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脳内首脳会議

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あと今回は少し長いです



 学生寮からバレないように無断で外出し、タクシーで学園都市東側の第二繁華街区画へと向かうこと、一時間。


 料金を支払ってタクシーから降りた黒月(くろづき)(れん)は、かなり重量のある黒い箱を背負いながら、集合場所のスカイホテル1107室へと重い足取りで歩を進めた。


 ここ第二繁華街区画は、百貨店や専門店が数多く並ぶ地域だ。夜でも人が多く、(きら)びやかな街灯やイルミネーションの数々は、まるでおとぎ話に出てくるような幻想的な光景だった。


 お店の店員がチラシを配ったり、客の呼び込みをしたりなど、仕事に(いそ)しむ者もいれば、恋人同士で楽しく過ごす者や、一人寂しく過ごす者もいる。


 商業区画と同じように、活気に満ち溢れたこの区画は夜の方が来客も多く、中央通りにある店舗の裏道を少し歩けば娼婦のいるお店も並んでいる。


 秋になるとハロウィンイベントが学園都市全体で取り行われ、特にこの区画ではサキュバスの仮装をしたお姉さん達が――――――――ごほん、ごほん。


 これ以上、この事について考えるのは止めよう……。蓮は微かな煩悩(ぼんのう)を頭から追い出して、思考を切り替える。


 とにかく、指定された場所へと行かなければならない。寄り道している暇などないのだと、自分に言い聞かせる。



「あ、このシリーズ新刊出てたのか…」



 蓮は視界に写ったライトノベルを見つめ、本屋の店内へと向かった。今さっき自分に言い聞かせたのに、どうやら身体の方は聞いてくれなかったようだ。何冊かライトノベルを手に取ると、レジへと持っていき早速購入した。


 店員の礼を背に、レジ袋を持った蓮は本屋から出る。帰ったら読もうと心に決め、少し上機嫌に歩を進める。心なしか、なんだか足取りが軽くなったような気がした。



「な…!これはいつも売り切れている1日10個限定のデラックスフルーツパフェ…!?25種類もの果物をふんだんに使った贅沢(ぜいたく)な一品…!く…!しかしそれだけに値段が高い…!買えないことはないが確実に俺の懐が(えぐ)られてしばらくは貧乏生活に…!?」



 今度はパフェの専門店で蓮は立ち止まった。巷で噂のレアグルメを発見し、瞬時に蓮の脳内で首脳会議が行われた。





   ――――――――――――――――――――――――





 薄暗い部屋(脳内イメージ)の中に五角形の机があり、それぞれの席に蓮が座っている。皆、一様に緊張した面持ちをしており、五角形の机の中心に設置されたモニターを眺めている。そこには蓮が買うかどうかを悩んでいるデラックスフルーツパフェが映し出されていた。


 慎重に事を運ばなければ後々、取り返しのつかない事になりかねない。それを皆も分かっているのか、それぞれの様子を(うかが)うとコクリと頷き合った。



「それでは、第一回脳内首脳会議を始める。全員、起立ッ!」

 


 眼鏡を掛けた青年姿の蓮が号令をする。自身も含め、他四名の蓮は一糸乱れぬ動作で素早く起立し礼をした。



「着席…」



 その言葉と同時に五人の蓮は、それぞれ静かに席に座った。今回、リーダーを務めるのは眼鏡を掛けた青年姿の蓮だ。この脳内首脳会議は、回数ごとにリーダーを交代する制度……いわゆる交代制となっている。


 リーダーを務める眼鏡を掛けた青年姿の蓮は、自身の眼鏡をクイッと軽く押し上げて話を切り出した。



「さて、今回の議題は皆の目の前のモニターに映し出されているデラックスフルーツパフェを買うか、買わないかについてだ。まずは買う、買わないのどちらかを挙手をして選択してもらう」


「リーダー、質問があります」



 そう言って挙手をしたのは、長い黒髪の少女だ。その顔立ちには蓮の面影があり、蓮が少女になった場合の姿をしている。



「質問を許可する」


「リーダーは挙手をして選択してもらうと言いましたが、それは多数決で決めると言うことですか?」



 少女姿の蓮の質問に、リーダーは顎に手を添えて考える素振りを一瞬だけすると、すぐに元に戻して質問に答えた。



「ふむ……多数決原理は少数意見を弾圧しかねないが致し方ない。意見が別れる以上、この方法を使わざるを得ない。我々は、あり合わせの道具を使うしかないのだ」


「回答ありがとうございました…」



 少女姿の蓮は、リーダーへと会釈(えしゃく)した。それを横目にやりながらリーダーは首脳会議を続行する。



「ではさっそく多数決を行う。デラックスフルーツパフェを買うという選択に賛成の方は挙手を」



 そう言ってリーダーは他の蓮達を見渡す。挙手をした蓮が三人いた。



「少女姿の蓮、子供姿の蓮………最後に老人姿の蓮……珍しいですね、貴方がこういった物事に賛成するのは…」



 リーダーが少しだけ目を見開いて言う。



「なぁに、たまにゃこういう経験も大事だとワシは思うぞい」



 リーダーへと視線を向けると、老人姿の蓮はニヤリと笑った。そしてその隣に座っている子供姿の蓮は、床に着かない足をつまらなさそうにぶらぶらとさせて、リーダーへと問い掛けた。



「ねーねー、ちょっといいかなぁ?」


「発言を許可する。なんだ?」


「いや、僕たちにさぁ、名前を付けて呼び合った方がよくない?……いちいち呼びたい人の容姿を答えなくちゃいけないなんて面倒だし、時間を浪費するのを軽減出来ると思うんだけど?」



 一理ある、とリーダーは納得する。確かにこのままでは呼ぶ時に困る。それは他の皆も同じだったようで、特に反対する者もいなかった。



「そうだな…。各自、自身の名前を考えるとしよう。……少し話が逸れるが仕方ない……三分以内に決めなければ私が直々に決めよう。では、始め…!」



 その言葉を合図に、蓮達が一斉に考え込んだ。



「私の名前は……そうだな、ここは無難に【ファースト】にしよう」



 今回の脳内首脳会議のリーダー、眼鏡を掛けた青年姿の蓮が言う。



「相変わらず決めるのが早いのぉ…」


「そういう貴方はどうなんだ?」


「ワシか?そうじゃな……ワシは【フォース】でいいじゃろぅて…」



 老人姿の蓮が、顎の髭を擦りながら答えた。



「あ、じゃあ私は【セカンド】でいいですよー」



 少女姿の蓮が軽く答えた。先程までの真面目な態度から一転、今は気軽な感じの少女の印象が強い。



「えぇ……ここまで言われると僕は【サード】くらいしかないじゃないですかー」



 子供の姿をした蓮が不満そうに答えた。嫌なら変えればいいのだが、変えないあたりその名前でもいいらしい…。



「で、最後なんじゃが……お主は何と名乗るんじゃ?」



 【フォース】が今まで声のしなかった席へと尋ねる。そこにはフードを目深に被った蓮がいた。いや、正確には蓮と(うり)二つの顔立ちをした蓮が、俯きながら静かに座っていた。



「……………俺か?………………そうだな………………だったら俺は………【(ゼロ)】と……名乗ろう…」



 瓜二つの顔をした蓮――――――【零】が顔を少し上げると、顔の左半分に黒い狐のお面が見えた。お面は赤と黒だけでデザインされており、見る者に不吉なものを感じさせる。


 【零】はこの五人の中で一番寡黙(かもく)だ。途切れ途切れの話し方がその証拠であり、出来るだけ発言をしない人物だ。



「えぇ~!?それなんかズルくないかぁー?普通ここまで来たら【フィフス】と名乗るところだろー!?」



 【サード】が不満そうに文句を言った。



「……別に………俺は……友達ゼロだから……………【零】って………名付けただけだし……」



((((じ、地雷踏んだ……))))



 ネガティブな思考と、それにマッチするドヨーンとした暗い雰囲気を(かも)し出す【零】に、他の蓮達の表情筋が引きつった。



「……………………………なんかごめん」


「……別に………………いいんだ……」



(((し、しかも二次被害が!?)))



 【零】に続き【サード】まで暗い雰囲気も醸し出し始めた。二次被害が目の前で繰り広げられているのを目の当たりにした【ファースト】、【フォース】、【セカンド】はこれ以上二次被害を起こさないため、名前については触れないでおこうと心に決めた。



「ご、ごほん!……話を戻そう。【セカンド】、【サード】、【フォース】の順番で、何故買うのか理由を説明してもらう」


「私?んー、やっぱり女の子的には買いたいなーって。それに甘いものを食べずに我慢すると、絶対後悔するって…」


「確かに【セカンド】は女性だが、食べる本人は残念ながら男性だ。そこもちゃんと考えてるのか?」


「でもさ、その本人も甘いもの結構好きだよね?」


「それは……確かにそうだが………ともかく、今は他の理由も聞いておくべきだ。【サード】は何を理由に賛成したんだ?」



 【ファースト】が暗い雰囲気から復活した【サード】の方へと視線を向けて問い掛けた。



「んー?僕の場合はただ単に欲求に従った結果かな…。この姿だとどうも理性が少しだけ足りないんだよね」



 そのわりには達観しているようだが………やはりあくまでも蓮であるからそうなってしまうのだろう。【サード】は椅子の背にもたれて暇そうにグデグテとしていた。



「では、最後に【フォース】に訊こう。何故買うという選択肢に賛成したのかを」



 【ファースト】は【フォース】へと真剣な眼差しを向けた。一方の【フォース】は相変わらず飄々(ひょうひょう)として答えた。



「ワシはさっきもいった通り我慢するもよし、後悔するもよしじゃ。どちらとも経験に他ならないからのう……そういう経験の積み重ねが人生で一番大切なんじゃよ…」



(【フォース】が言うと何故か納得してしまえる…)



 【ファースト】が少量の脂汗を浮かべながらそんな事を思った…。皆、見た目は違うが蓮そのものなのだ。多少、性格の違いがあれどここまで差があるものなのだろうかと【ファースト】は疑問を抱いた。



「次は反対意見だが……私からやろう」



 【ファースト】はそう言うと咳払いを一つ。



「皆も知っての通り、私はデラックスフルーツパフェを買うことには反対だ」


「えぇー?何でですかー?」



 【セカンド】が明らかに不満そうな顔をする。



「言うより先に見てもらった方が早いだろう。モニターに映したこれを見てくれ」



 そう言って【ファースト】はパネルを操作して中央にあるモニターにとあるものを映し出した。



「んー?なにこれー?」



 【サード】が不思議そうに訊いた。賛成組の【セカンド】も同じ反応をしている。ただ、【フォース】と【零】には大した反応がなかったので、ちゃんと現実を見ているのだろう。



「これは通帳だよ。この通帳に書かれた数字をよく見てみるといい。一年前まではかなりあったが今はどうだ?」



 【ファースト】が眼鏡を軽く押し上げ、キラリと怪しく光った。


 そう、中央のモニターに映し出されたのは蓮の通帳だ。《対魔物殲滅(せんめつ)部隊》で働いていた時に作ったものであり、その頃に貰った給料が全て銀行に預かってある。


 しかし、蓮が学園都市に来てからは仕事など来るはずもなく、更にはアルバイトもしていないため、山のようにあった金額は今や見る影もない悲惨な状態になっているのだ。これではせいぜい二週間ほど生活するのが限界だろう。



「あ、あはは……はは……」


「…………………………」



 これを見た【セカンド】は苦笑し、【サード】はモニターから顔を背けた。



「はぁ、俺達は姿は違えど全員が蓮だ。私や【フォース】が知っているのなら当然お前達も知っているはずだ。いい加減、現実から目を背けるのは止めたらどうだ?」



 【ファースト】は目を細めて【セカンド】と【サード】を責める。



「くぅ、し、しかし!そうやって感情を抑えるのはストレスを溜めるのと同じであり、【ファースト】としても不本意なのではないのですかっ!?」


「確かにそうだ。だが、それでは理性に欠ける。もっと計画的に事を運ぶべきだ。でなければ後々自身の首を自ら締めることになるぞ」



 【ファースト】の正論によりことごとく論破される【セカンド】。【ファースト】と【セカンド】の口論はしばらく続き、それを【フォース】が暇そうに欠伸(あくび)をして眺めていた。



「ここまで言っても納得しないか…。仕方ない、賛成意見と反対意見……そのどちらの意見も踏まえた上で再び決めてもらおう。異議はあるか?」


「「「「異議なし」」」」



 いつまでも口論していてはきりがないので【ファースト】は再び買うか買わないかを決めてもらう事にした。



「これで決まったことは絶対だ。文句は言わない。いいな?」


「「「「はいっ」」」」


「では始めよう。デラックスフルーツパフェを買うことに賛成の方、挙手を」



 【ファースト】の背中に冷たい汗が流れる。自分で言っておいて何だが、今の状況は不利だ。【ファースト】、【零】だけでは多数決で負ける。


 勝つためには誰か一人を説得させて味方に引き込むしかない。先程の反対意見はそれも踏まえた上で、出来るだけ危機感を持って欲しいと熱弁したのだ。


 そして、そんな事を考えている内に手が挙がる。【ファースト】には、それが嫌にゆっくりに見えた。賛成人数が半分以上なら負け、それ以下なら勝つ。段々と手が挙がっていくと同時に、皆の緊張も高まる。



「…………ッ!?」



 突き付けられた予想外の結果に【ファースト】は驚愕した。この中で挙手をしたのは――――――――三人。


 【セカンド】や【フォース】は勿論(もちろん)のこと、【ファースト】は最後の一人へと視線を向けた。



「何故だ……!何故一度反対した君がそちら側にいるッ!?」



 ――――――――そう、賛成に挙手をした最後の一人は【零】だったのだ。【ファースト】は苦渋しながらも何故だと【零】に向かって叫ぶ。その顔は怒りよりも困惑という色が濃いのは明らかだ。


 【零】は【ファースト】の問い掛けに静かに、だが正確に伝える。



「…………反対意見…………俺言ってない………」


「……あっ…」



 その言葉に【ファースト】だけでなく、他のメンバーも今思い出したというような顔をした。その反応を見た【零】は、更に雰囲気が暗くなり薄暗い部屋に重い沈黙が流れる。



「い、いや、しかし……だからといって何故賛成に挙手したのか理由になってないぞ…?」



 焦りと動揺(どうよう)の混じった声で【ファースト】が【零】に問い掛ける。



「俺は………先の事を考えて我慢してた。…………けど、今回のリーダーである【ファースト】……………お前の対応を見て…………我慢するのを止めた」


「く……っ!私には他のメンバーへの配慮が足りていなかったと言うのか……ッ!」



 淡々とした口調で語る【零】に、【ファースト】は勢いよく机を両手で叩くと自身の過ちを悔やんだ。



「あと………ちょっとした嫌がらせ」


「貴様それが本音だろッ!?」



 ボソッと小声で呟いた【零】に、【ファースト】はツッコミを入れた。



「でも配慮が足りなかったのは事実でしょ?」


「確かにそうだ。私にはメンバーへの気遣いが足りない。そこは認める。しかしっ!【セカンド】ッ!!貴様はそのにやけ(づら)を今すぐやめろっ!!」



 勝ち誇ったようににやけ面をする【セカンド】に、【ファースト】が額に青筋を浮かべて叫ぶ。


 一見、優等生のように見える【ファースト】自身も蓮であるのだ。そんな彼に弱点があるのは当たり前の事であり、それはここにいる全員にも言える。



「さて、どうするかも決まった事じゃし、そろそろ会議も終わるとするかのぅ…」



 【フォース】の言葉に【ファースト】がいち早く反応する。



「待て!話はまだ終わって――――――――」


「あー、はいはい、そういうのは後でやって下さいねー」



 そう言いながら焦る【ファースト】の両肩を【セカンド】が後ろからガッチリとホールドして引きずっていく。そんな様子をそれぞれの思いと共に、残りの三人が見送った。


 こうして第一回脳内首脳会議は幕を降ろしたのだった。





   ――――――――――――――――――――――――――





 ――――――会議を開いて脳内で葛藤(かっとう)することはや五分。視線をデラックスフルーツパフェに向けたまま蓮は店内で立ち尽くしていた。



「あ、あの~、お客様?」



 デラックスフルーツパフェをずっと見つめている蓮が気になったのか、カウンターにいる店員さんが遠慮気味に声を掛けてきた。



「デラックスフルーツパフェ…」


「え?」


「デラックスフルーツパフェを一つお願いします」



 突然の言葉に店員さんはきょとんとしていたが、やがてそれが注文だと気付くと納得したように声をあげた。



「あ、あぁ…!しょ、少々お待ち下さい…!」



 そう言うと店員さんは奥にある厨房(ちゅうぼう)へと走り去ってしまった。暇なのでメニュー表を手に取り、他のメニューも見ることにした。


 さすがパフェの専門店と言うだけあって、様々な種類のパフェが豊富に揃っている。色々な国から取り寄せた果物も使われているパフェもあるので、見ているだけで飽きが来ない。


 蓮は財布の中身を確認して、大きな溜め息を一つ。パフェ代を除くと二千円ちょっとしかなく、これでは先が思いやられると軽く絶望した。蓮は暗い未来に(なげ)いていても仕方がないと思い、再びメニュー表に目を通すのだった。


 それからしばらくメニュー表を眺めていると、店員さんがデラックスフルーツパフェを持ってきてくれた。



(これは……!予想以上に大きい…!)



 25種類もの果物を惜しみ無く使っているせいか、とにかく大きい。店員から受け取ったデラックスフルーツパフェを両手で持つが、それでも支えるので精一杯だ。


 それでも甘いものが好きな蓮にとっては(たま)らない逸品であることには変わりはない。


 デラックスフルーツパフェを目の前にした蓮は、思いきって大きなスプーンで一口食べた。


 その瞬間、口の中で甘味が弾けた。とろけるようなアイスクリームとふわふわのホイップクリーム、更に多種多様の果物が絶妙なハーモニーを奏でるように甘さを引き立てる。


 (いちご)やブルーベリーなど、少々酸味の強い果物もあるので決して甘過ぎず、そして飽きないようパフェの至るところに果物が配置されている。もはや完成された芸術品と言っても過言ではないだろう。


 その美しき芸術品を一口、また一口と、その甘さとそれによる幸福感を噛み締めながら食べる。


 ああ、こんなに美味しいものがあっていいのだろうか。そんな事を考えずにはいられない。先程未来に嘆いていたのが嘘のように、今は幸せで心が満ちている。



「ふふっ……」


「……………ッ!?」



 不意に、前方から微かな笑い声が聞こえたので蓮はビクリと肩を揺らし、デラックスフルーツパフェから目を放して視線を前方へと向ける。



「あぁ、ごめんごめん。君の美味しそうに食べる姿を見ているとつい、ね」



 そこには先程の店員さんが、向かいの席で頬杖をついて座っていた。奥の厨房へ走り去って行った時と比べてかなりフレンドリーになっているので、一瞬別人かと思ったくらいだ。



「えと……仕事しなくていいんですか…?」



 蓮は少々困惑しながらも、最もな質問をする。それに対して店員さんは黙って時計のある方へと指を差した。蓮もそれにつられて時計の方へと視線を向ける。すると、そこには午後の10時49分と表示されていた。



「うちの店って、10時50分に閉店なの。他の店より少し閉まるのが早いんだー。だからもう仕事しなくていいの」


「そ、そうですか…」



 言われてみれば店内に蓮以外の客の姿が見当たらない。まさか出ていけとでも言うのだろうか。そんな不安と共に蓮の頬に一筋の汗が滴り落ちた。



「あ、でも出ていけなんて言わないよ?大切な客にそんな事出来ないし。それにほら、こうしてお客さんとお話できるから」


「は、はぁ……でもなんかすみませんね。閉店ギリギリに来てしまって…」


「いいの!いいの!そんな事気にしなくても大丈夫だって!」



 そう言って店員さんは軽く手を振った。



「そうですか。ならお言葉に甘えておきます」


「そうそう。君みたいな少年は大人に遠慮するもんじゃないよ。あと、そのパフェ食べながらでも全然いいよ」



 その言葉に蓮は内心感謝すると、デラックスフルーツパフェに視線を戻して再びパクパクと食べ始めた。



「それにしても君ってさー、学園都市の生徒なの?」



 店員さんの無邪気な質問に、蓮は少しだけ警戒した。店員さんにとってはただの興味本意だろうが、そう簡単に答える訳にはいかない。


 もし、生徒だと言った場合、こんな遅くに何をしているのかと訊かれる可能性がある。そして何よりも、この時間帯は学生寮の全てが消灯時間を過ぎており、外出禁止となっているのだ。一般人が知っているとは限らないが、念のために嘘をつく。



「いえ、違いますよ。最近ここに来たばかりで、近くのホテルに泊まっているんです」


「へぇ~、観光客の方かぁ…。なるほど、その大荷物はそういう事だったのね…」



 店員さんが、蓮の隣に置いてある黒い箱に視線を向ける。どうやらいい具合に勘違いしてくれたらしい。その中には巨大な兵器が入っているなどと、夢にも思わないだろうなと考えてしまい、蓮は思わず苦笑した。



「じゃあさ、ここに来て何か良いこととかあった?思い出になるような感じのやつとかさ」


「……そうですね。どの区画も活気があって印象的でしたから思い出になりますよ。良いことと言えば学園都市に来れたこと、そしてこのお店でパフェを食べれたことかな」


「おっ、言うねぇ…君…!」



 店員さんが感心したように言った。蓮は空になった器にスプーンを置くと、黒い箱を背負って席を立った。



「それでは、パフェも食べ終わったことですし、そろそろお会計お願いします」


「はいは~い♪」



 これ以上質問されるのは避けたいので、早々にデラックスフルーツパフェを完食した蓮は、カウンターで支払いを済ませると、今何時かを確認するために時計へと視線を向けた。



(午後10時55分か…)



 約束の時間まであと5分。すぐ近くにあるとはいえ、急がなければならないだろう。



「あ、ちょっと待って…!」



 店から出ようとした蓮に店員さんが声を掛けてきた。蓮は店員さんの方へ振り向くと、店員さんは、実にいい笑顔でこう言った。



「このお店の名前は《スウィートヒーリング》って言うの!覚えておいてね!」


「ええ、またいつか来ますね」



 それだけ言うと蓮は店を出ていった。



(スイートヒーリング……甘い癒し……か。随分と的を射たお店の名前だな…)



 そんな事を思いながら、スカイホテルのある方角を見つめる。冷たい夜風が頬を撫で、蓮は気を引き締めた。何とも言えない不吉な感じのする風だ。


 蓮は嫌な予感を胸に、人混みを避けて闇夜の中へと姿を消した。そこにはもう、誰一人としていなかった。



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