仕事の内容
ゆっくりと書いていきます
スカイホテル11階の1107号室へと入室した如月弦蔵は、空いているソファーにどかっと勢いよく座ると懐から煙草とライターを取り出して再び喫煙し始めた。
そしてその後ろから入室した黒月蓮と神無月桐葉は、そんな彼の様子を気にする事なく向かいのソファーへと静かに座った。
ホテルの室内は広く、冷蔵庫やテレビ、パソコンはもちろん、奥には大きな棚の中にワインやウォッカといった酒が綺麗に並んである。窓の方を見れば、カーテンが全て閉められ光源となっているのは天井にある小さなシャンデリアだけだ。
ふぅ…と口から煙を吐き出した如月隊長はコートのポケットに手を突っ込み、丸めてある数枚の紙束を取り出して蓮の方へと投げ渡した。
投げ渡された紙束を受け取った蓮は、もう少しまともに管理をして欲しいと思いつつ少し皺のある紙束を広げて内容を確認した。
「…………………ッ!」
「………どうかしたの?」
内容を見た蓮の様子が変わったのを感じた神無月は訝しげに内容を覗き込んだ。
「…………ッ!これは…」
「ああ。今回はその報告書に書いてある事の調査だ」
「今朝のニュースでやっていたテロリストの件ですか…」
そう、渡された報告書に記述されていたのは今朝のニュースで報道されていたテロリストの件についてだ。そしてそのテロリスト集団の現在地を調査して可能ならばこれらを壊滅させろといったものだ。
「…そうだ。今回の仕事はテロリスト集団の調査と壊滅…」
「しかし、俺達の所属する部隊のやる事ではないと思うのですが…?それとも、俺が学園都市にいる間に何か組織の方針に変化でもあったのですか?」
自身の所属する部隊は魔物を始末する事に特化した特殊部隊だ。だというのに一年ぶりに仕事が来てみればテロリスト集団の壊滅ときた。これには神無月も理解し難いものだったのか、怪訝そうな表情を浮かべている。
「んなもんねぇよ、昔と変わらず俺たちゃ魔物を始末するためだけの特殊部隊だ。テロリスト集団の調査及び壊滅はあくまでもついででしかねぇ…」
「と、いうと…?」
「オメーさん、今朝のニュース見たならおかしいとは思わねぇか?ここは各国の代表者が造り上げた学園都市だ。外部からテロリストの侵入を許すほど甘くはねぇ…」
「つまり内部の者がテロリストであると…?」
「可能性は高いだろうな」
「でもだからといって何故私達の部隊なの?調査なら情報局の方にでも任せればいいでしょう?」
神無月の発言に如月隊長は少しだけ頭を抱えてため息を吐いた。
「問題はそれなんだよ。情報局にはとっくの昔にテロリストの事について調査に向かってもらっている。………だが調査に向かった部隊は途中で通信が切断され、帰ってきた奴は一人もいねぇときたもんだ…」
「「…………ッ!」」
その言葉に神無月は信じられないといった様子で驚愕している。それは隣に座っている蓮も同じだ。情報局といっても各部隊には熟練のエージェントと《対魔物殲滅部隊》と同等の戦闘力を持った人員がいるのだ。そう易々とやられるなんてあり得ない。
「……部隊が全滅したというの…?たかがテロリストごときに…?」
「本当にただのテロリストなら情報局の奴らが制圧してるはずだ」
「だとしたら、考えられる可能性としては相手が人間ではなく魔物だったと言うのですか?」
「おそらくな。他国の諜報員だという線もあるが、これについては情報局が徹底的に調べ上げてるから可能性はかなり低い」
そう言いながら如月隊長はもう一度ふぅ…と、口から煙を吐いた。
「オメーさんら、どっちだと思う?」
唐突な質問に少々面食らった蓮と神無月は、すぐに上司の質問の意味を察するとしばらく考え込んだ。
「私は寄生型の魔物だと思うわ。黒月の方はどうかしら?」
「んー、俺か…。まず通常の魔物じゃないのは確かだと思う。……が、寄生型かと問われても五分五分だな」
「五分五分?一体何と比べて…?」
不思議そうな顔をする神無月に蓮は言う。
「魔族とだ」
「ほぅ…。やはりオメーさんもそう思っていたか」
予想していたのか如月隊長はニヤリと笑ってみせる。
「でも少し待って。魔族は大規模の《古代遺跡》からしか出てこないはずよ。最近ではこの学園都市でさえ、《古代遺跡》の発生率が去年と比べて低下傾向にある。それなのにテロリスト集団が魔族と言うのは些か非現実的だと思うのだけれど…?」
「オメーさんの言うことは最もだ。そんな数の魔族を野放しにしてたらお偉いさん方のメンツが丸潰れだ」
いい気味だけどな、と愉快そうな顔をして如月隊長は言葉の後に付け足した。
「つまりテロリストそのものが魔族ではなく、魔族が人間のテロリストを操っている可能性が高い……と?」
「ああ。ただの仮説にしか過ぎねーが可能性は充分あるだろうぜ」
そう言って吸い終わった煙草を灰皿に押し込むと、如月隊長は言葉を紡いだ。
「―――――で、調査と言ってもかなり限定的なものになるから仕事自体は少ねぇ。黒月、オメーさんはいつも通り学園都市に通って過去に出現した《古代遺跡》辺りを調べてこい」
「了解しました」
「神無月、オメーさんは俺と一緒に学園都市の外周部の調査だ。黒月と一緒じゃなくて残念だったな」
「ええ、本当に残念です。一緒だったら後ろから背中を斬っていたのに…」
「ちょ、神無月…ッ!?怖いこと言うな…!廊下でやり合った時に殺気飛ばしてたけど、あれ演技じゃなかったのかッ!?」
「もちろん、演技ですよ」
「何だ、よかっ――――――」
「でなければもっと殺気立っていましたから」
「ええっ!?そっちなのか!殺気抑えてた方なのか!?」
「なんて冗談に決まっているでしょう?そんな事も分からないのかしら?」
「分かるかぁッ!!」
一通り叫んだ蓮は、疲れたため肩で息をしている。約束を放り出して勝手に学園都市に行った事は悪いと思っているが、先程の言動から推測すると神無月は蓮の想像以上に根に持っているようだ。
神無月は殆ど表情を表に出す事がないため、冗談を言っていたとしても蓮にはそれが冗談には聞こえないのだ。まったくもって心臓に悪い。
「オメーさんらほんと仲いいよな…」
如月隊長が呆れたように、蓮達に聞こえない程度の小声でボソッと呟いた。
「はぁ…。とにかく、過去に出現した《古代遺跡》付近の調査という事は、あくまでも魔族が裏で糸を引いていると言うんですか?」
「杞憂ならそれでいいんだが…。一応、学園都市内部にテロリストの拠点がないか調査もしてもらうが……。念には念を入れるのが俺の主義なんでな」
「了解、杞憂であることを願っています。それで、神無月と如月隊長が学園都市の外周部を調査すると言うことはテロリストの拠点を探しに?」
「あぁ…。この前、情報局の部隊の通信が切断された所をくまなく調べて見つけたんだが、そこにはもうテロリストどもはいなかったぜ。拠点だったもの以外はなんもねぇ、もぬけの殻さ」
如月隊長が流石にお手上げだというように肩を竦めた。
蓮はそのテロリストについて考える。報告書や如月隊長の会話からすると、ただのテロリストにしてはあまりにも手際が良すぎる。優秀なリーダー的存在がいるとみてまず間違いないだろう。
そして情報局の部隊を全滅させられる程の力を持った人間は極めて少ない。つまり魔族という線が濃厚。しかし、魔族が一人であるという先入観は即座に捨てる。可能性としては魔族が数人がかりで部隊を全滅させたという方が確率は高いのだ。
学園都市内部は警備のセキュリティーが世界トップクラスだ。魔族がいると都市内部の各所に設置された《魔力感知器》が人間以外、またはそれ以上の魔力を即座に感知して警報を発令させる。
そのため、街では必要以上に魔力を放出してはならないという法律があり、生徒同士の喧嘩や一部の犯罪防止に繋がるのだ。よって魔族が学園都市内部に潜んでいる可能性は低い。
「ちなみに以前テロリストが拠点としていた場所はどこですか?」
蓮は如月隊長に質問した。テロリストに関する情報を集め、出来るだけ整理しておきたいのだ。
「学園都市外周部の廃工場だったぜ」
「外周部…。内部と比較してかなり警備が薄い場所ですか…。なるほど、潜伏するには持ってこいの場所ですね」
「お陰様でかなり早く発見出来た」
如月隊長が少しだけ得意気に言う。
(……………いくら警備の薄い外周部でもそんなに早く見つかるものなのか…?)
多少の違和感を覚えるものの、考えなければならない事が山積みなので特に気にすることはなかった。
「それで…?発見したはいいけど結局は逃げられてるじゃない…」
神無月が手加減なしの言葉を如月隊長へと送る。
「言うんじゃねぇ…!神無月…!」
どうやら神無月の言葉の一撃は如月隊長にクリティカルヒットしたようだ。如月隊長が悔しそうな表情をして頭を抱えた。
「その後、上の奴らから文句やらなんやら言われて書類を何十枚と書かされた挙げ句に責任を追及されたんだぞ…。あの時の上層部の奴らの顔ときたら……えぇいッ!思い出すだけでストレス溜まる一方じゃねぇか!?」
後頭部をガシガシとかきながら今までの鬱憤を晴らすかのように如月隊長は叫んだ。普段は愚痴るだけで終わるのだが、余程ストレスが溜まっていたのだろう。
予想ではあるが、如月隊長の性格から考えるにテロリストにまんまと逃げられたのが一番悔しかったのだと思う。この隊長はやられて逃げられるのが一番我慢ならない人種だ。一度やられたらどんな手を使ってでも地の果てまで追い掛けて何倍にもして返す負けず嫌い。
いい歳して子供みたいな部分があるなと蓮は半ば呆れつつも、この隊長のいいところでもあると思っている。
「如月隊長のメンタルが弱いことは分かりましたから落ち着いて下さい」
………しかし、如月隊長の気持ちは分かるが限度がある。こういう状況は珍しいというだけで今までになかった訳ではない。こういう事が前にもいくつかあったが、慰めるような言葉を掛ければこの後、やけ酒をして酷く酔っ払い、更にこちらまで酒を飲ませようとしてくるのだ。そうなれば二日酔いで大変な目に会うのは確定し、とても面倒な事態になる。そうならないために蓮が冷たくあしらったのも無理はない。
「黒月…!オメーさんまで…!?オメーさんらは上司をいじめる悪魔かなんかかッ!?」
血の涙を流しながら一通り叫んだ如月隊長は、数分後にやけ酒を始めようとしたので蓮と神無月は全力で阻止した。
説得するのにかなりの時間と労力をつぎ込んだ蓮と神無月は深いため息を吐いた。
((どちらにしろ、面倒な事態になる気がする…))
何か詰んでいるような選択肢しかないことに気が付いてしまった二人は、この時だけ互いの心情が重なったのだった。
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