キーメモリー?
アダマンティス寮を出た十は、寮近くにある酒場で弌とともに昼食を取っていた
アダマンティス寮のすぐ近くに、酒場がある。
地下探索を終えた者達や、仕事終わりの天使達が集う大衆食堂の様な場所だと、弌は説明した。
「それで、俺達異世界者ガイアは迷宮のマテリアを回収して各ガイア支部、本拠地で換金したり、そこのボードにあるラウレル住民からの依頼こなしたりして金稼ぐの。おい、聞いてんのか」
「ほほにふ、ほいひぃ」
「聞けや」
注文した肉料理に夢中になっている十に苛立ちながら言うと、十は頬をハムスターの様に膨らませながら頷いていた。
「ぷはっ。生き返ったー!あ、話?ちゃんと聞いてるって!」
「ほう聞いてたか言ってみろ」
「ダンジョン行って素材売るかクエストクリアの報酬で稼げって話でしょ?」
意外にもちゃんと聞いているらしい。十は満足したのか水を一気に飲み干すと、大きく息をついた。
「でも私、戦ったことないんだよね!戦い方教えて弌くん!」
「1回戦えばわかるんじゃね?放り込んでやるよ」
「スパルタ!!!」
「うるせえ俺もそうだったんだよ慣れだ慣れ」
そういえば、こいつの武器は剣なのかと弌は十の姿を見て思う。剣にまつわるキーメモリーとは、一体どういったものだったのだろう。
(大方、ゲームか何かの影響だろ)
十はお腹いっぱいになったせいか眠そうにしている。なんて警戒心がないんだ。
「それにしても弌くん美形だよね。肌白くてシュッとしてて、髪柔らかそうだし…...梳いたら?」
「お前は俺を褒めるのか貶すのかどっちかにしろよ」
「じゃあ褒めるね!かわいい!弌くんちゃんかわいい!美人!高身長!おねーさん!」
黒髪地味子な私とは違うなあと十は言うと、テーブルに伸びていた。
(まさか、こいつキーメモリーを知らない......?)
さすがにないだろうとは思いつつ、弌は十にキーメモリーのことを尋ねると清々しい程の勢いで「知らない!!!」と返されてしまった。
「......なあお前は天使から何を聞いてた?」
「スリーサイズと、好きな食べ物と、趣味?」
「......」
胃が痛い。天使によって異世界者の扱いが違うとは聞いていたが、それにしても乱雑すぎる。
「ラウレルに来た俺達には失うことのできない記憶、キーメモリーがあるそれが俺達の武器であり、姿を変えている原因だ。中には現実と変わらない姿の奴もいるけどな。ほら、あそこで自分の姿をよく見ろ」
手洗い場についている鏡を指さすと、十は飴玉の様な赤い瞳をぱちくりさせて鏡の方へ歩いて行き、すっとんきょうな声をあげた。
「誰だお前!!」
「お前だよ」
「黒髪黒目死んだ目女子じゃないんだけど…...えっ......こわっ」
「なんだよその得しないギャップは......」
突然自分が奇抜な緑色の髪になれば驚くか。と弌は隣に立ちながら思う。自分も初めはこんなに背が伸びるとは思わなかったし、何より顔が美しくなっていることに驚いた。
(......これは俺の理想なのか、それとも…...)
開けたくもない記憶の蓋が開きそうになるのを、弌は鏡に背を向けることで無理矢理に抑えた。
「いちくんどこいくの!?」
「探索準備」
「ついてく!!」
お代を払い酒場を出る。リネンで出来たローブで頭を隠す弌の後ろを、無知な少女は追いかけた。