観覧車の怪物と君
忘却の大樹上層 123F
観覧車の魔物
ぼくが独りになった日。
産まれてはじめての遊園地で、お父さんとお母さんは、観覧車に乗せてくれた。
お父さんとお母さんは、追加のチケットを買ってくるからと言ってから、帰ってこない。
着ぐるみが笑っている。
どこかの幸せそうな家族が、手を繋ぎあって帰路についている。
お父さんとお母さんは、帰ってこない。
ぼくは夕焼けに取り残された。
ずっと1人だ。ずっと、ずっと、ずっと.........!!
忘却の大樹 上層 123F
巨大な観覧車が、錆びたゴンドラを回転させながら鎮座している。
「な、なんで観覧車がこんな場所に......!!!」
この場に似つかわしくない軽快なメロディーと軋むゴンドラの音が混ざり合う。耳を塞ぎたくなるような雑音は、まるで叫び声のようだ。
十は剣の柄を握りながら、弌を見ると、彼女はただ呆然と立ち尽くしていた。
(弌くん......?)
何故だろう、様子がおかしい。
観覧車はギチギチと車輪を回すと、4人乗りのゴンドラを弌に向かって投げた。
脊髄反射で十は弌を掴んで放り投げると、自身はその白い剣でゴンドラを一閃し、2つに叩き割った。
「弌くん!」
必要に弌が狙われている。十は落とされるゴンドラを避けながら、どこか夢の中にいる弌の手を引いた。
「弌くん!ぼーっとしないで!!潰されちゃうよ!!」
「......だ」
「え?」
「仲間、だったんだ。あれは......!!」
絞り出すような弌の声に、十は足を止めた。
真上から落とされたゴンドラに身体を潰されそうになる。
(弌くんを守らなきゃ!!!)
だが遅い。十は身構えたが、ゴンドラが落ちてくることは無かった。
(......?)
おそるおそる両目を開くと、十と弌は大きなアンティーク調の鳥籠にいた。
「......これは......」
弌の青い鳥が、籠の中を旋回している。
「すまん、十......もう大丈夫だ」
リネンのローブを脱いだ弌が、鳥籠に手をかけ瞳を閉じている。
鳥籠は、落ちてきたゴンドラをものともしない。
強固なシェルターだが、十には息苦しい牢屋のように思えた。
「弌くん......」
「これは俺の力だ。やたら魔力を消費するが、数分は持つ」
ゴンドラを投げることをやめた観覧車が、悲鳴じみた音を立てて回っている。
「仲間だったって、どういう事......?」
「取り込まれたんだ。もう1人の自分『怪物』に。あいつは自分自身を討てなかった」
「......助けられないの?」
弌は首を横に振って「あいつは死んだ」と薄く青い瞳を開けた。
「あれは五祈じゃない」
「......」
「十、いいか、ゴンドラの軸に貼り付けられている、石膏でできた男がいるだろう、あそこが怪物の心臓だ」
籠の外から車輪を見やると、軸に5mはあるだろう、石でできた巨大な男性が、十字架の様に貼り付けられていた。
「......倒さなきゃ、駄目なんだよね」
リネンの下に隠れていた、英国貴族の様な服の裾が、彼女の魔力により小さく揺れる。
男装の麗人は、淡々と続けた。
「聞こえるんだ。ゴンドラの軋む音に混ざって、あいつの声が。死んだ後も、あいつは怪物の中で苦しんでる。俺を必要に狙ったのも、助けて欲しかったからだ」
だが、俺にその力はない。檻を握りしめ言葉を吐く弌に、十はわかったよとゴーグルをかけ直した。
「弌くん、お願いがあります!!」
剣を抜きながら、十はピシッと手を挙げる。
「......なんだ」
「私を、××××って呼んで。それで、全部が終わったら、今度は本当の私の名前を、呼んで欲しいな」
「......」
白い剣が、十の魔力を纏い、光を増していく。弌は一瞬、彼女を××××と呼ぶことを躊躇った。
ヴォルフと戦った時の様に、言ってしまえば、十という人格が消えてしまう気がしたのだ。
しかし、今は彼女に頼るより他に道はない。
黄緑色の頭に、弌は低いアルトで、もう1つの名前を呼んだ。
「......行ってこい。アーサー」
2人を守っていた鳥籠が消える。聖剣を握った勇者は、もう弌の傍にはいなかった。