人は日々成長する
今回は少しだけ短いです。
――――――学園都市東側第二繁華街区画のスカイホテルにて。
とても気まずい状況の中、蓮と神無月はその場から動くことなく上司である如月隊長の方へと視線を向けた。
そんな二人の様子に、如月隊長は何かを察したように大きなため息を吐くと、呆れたような目で言った。
「お前さんら……。勝手に盛るのは構わんがもうちっと場所を選べ」
「いえ、違いますよッ!?」
如月隊長の誤解を取り敢えず否定しておく。確かに蓮は床に横たわる神無月に馬乗りしている状態だ。それを何も知らない人が見れば、そういう勘違いをしても仕方がないとは思うが…。
「そうです隊長。さすがの私もこんな場所ではしません…。するなら完全防音の密室でやります」
「いや、そういう問題でもねぇよ!」
神無月が真顔でズレた回答を言うので、蓮は思わずツッコミを入れた。冗談だと思うが、真顔だから本気で言っているように聞こえるので止めて欲しい。
馬乗りになっていた蓮は拳銃を懐にしまうと、さっさと神無月の上から退いた。
「……で、お前さんら、今何時だと思ってる?」
「11時13分ですね」
腕時計で時間を確認した神無月が悪びれもせずに言った。それに対して如月隊長は眉間を押さえ、二度目の大きなため息を吐いた。
「はぁ……。集合時間から13分も過ぎてやがる。取り敢えずお前さんが遅刻した理由を聞こうか…」
そう言って如月隊長は蓮に視線を寄越す。その眼差しは鋭く、お前が説明しろと物語っていた。
上司の意を組み取った蓮は、このホテルに入ってからの出来事を嘘偽りなく話した。説明していくにつれ如月隊長の表情が悪くなり、説明し終わった頃には頭を抱えていたのだが……。まぁ、それは仕方のない事だろう。自分と立場が逆なら同じリアクションをしている自信がある。
「なるほど……。そう言うことだった訳か。集合時間10分前にオメーさんがトイレに行くとか言って戻って来なかったのはそのせいか。いくら黒月が恋しいからってちったぁ大人しくしてられんのか。なぁ?神無月」
「すみません。私としたことが少しだけ冷静さを欠いていました。あと、私は別に黒月蓮が恋しいという訳ではありません」
(少し……?……てか一言多いぞ…)
心の中で蓮はツッコミを入れるも、それはこの二人には届くはずもなく虚しく響いた。
「この階を貸し切ってなかったらお前さんらの戦闘が危うく世間にバレるところだったんだぜ?そこんとこちゃんと理解しておいてくれや」
何か当たり前のように言った如月隊長の言葉に蓮は疑問を覚えた。
「……如月隊長。ここには一般人として来たんですよね?…何故最高級ホテルの階層を一つ貸し切ってるんですか?」
「…………………いやー。それにしてもお前さんは口調の切り替えが早いなー」
「今の間は何だったんですか。というかあからさまに話題を変えないで下さい」
一般人が最高級ホテルに泊まる事自体が少ないのにも関わらず、普通ならホテルの階層一つを貸し切るなんて不可能だ。どうやったかは知りたくないが、何故貸し切ったのかを説明してもらわなければならない。
そんな蓮の意思を感じ取ったのか、如月隊長の目が泳いでいる。それを見逃さなかった蓮は軽く睨みつけると、如月隊長が参ったというような素振りを見せた。
「そう睨むこたぁねぇだろ…。それに、こんな説明求めなくたってちったぁ想像できてんじゃねぇのか?」
「えぇ。大体ですけど…」
蓮は相づちを打ちながら最初から仕組まれていたんだろうな…と思った。でなければ偶然にも程がある。
「エレベーターを降りた俺が襲われたのは、腕が鈍っていないかを確認するため。神無月から殺意を感じたが、今考えると冷静さを失っていたのではなく、演技だと悟られないため……ですか」
「おう、オメーさんの腕が鈍ってないかを確かめるついでに頭の方も……と思ってたんだが、この調子じゃ大丈夫そうだな」
如月隊長がにやけた顔で言う。その態度も無茶苦茶なやり方も、昔と何一つとして変わっていないなと蓮は思った。入隊初日にナイフを持った訓練生数人を蓮に襲わせた記憶は、懐かしいと思うわりには正確に思い出せる。それだけ印象的だったということだろう。
そんな事を考えながらも蓮は更に続けた。
「付け加えると、如月隊長はこのフロアだけでなくその付近の上下の階も魔力反応がないため貸し切っているんでしょうね。ここでの戦闘が世間に……いや、《枢機卿》や《評議会》の耳にでも入れば格好の的になる…。その証拠に監視カメラが一切見当たらない」
「お、おう…。よくわかってんじゃねぇか…」
「更に付け加えると、ホテルを貸し切るなんて事をやってのけるには協力者が必要不可欠。そして、《枢機卿》や《評議会》にバレずに実行するにはそれなりの大きな組織でなければ不可能。……結論を言うと裏組織のマフィアに協力を仰いだと予想できる。そして、仮に俺の予想通りなら、規模からすると裏社会を牛耳っているという《紅幻華》といったところでしょうか…」
「……………………………オメーさん、前より随分と頭のキレが良くなってねぇか…?その調子だと探偵か情報局の方がよっぽどお似合いだと思うぜ」
如月隊長が呆れたような顔で言った。全て合っているのかどうかは分からないが、その顔を見れば大体は合っているのだろうと蓮は思った。
「……ま、何にしても、取り敢えず部屋へ向かうぞ。オメーさんらのためにちゃんと仕事があるんだからな」
「急に深夜に人を呼び寄せて仕事させるとかブラックにも程がありませんか?」
「諦めた方がいいわ。根本的な問題は組織ではなく、この学園都市に無秩序に出現する《古代遺跡》とそれに従って暴れまわる魔物なのだから」
「そんな事分かってはいるが、そう思わずにはいられないんだよ。理性と感情は別物だ」
「あら、一年以上も仕事を放り出して学園都市に引きこもっていた人がそんな事を言えるのかしら?」
「耳が痛い…。てか、根に持ってたのかよ…」
そんな軽いやり取りをしながら蓮と神無月は先程の戦闘によって散らかったナイフや刀を回収していく。
「根に持つ女性はモテな――――――」
モテないぞ―――と、言いかけたところで蓮の目の前を一つの線が横切った。
「…………何か言ったかしら?」
神無月の方へと視線を向けると、彼女は抜刀し終わった姿勢でいた。どうやら横切ったのは神無月の刀の切っ先のようだ。おそらく腰に装備されている刀を抜刀して蓮の数ミリ先を斬りつけたのだろう。その証拠に1センチにも満たない蓮の髪の毛が廊下の床に細かく散らばっていた。
「…………いや、何でもない」
(むしろこれ以上俺に何か言えるとでも言うのだろうか…)
これ以上何か言えば確実にやられると蓮の本能が告げている。
神無月は普段から表情をなかなか表に出さないため、何を考えているのかほとんど分からない。蓮が《対魔物殲滅部隊》へと入隊した当時からよく組まされることはあった。しかし、彼女が蓮の前で笑った事など一度もないのだ。実はロボットなんじゃないかとさえ思えてくることがたまにある。
「オメーさんら、片付けは終わったか?」
そんな事を考えていると、後ろから如月隊長が声を掛けてきた。
「俺は終わりました」
「私もよ」
「そうか、ならついて来い。この廊下の奥にある部屋で仕事の内容を説明してやっからよ」
「「了解」」
蓮と神無月が装備を全て片付けたのを確認した如月隊長は踵を返して奥にある部屋へと向かう。蓮はエレベーター付近に置いた黒い箱を背負うと神無月と共にその後ろ姿を追った。
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