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忘却の大樹とラウレル  作者: 桂木イオ
9/10

偽りの勇者と新入りと

観覧車の魔物との戦闘は、まるで化物同士の闘いであったと、異世界からやってきた鳥使いは語った。

一陣の疾風が、地下迷宮を駆け抜けた。


偽りのアーサーは、投げつけられるゴンドラを巧みに躱しながら、瞬く間に怪物との距離を詰めていく。


弌に集中していた怪物は、突如現れた異質な存在を脅威とみなし、狙いを変えた。


アーサーを押し潰さんと放たれるゴンドラは、いつしか敵を倒す為ではなく、心臓である石膏の男を切り裂かれないための防衛でしかなくなっていた。


これが人間の所業なのか、偽りの勇者は跳躍すると、ゴンドラに飛び乗り大きく飛翔した。


その姿は、まるで空を舞う騎士姫(ヴァルキリー)の様で、背中に翼が生えているのかと錯覚した。


飛翔したアーサーは、石膏の男性目がけ真っ直ぐに落ちてくる。怪物は恐怖からゴンドラを投げたが、アーサーは落下しながらもそれらを2つに切断した。


『ご来園のお客様に、お知らせします。K県X市よりお越しの、道鏡(どうみょう) 五祈(いつき)くんをお預かりしております』


観覧車に巻かれたスピーカーから、機械的な男性の声が迷宮に響く。


『お父さん......お母さん......どこ......怖いよぉ......やだよぉ......』


ノイズ混じりに、子どもの声がスピーカーから漏れている。


アーサーは投げつけられたゴンドラを文字通り切り抜けると、石膏でできた男性にその白い剣を突き立てた。


『――!!!!!』


頭が割れる様なハウリング音がアーサーの耳を貫くが、それでも彼女が突き刺した剣を放すことは無かった。



『ああぁあぁああぁぁぁ――!!』



石膏の男が、子どもと大人を混ぜたような声で絶叫すると、ひび割れた観覧車からヘドロのような黒々とした闇が広がり、アーサーを飲み込んだ。









夕暮れの遊園地で、蛍の光が聞こえる。


閉園時間なのだろう。たくさんの人が帰っていく中、観覧車の近くで子どもが泣いていた。


「お母さぁん...!お父さぁん......!」


「どうしたの?」


「......お姉さん、だぁれ?」


「通りがかりの勇者さんだよ」


「ゆうしゃ?」


「うん。困っている人を助けるのがモットーなんだ。それで、君はなぜ泣いているんだい?」


「......お母さんも、お父さんも、ぼくを置いていなくなっちゃったんだ」


「......そっか、じゃあ、君はずっと1人でここにいたんだね」


閉園のアナウンスが流れる中、お姉さんは、ぼくの手を引いてぼくのお父さんとお母さんを探してくれた。




ーーありがとう。でもね、お姉さん、僕、知ってるんだ。



「......ほんとうは、帰ってこないんだ。僕の父さんと母さん」

「......」


ありがとう、名前の知らない女の子。


僕の奥まで来てくれて。


1人の僕に、手を差し伸べてくれて。


「弌に伝えておいて欲しいんだ。先に逝ってごめんねって」

「......うん。ちゃんと伝えるね。五祈くん」

「ありがとう......じゃあ、ばいばい。勇者様」


カランカランと、列車の乗り物が五祈の後ろを通り過ぎて行った。


夕焼けの遊園地には、もう誰もいない。


蛍の光だけが、いつまでもスピーカーから流れていた。







土を踏む誰かの足音が聞こえる。


自分は誰かに背負われている。むくりと頭を起こせば、そこには茶色の髪のくせ毛があった。


「十、起きたか」

「......十?」

「お前の名前だよ。(いたり) (じゅう)


十、じゅう、そうだ、私の名前だ。


弌に名前を呼ばれ、曖昧としていた記憶が、徐々に蘇ってくる。


「魔物は?」

「魔石になって消えた」

「......そっか」


どこか物悲しい曲が流れている。後ろで奏でられる音色に耳を傾けながら、十は弌に頭を預けた。


「五祈くんに会ったよ。先に逝ってごめんだって」

「......」

「仲、よかったんだね」

「相棒だったんだ。こっち来てからずっとな。忌み子で家族に捨てられたことがトラウマだったって、話してたよ」


背景の曲が変わる。弌の背中越しに顔を上げると、アダマンティスの砦が見えてきた。


「弌くん、重くない?」

「重い。けど、もう少しこのままでいい」

「......ありがとう、弌くん」


ところで、弌くん、と十は先程からずっと疑問に思っていることを弌に尋ねた。


「さっきから聞こえる、この場面に合ったBGMは?」

「ああ、そのことか。後ろ」

「?」


何気なく十が振り返ると、後ろには2人分の皮袋を背負った青年が、にこにこしながらリュートを奏でていた。


「......誰!?」

「はじめまして。存在忘れられすぎて寂しかったよ」

「弌くん!この変な片目仲間は誰!?知らない男!!」

「お前いつもの調子に戻ってきたな」


全然気づかなかった!と十が声を上げると、藍色の髪をした吟遊詩人はポロリと弦を鳴らしながら笑った。


「実はさっきまでのBGMは俺が引いていたのさ。なかなかの腕だろう?」

「あんまり自然すぎて人がいると思わなかった......!!」

「ははは。影が薄いのが俺の取り柄なの。ところで弌くん、なんだか話がややこしくなってきてないかな?」

「お前がそれを言うか......十の怪我確認して、それから酒場に行くから、お前は待ってろ」

「御意に。あ、お嬢さん、自己紹介がまだだったね」


夕暮れのアダマンティスで、青年は弌の隣に立って歩くと、使い込んでいるリュートを鳴らしながらのんびりとした口調で名乗った。


「俺はエトワール。変わり者が大好きなラウレルの詩人さ」


呑気な吟遊詩人がリュートを鳴らせば、一番星が空に瞬いた。

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