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来訪の知らせ

 木々と草花は大地より糧を吸い上げ鮮やかに実る。その恩恵の下を生きる小生物達は、植物達の実り、あるいは植物そのものを糧に命を繋ぐ。そして生き物達が生きる中で種を運び、実りを助け、その果てに命尽きた骸となって大地に還る。

 太古の昔より、世界中で連綿と紡がれてきた命の営みの一つがそこにあった。

 そしてその自然の只中にあって、『自然』とは相反する、『人工』の営みが繰り広げられていた。

 『自然』と反義に当てはまる概念の一つは『人工』。

 線引きの定義は時代・地域によって幾筋にも分かれるが、ある程度普遍的に認知される定義は、『人間の手で発生させられた事象・結果』。

 そこでは、『人間』が『人間が加工した弓と矢』を構えていた。

 しかし『人工』の現象でありながら、その中には極めて『自然』に近い『静止』の概念も溶け込んでいた。

 『静止』は、瞬き程の僅かな時間ですら常に動き続ける生物とは相性が悪い概念。

 だが一部の生物達は、その相性が悪い概念を取り込むことで、世界を生きる武器としてきた。狩猟・自衛・隠密といった生存競争の一幕で〝動かないこと〟は有力な手札となり得る。常に動作せずにはいられない性質は、抑え込むことができれば索敵の網に掛からない。




 そしてこの少年(、、)の今の挙動は、間違いなく〝動かないこと〟を高い次元で実践していた。

 普通の人間は不動を意識して直立している時でも、僅かな身じろぎ・揺らぎを発してしまう。これを制御出来るのは、自身の身体を高い次元で掌握している者だけだ。

 弓を構える左腕、矢を番える右腕、矢の進むであろう軌跡を見据える眼差し、弓矢を繰る両腕の支えとなる肩・背、そしてそれら全ての土台となっている足腰。

 全てが完全な〝動かないこと〟を実現していた。自然の木々の中に佇む少年の在り様をな表現するなら


『自然と一体化した人間』


 が妥当だろう。

 しかし、少年が人間である以上、自主的か外的要因かは問わずいつかは〝動かないこと〟の時間は終わる。

 その少年は射の構えを解いた。まず矢の筈――弓の弦に番える矢の最後端部――を外し、次いで弓自体も下ろした。

 そして小さく息を吐く。弓矢を巡る動作だけでは、絡繰りによって決まった動作だけを実行する人形の如く無機質な少年だった。だがその呼吸の動作には、人形には到底真似出来ない生命特有の色があった。

 そして息を吸ってその呼気を吐き出す。その反復行動を計五回重ねた時、一際大きな風が、周囲の木々と少年の緑の髪を揺らした。

 その瞬間、それまで動きながらもまだ〝静〟を保っていた少年の立ち姿に、突如として〝動〟の構成が加えられた。

 構えを解きながらも即座に射の態勢へ移行できる立ち姿を維持していた少年は、弓矢を放つ構えへと移行しつつ、同時並行でそれまで背中を向けていた空間へと反転した。

 それまで完全に視界の外であった領域を見据える半瞬前に、番えていた矢を放った。 そして、それまで完全に視界の外であった領域を見据える半瞬前に、番えていた矢を放った。

 放たれた矢は放物線を描き、木々の隙間を推力のままに進んでいく。最後まで無数に聳える木々に阻まれずに地面に斜めの角度で突き立った。

 少年は矢を回収する為に歩み寄る。そして矢を手に取り、先端部分を確認して顔を少しだけ綻ばせた。


「ん」


 少年が目線の高さに持ち上げた矢には、三枚の木の葉が射抜かれていた。

 自分の周囲の環境――地面に散らばる木の葉の枚数・位置――の記憶と、五感から伝わる気流の流れから、地面より舞い上げられる木の葉の動きを予測し、その内の三枚を矢で打ち抜く。

 そんな絶技を視界の外の領域で成し遂げた少年は、その事実を喜びつつも頓着はしなかった。あるのは『自分なら出来る』と確信していた者だけが出せる、地に足の着いた達成感のみだ。

 そして十数歩ほど離れた木の根本に座り込み、弓と背の矢筒を傍に下ろすと、左手側に置かれていた革製の水筒から水を煽った。

 二口程度水を嚥下した少年は水筒も手放すと、自由になった両手を解すように握って開いてを数度繰り返す。最後には両掌を合わせるように握り顔の高さに持ち上げ、まるで何かに祈るような姿勢をとった。


「……おばあちゃん……」


 組み合わせた両手を顔の高さに掲げ、遠くの誰かに呼び掛けるように呟いた少年は、両手の隙間に唇を当てた。

 

「…………――――――――――……っ」


 そして音色が響き渡った。

 手笛。両手を合わせて中に作った空洞に、親指同士を立てて揃えた隙間から空気を吹き込み音を奏でる、手軽な吹奏楽器の1つ。

 だが楽器が凡百でも、奏者の演奏によって旋律は万色の色彩を帯びる。

 演奏には奏者の内面が反映されるという。今奏でられている音には多少の未熟さを跳ね除ける

 『誰かへの純粋な思い』

 があった。

 そしてその『思い』は、その思いが向いている人物以外の人間どころか、生物の垣根も超えて響いていた。

 木の枝には無数の鳥達が集っている。木々が根付く地には小動物達が足音を殺すように寄っていた。木から離れ、丈の短い草が茂る隙間や裏には虫達が微動だにせず止まっている。

 この場にいる生物達は食う・食われるの関係にあるものが殆どだ。一番小さな虫はより大きな虫に、大きな虫は小動物や鳥達に、動物達の中でも生存競争があり、その中で傷つき死を迎えた個体の亡骸は様々な虫達に。

 そんな殺伐としている筈の生き物達が、この瞬間だけは争いを忘れ、集い、ただ少年の音色に聞き惚れていた。

 両手を祈るように組み捧げ、典雅の旋律を奏で、無数の小動物・虫も何かを崇めるかのように微動だにしない。その光景はまるで一枚の宗教画のように美しかった。


「……――――――――――……、ん」


 演奏を終え、両手を解き、膝をつく姿勢から起き上がると、少年は軽く伸びをして身体の凝りを解していく。演奏の終了を見た生物達も、それぞれの縄張りに戻っていく。立ち去る生物達の後ろ姿にも殺伐とした気配はなかった。

 生物達の散会を確認した少年は、木の幹に背を預けながら座り込んだ。するとそこに、演奏が終了しても帰らなかった鳥が数羽寄ってきた。鳥達は少年の側の地面、寄り掛かっている木の枝、少年の足・肩等に止まり、地面を突いたり、跳ね回ったりと、思い思いの時間を過ごしていた。

 しばらくそうしていると1羽の鳥が新しくブラッドの元に舞い降りてきた。その翼の動きは憩の場に到着したと言うには微妙に物々しいものだった。


「……ん」


 羽搏きの荒さを悟った少年は僅かに目付きを鋭くしながら、掌を向けて迎えた。鳥はその掌に着地する。

 そして少年と鳥は無言で見つめ合っていく。ただの人間と鳥の触れ合いというには長過ぎる沈黙と視線の強さだった。

 十を超える時間が過ぎ双方の見つめ合いが終了すると、掌に降り立った鳥が羽搏きとともに木々の中へと飛び去って行く。少年の周いと身体に侍っていた鳥達も倣うかのように飛び去っていった。

 自分の周囲から生物が去っていったことを確認した少年は、視線を鳥が飛んできた方角に向ける。


「……あっちのほう……」


 矢筒から1本の矢を引き抜くと、視線の先に無造作に放った。

 最低限の目印を打ち終えた少年は、荷物をまとめると、矢とは正反対の方向の木々の間を抜けていった。



 諸々の準備(、、、、、)を終えた少年は矢の目印に到着した。そして矢を回収すると背負った矢筒に納め、木々の隙間を縫うように歩いていく。木と地面の草が疎らになった頃に、羽織っていた外套の帽巾の存在を確かめるように被り直す。


「人の、におい(、、、)……」


 やがて緑が存在していた領域が終わり、少年は一面砂の世界に足を踏み入れた。


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