地下迷宮 上層!
アダマンティスから少し離れた平原に、大樹は存在する。
天すらも掌握せんと言わんばかりに伸びる枝葉。四方は円を描くように水が張られていて、樹木の周りには欠けた硝子片の様な石が宙を舞っている。
「綺麗だなぁ…...なんの石だろ......」
「大樹の魔石だ。触ってみろ」
十がそっと大樹の魔石に触れると、瞬いていた魔石は、触れた場所から色を失い、灰色の石ころになって足元に落ちてしまった。
「人間が触れると石に戻るんだ。理由はわかってない。ショールの科学者が論文出してたけどな」
魔石を手で払いながら歩く弌の後ろに、十は着いていく。
薄紫色、翡翠色、空色......大樹の魔石が漂う橋を抜け、大きな樹洞に辿り着くと、弌は穴の中に落ちていった。
「えぇ!?弌くん!?」
石の様に硬い大樹に手をかけ、ゴーグルをかける。木が産んだ洞穴はずっと下まで続いているらしく、暗闇から吹く冷たい風が頬を掠めた。
(......いかなきゃ)
黒い手袋をはめた手が震える。湧き上がる恐怖を飲み込むと、十は樹洞に飛び込んだ。
「××××の配役がなぜこいつなんだ!!」
「××××は男だろう!?どうして女が勇者なんだ!!」
自分こそはと、望んでいた仲間の声がする。
なぜ私を選んだのか、先生に尋ねると、先生は煙草を吹かしながら「お前の他に適任はいない」と言い放った。
やるしかなかった。演じるならば、この場の誰もが文句を言えない××××を演じよう。
ねぇ、ほら、まるで台本から抜け出てきた××××のようでしょう?
――耳元で、誰かが名前を読んでいる。
目を醒ますと視界いっぱいに弌の顔があった。不安なのだろう、綺麗な青い瞳は憂いを帯びている。
「十、起きろ」
「......弌くん」
「よかった。意識が戻ったんだな」
「......?なんだかわからないけど、弌くんの貴重な膝枕堪能したいからもう1回寝てい?」
「......」
弌に呆れ顔で地面に転がされ、十は起き上がった。
蛍光色の低い草が淡い光を放ちながら、一面に生い茂っている。それ以外は天井も壁もペンキで塗りつぶしたかの様に真っ黒だった。
「足元ペカペカしてる!」
「わかってるとは思うが、ここは地下迷宮の上層だ。群れのヴォルフを1人で倒せるお前なら大丈夫だろうが、油断するなよ」
「はーい!!」
襲いくる魔物のほとんどが、草原で見かけた魔物だ。違いがあるとすれば、此方の方が魔物の量が多い。草原を歩く時よりも警戒しなければと、十は剣を鞘に納めながら息をついた。
「弌くん、どこまで行くの?」
「上層最深部まで。おそらく、3分の1を歩いたくらいだろう」
「いつも1人でここに?」
「いや、連れがいた...なあ、十、ここに1人で行くなよ」
「?」
どうして?口を開こうとして、十は立ち止まった。
何か、異様な気配がする。
「......十?」
「弌くん」
静かに、と弌に手で合図を送る。
地鳴りと共に地面から、愉快な音と共に巨大な物体が現れる。
姿を見た十は、予想の斜め上を全力疾走した物体に、思わず声をあげた。
「か、観覧車!!??」
蛍光色の草の下から這い出てきたのは、ラウレルの魔物にしては奇抜すぎる、現代日本の観覧車であった。