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04 うちの姉の婚約者(仮)の様子がおかしい



 玄関先に現れたルーカス・バークレイは、知的でもの静かな印象の人物だった。


 透明感のある紫がかったグレーの髪に、癖のない端正な顔立ち。穏やかな中にもどこか憂いのある紺碧の瞳。

 暴力的なイメージとは程遠い、むしろ名家の名に恥じない気品さえ漂わせた人物だ。


(うわー、そういうことか!)


 その姿を柱の陰から窺い、僕は猛烈に納得していた。


(この人、まんま姉さんの描く絵じゃん‼)



 なんという偶然だろうか。ルーカス卿の容貌は、まさに姉さん自作の薄い本から飛び出して来たかのごとくだったのだ。

 具体的には「絵に描いたようなザ・王子様――の背後に控えている、普段は穏やかだけど実は腹黒いタイプの参謀系敬語キャラ」だ。

 ごめんユディ姉さん、僕、姉さんの描いた絵物語(マンガ)、何冊か読んじゃったんだよね。


(すごいな、こんな理想(ぼんのう)体現者(けしん)みたいな人が実在しちゃったのか……)


 いや感心している場合ではない。

 どんなに見た目が良かろうと、そして好みのド真ん中だろうと、暴力をふるうような男は絶対にダメだ。

 姉さんの目を、覚まさせなければ!


 しかし、ここで姉さんよりも父さんよりも先に、いち早く玄関へ駆けつけた人物がいた。


「ルカ、よく来てくれた!」

「シュミッツ」


 長男のシュミッツ兄さんだ。

 兄さんは目を輝かせてルーカス卿へと駆け寄り、一方のルーカス卿も物憂げな表情を崩しふわりと微笑んだ。そういえば二人は友達なんだっけ。


「今日はわざわざ、ご家族の皆さんに集まっていただいて恐縮だ。礼を言う」

「なんだ、水臭いこと言うなよ」


 シュミッツ兄さんは上機嫌で、ルーカス卿を応接室へと先導する。

 僕とユディ姉さんは、なんとなく足音を忍ばせてその後ろについていく。


「はあぁあ近いッ! メンズとメンズが非常に近イイ……ッ‼」


 ユディ姉さんが目元を押さえ、奇妙な呟きを漏らす。

 なんだそれ。……だけど、たしかに兄さんとルーカス卿の距離感、妙に近いような気がする。

 腕でも組んでるのかっていう距離だし、ちょっとした言葉を交わすたびに視線を合わせたりして、見ているこっちがむず痒くなるような謎の空気を醸し出している。


「そーれ結婚、結婚、結婚!」


 いや姉さん、何なんだその掛け声。



 僕の脳裏に、はてなマークが浮かび上がる。

 なんか、みんな様子がおかしくない?



 応接室に入っても、謎の空気はそのままだ。

 僕は困惑した。すばやく周りの反応を窺うと、父さんが平静を装いつつもソファーから立ち上がったところだった。まさに「ガタッ」の状態である。

 アーマイズ兄さんは相変わらずの無表情だ。さすがのロイヤルガード、鋼の平常心と表情筋!


「ゴ、ゴホン! ――ルーカス君と言ったかね、ようこそ我がローゼンフェルト家へ」


 ガタッからの自然な所作で、父さんは起立して握手を求めた。ファインプレーである。ルーカス卿も姿勢をあらため、かしこまった面持ちで握手に応じる。


「ルーカス・バークレイと申します。……おそれながら、本日は私とユディエッタさんの関係についてお話したいことがあり、参上いたしました」


 しまった、思わず混乱しているうちに、本題が始まってしまう!

 やるなら今だ。今この場で、この優男の本性をみんなに知らしめるのだ!


(秘密兵器、ヨシ!)


 僕は背中にまわしたポシェットを確認し、大声とともに手を挙げる。


「認めませ―――ん‼」


 部屋がどよめき、皆の視線がいっせいに僕に集まる。僕は大きく息を吸いこみ、一気にまくしたてる。


「僕はユディ姉さんとルーカス卿との婚約を認めません! なぜならその人は姉さんを殴るから! ――見てよ、これ‼」


 僕はユディ姉さんに駆け寄り、そのスカートを勢いよくまくり上げ……るのはさすがにはばかられ、片腕を取ってソデを一気にたくし上げた。


 それでも、部屋の空気が凍り付くには充分だった。

 姉さんの青あざだらけの肌があらわになり、部屋の空気が凍り付く。



「は、え? ユディ⁉」

「……一体どうしたことだ、それは」


 シュミッツ兄さんが青ざめ、父さんが不穏な気配を纏い始める。


「腕だけじゃありません! 僕は見たんだ――」

「ふ、ふぅちゃん、やめなさい!」


「フラジオレット!」


 肩を強く引かれ、姉さんから引き離されてしまう。――アーマイズ兄さんだ。鋼色の冷たいまなざしが僕を捕らえる。

 くそ、怖くなんかないんだからな!


「ジャマしないで!」


 僕はポシェットからサナギをひとつ掴み出すと、兄さんの顔に力いっぱい押し付けた。


「ぐわっ⁉」


 兄さんが声を上げてのけぞる。

 ――臭っっっさ‼‼

 この世の悪臭という悪臭を100%濃縮還元したようなフレッシュな芳香が、アーマイズ兄さんの顔面に容赦なく炸裂した。


「お……おま……! 道理で何かにおうと思っおえええ」


 さすがのロイヤルガードも、力なく床に崩れ落ちた。



 僕もダメージは負ったが、心の準備があるだけマシだった。

 皆が呆然とする中、僕はルーカス卿を見据えて言い放つ。ここでチェックメイトだ!


「さあ、説明しろルーカス・バークレイ! ユディ姉さんに何をした? シラを切るなら、残りのサナギを全部お前に投げつける!」



 どこからともなく使用人が飛んできて、大慌てで窓を開け放った。突風が吹き込んで、翼のようにカーテンが翻った。

 ルーカス卿は端正な顔を苦しげに歪ませ、皆の視線を避けるように視線を伏せた。



「……私が、説明いたします」


 沈黙を破ったのは、ユディ姉さんだった。


「私とルーカス氏との関係について、すべてお話いたします。……お聞き苦しい点は、なにとぞご寛恕くださいませ」







 結論から言うと、今日のルーカス卿の訪問は「婚約の意思を否定するため」だった。


 シュミッツ兄さんの紹介で知り合ったユディ姉さんとルーカス卿は、たしかに何度か二人で外出した。さらに、お互いを人間としては好ましく思っている。

 けれど、婚約の意思は無いのだという。



「兄が縁談を持ちこんだと聞いた時は、正直『勘弁して』の一言でした。ただでさえ厄介な話であるうえ、この厄介な兄の友人です。なにかしらの事故物件に決まっている、と思いました」


「ユディ、おまえ……」


 シュミッツ兄さんをさりげなく斬り捨て、姉さんは説明を進めていく。


「私としては最初から、この話を請ける気はありませんでした。けれどバークレイ家は格式高い名家です。そのため無下に断ることもできず、私は二度ほどルーカス氏からのお誘いに応じました」



 そして、姉さんは驚くべきことに気がついた。

 ルーカス卿には、欠点らしい欠点が一つも見当たらなかったのだ。立ち居ふるまいは紳士然としており、発言は知的で傲慢さのかけらもなく、つねに端正な顔に憂いのある微笑を浮かべている。


 事故物件どころか、真人間すぎて怖い。

 なぜこんな出来た人が兄の友人なのだろう?

 そう疑問に思うほどだったという。


「さらに、ルーカス氏はこの通りお顔が良い! なんと言いますか、お会いすると妄そ……執筆が爆発的に捗る顔をしておられます!」


「妄想って言おうとしたな」

「お前も無礼にも程があるぞ」


 誰のものともつかない指摘はスルーし、姉さんは話を続ける。


「しかしそんな中、事件は起こりました。三度目のおデートでの、喫茶店での出来事です」



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