を杖代わりにするということはまずしない。それだけ危機的状況ということだ。


(騎士達はまだ私が射られたことへの動揺で動かない。攻撃も何故か止まった。止めるなら今しかない!)


 へレーナは消耗に加えて肩の負傷で意識が遠のきそうになるのを必死に堪え、自らの責務を全うせんとする。震える脚で立ち、弓を構えた体勢で留まる射手を真っ直ぐに見据えた。


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