その4
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危機的状況で、忘れていたが。 そもそも言葉が通じるということがいかに異常かは言うまでもないだろう。
もちろん、俺には何ヶ国も話せる能力なんて便利な能力は無いし、ましてや英会話すら怪しいレベルのはずだ。
しかし、文字は読めなかったのにもかかわらず、なぜ言葉は理解できているのだろうか。
「あの、頭がおかしい奴だと思うかもしれないけど。 なんで俺は、あんたの言っている言葉が理解できるんだ?」
考えるほど頭の中が混乱して、意味の分からない質問をしてしまった。 男の方も俺の質問の意図が掴めないのか小首をかしげながら答えてくれる。
「少年。 先ほどの私が放った銃弾で頭のネジでも飛んだのか?」
うん、どうやら特殊な機械や翻訳ができるこんにゃくでも、俺が突然、多国語を巧みに話す存在になったわけでもなさそうだ。
しかし、俺の耳にはどう聞いても日本語に聞こえてしまう。
「質問の意味が分からないが、少年と私の間では言葉が通じているという事実は変わらないだろう。 ……それとも君は、魔物が遺物を使って擬態でもしているのかな?」
先ほどまでの優しい雰囲気から一変、男の身からまとう雰囲気が変わった。
バチバチとした殺意を俺にぶつけてくる男に、思わずへたり込んだまま後ずさりをする。
「ち、違う! 魔物ってのがよくわからないが。 俺は転移してきた人間なんだ!」
否定はするが、はたして転移や転生をした者は本当に人間なのだろうか。
こうして、言語が通じている以上。 俺という人間は変質してしまったのではないのだろうか。
疑いだせばキリが無くなるので一度考えることをやめた、思考放棄だ。
俺に殺意を向けている男は、先ほどの優しい態度とは反面し、冷たく俺に言葉を投げかけた。
「俄には信じがたいな。 あまり、なんでも喋らないほうが身のためだぞ。 たとえ少年の言うことが本当であったとしても、私は君の質問に全て答えてやるほど親切でも、時間があるわけでもない」
そういいながらも、男は北の方角を指差す。
「この先、30セメルほど離れた場所に、寂れた小さな街があると、他の廃品回収業者から情報を聞いた。 信じるも信じないのも少年に任せるが、その街で少年の虚言を聞いてくれる頭のネジが外れたやつを探すんだな」
話は終わったと、男は手に持つライフルを背中に担ぎ直し歩き出そうとする。
「ま、待ってくれ! セメルってどれぐらいの距離なんだ? あと、あんたの言う廃品回収業者って何を目的としてるんだ?」
思わず立ち上がり、男の肩を掴み止めてしまう、その際に手に持っていた日記を落としてしまった。 日記はばさりと砂の上に、ページが見開いた状態で落ちていた。
「なんだなんだと質問が多いな。 少しは自分で考えてみたらどうだ」
男は面倒臭そうに、俺の手を払い除けながら、落ちた日記を拾い上げる。
「……気が変わった。この本、どこで手に入れた?」
男が振り返ったと思っていたら、ずいっと鼻がぶつかりそうなほど顔の距離を詰め、肩を空いた手を使って強い力でがっしりと掴んでくる。
先程よりも更に強い明確な殺意を俺に向けながら。
「いだだだだ! いや…… 逃げて来る前に白骨化した死体と一緒に埋まってただけだ!」
顔がちけえよ! あとなんであんたも肩掴んでくるんだよ!
思わずツッコんでしまったが、男の様子が変だ、俺の返答に、俺の肩にかかっていた男の力が抜ける。
というか、さっきからコロコロ態度変わる人だな……。
男が重々しく口を開く。
「そうか……。 それは俺のかつての仲間だった奴のものだ」
悔しそうに口元を歪めながら、そう言った男は続ける。
「これは俺の仲間……いや、大馬鹿やろうが書いた日記だ、ありもしねえ楽園を探すたびに出てた、どうしようもない奴だったよ。」
口元を歪めながらつぶやいた男に、俺はなんて返事をするのが正解なのか分からなかった。
「親しい間柄だったんだな……。 ならこれはあんたに渡すほうが良いよな。 命を助けてくれた上に、色々と教えてくれたからさ」
どうせ読めないものだったんだ。 今の俺よりもこの本が必要なのは男の方だろう。
「すまないな……、少年。 くれるのだというのなら有り難く頂戴する」
そういいながら、男は俺の肩を離した。 仲間の死に対してなのか男が先程から出していた殺気は霧散していた。
ここで命を救われ、命の恩人が探していた仲間の日記を俺が偶然拾っていた。
これはもはや運命なのだろうな、そう思って俺はまだ名の知らぬ命の恩人に自己紹介をした。
「俺は一条真也だ」
片手を男の前で握手を交わそうと差し出す。
「あぁ、そういえば名を言ってなかったな、私はリーシュだ。 ……まったく、君は本当に何も知らないのだな、こういった挨拶はこうするんだ」
そう言ってリーシュは自身の腕を俺に伸ばし、手の甲を見せてくる。
「なるほどね。 一つ勉強になったよ」
俺も、リーシュに習って手の甲を見せる。 すぐさまリーシュの手の甲が俺の手の甲へとコツンと軽くぶつける。
少しだけ痛かったが、この痛みは別に悪くはなかった。
「では、お互いに生きていたら、また広い世界のどこかで会おう!」
リーシュと名乗った男はそれを最後に俺に背を向け歩き出した。
「あぁ……! 危ないところを助けてくれてありがとう、リーシュさん!」
そう言って俺もリーシュに背を向けるようにして、北へと歩き出す。
まだ見ぬ街を夢想しながら………… いやまて。
既に3mほど離れていたリーシュに俺は立ち止まって声を張り上げた。
「やべえ忘れるところだった! リーシュさーん! 30セメルってどれぐらい遠いんですかー!?」
俺の投げかけに、リーシュは一言こう答えた。
「30セメル歩くと、日が沈みかけるくらいにはかかるぞ」
まじっすか…………。
現在の時刻は太陽の位置で大体12時辺りだろう。 これは歩きながらどれだけの時間がかかったかを図っておく必要がありそうだ。 まぁ、体内時計というあやふやなものしかないんだけどな。
こうして、俺こと一条真也の異世界の冒険がスタートした。
幸先は決して良くはなかったが、今こうして俺は生きている、たったそれだけの事なのに、ワクワクとした高揚感や今を生きているというリアルに心躍らせる自分が居た。
切っ先の欠けた剣を鞘に戻しながら、ずれたマスクを整え、俺は再び歩き出したのだ。
お読みいただきありがとうございました!
いよいよ冒頭のシーンに次回は繋がっていきますので、また御時間が合えば見てください。
それでは、またお会いしましょう~